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654_NAS「I am・・・」

若いうちは経験にお金を使えとよく言われる。若いうちの経験は何事にも代え難いから、そこにお金を使えば一生の糧になるのだそうだ、意識高い人の言うことには。だが実際のところ、貧乏大学生の自分にはそのお金自体もなければ、お金を使う選択肢もない。何にどう使えばいいのか、まったく学校でも教えてもらえてもいないし。

若いうちから投資をはじめろとか言って変なセミナーに勧誘してくるやつは大体が胡散臭いし、そもそもあんまり気が長い方でもないから、コツコツ積み立てとかして、お金持ちになるまで何年も待ってもられない。音楽も動画もネットで完結していて、好きなものは好きなだけ見られるけど、その好きな物自体をまず見つけることができない。自分はなんとなくこれが好きなのかなあと思っているものを、ぼやーとしながら見つめている、だいたいそんな日常。

まったく生き方には共感できないが、音楽性としてギャングスタラップが好きなので、この前好きなラッパーの動画を見ていた。いかにも言動がヤバそうな先輩ラッパーと強面だけど実は生真面目で気遣いのできる後輩ラッパーが、オラつきながら道を歩いている。

ルイヴィトンとかグッチのブランド品を買い漁って、これがラッパードリームだと豪語していた。このために俺はラッパーになって成り上がった云々言っていた。店員からしたらこういうのが一番嫌なタイプな客だろうなと思われるけど、高級店らしく丁寧な対応をしていた。

このラッパーはそのブランド品を好きというより、そのブランドに見合う特別な人間なんだと目に見える形で周りにわかって欲しいだけなんだろうと思った。ラッパーとはいえ人の目は気になる。むしろ人の目を気にしないとラッパーなんてできないってことか。中国人がでかいロゴの入ったブランド品を買い漁るのと何も変わらない。なんだろう、因果な商売なんだなあと思って眺めていた。いうなれば、自分が何者であるかを確認するためにお金を使っているようにも見える。

ブランド品といえば、バイト先のレストランの女性オーナーにご飯をご馳走してもらった時に、僕が若い時は何にお金を使ったらいいですかと尋ねたら、こんなことを漏らしていた。
「とんでもないくら、いっぱいお金儲けてブランド品を一杯買ってやろうってね。若い時は高級店でホステスしてたから。そう思って、実際いっぱいいろんなものを買ったけど、もうね、全然残ってないの」
「家に残ってないんですか」
「はは、物理的に捨てたり、あげちゃったりということはもちろんね。そういう目に見えるモノとしてじゃなくて、目に見えないものとして何も残らなかったってこと」
「目に見えないモノですか(目に見えないから、残っているかどうかさえもわからないってことかな?)」
「だから、目に見えないけれど、ずっと心に残り続けるようなことにお金を使えばいいんじゃないかしら。ごめん、すごい抽象的だけど」
「なんとなくわかります、本当になんとなく」

「ううんとね、つまり結局に何にいくら使ってきたのか、大人になるとその領収書みたいなものを目の前に突きつけられる時が来るのよね。この歳にもなると」
「領収書」
「そ。お前は何にどれくらい使ったって。お金を稼ぐために、人間限りある時間とエネルギー使ってんだから、お金の使い道イコールそいつの命の使い道でもあるわけ」
「わかります」
「ううん、たぶん、わかってないわ。まあいいけど。飲みなさい。いいお酒を飲むのも、いいお金の使い道の一つよ。まだ、酒を楽しめる間だけはね」


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