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1056_食品まつり「Drum Desu」

大学を辞めたあと、ゆくあてがないのならと先輩が声をかけてくれたのが、吹けば消えるような下請けの小さなゲーム会社だった。風俗店のひしめく繁華街にある雑居ビルの6階で、狭いスペースに6名ほどのどうしようもない風体の男どもがやたらめったらキーボードを叩きまくっている。

もちろん女っ気など皆無で、皆どう見ても彼女がいるような輩ではない。だが、自分とて到底好き嫌いを言えるような立場でもない。一流企業に就職の決まった同級生どもを尻目に、俺はこの繁華街の路地裏のように曲がりくねった道を行くことにした。

どうやらアプリ用のゲームを作っているらしく、文系の自分にはなかなか馴染みがない世界で、最初は下っ端の雑用だったが、猫の手も借りたいということで、ズブの素人の自分でもプログラミングをおっかなびっくりで教わりながら、いつのまにかゲーム開発に携わっていく(巻き込まれていく)ことになった。

「いやあ、下田ちゃん、覚えがいいなあ。実はどっかでやってた??ねえねえ、どっかでゲーム作ってたでしょ、ねえねえ」
「いや、だから素人っすよ、ここ入るまで。ゲームも何もやったことなんてなかったんですから」
「またまたー、そんなこと言って。僕の目は騙されねえぞー、正直に言えよお、このこのー」
「あ、はい」

その中でちょっとめんどくさい絡み方をしてくる先輩がいた。いや、言動から存在からなにからなにまですべてがめんどくさい。北斗の拳ですぐにやられそうなデブの雑魚キャラと言ったらいいのだろうか。なかなか面白そうな断末魔の声を上げそうな見た目だな、とちょっと前から思っていた。

自分が一応先輩後輩という立場だったので、表面上は大人しくしていた。自分はずっと中学高校で野球部だった。ゆえに学生時代は文字通り野球のこと考えておらず、こういった種類の人種の人たちと絡む機会は皆無だった。

だから、彼らが学生として学校生活でいったいどのような生態だったのか、知るすべもなかったし、興味もなかった。人間、興味がなくて関心がないと、本当に視界の中から存在が消えてしまうのだった。たぶん、先輩も野球部の俺の視界から確実に消えていた人リストの一人だろう。

体育会系の世界で生きてきたので、上下関係は絶対のはずである。だが、この会社では比較的ゆるい。というか、あまり前からいた、後から入ったというのは関係ない。その先輩は、確かに俺が会社に入る前にいたのはいたが、実はそこはあまり重要ではない。大切なのは要は、ITやプログラミングのスキルが有るかどうか、それだけなんだ。

プログラミングというのは、普通の人間でもある程度までは努力や頑張りで身につけられるものではあるが、ある一定以上のラインを超えると、そういうものではどうしようもなくなってしまう。プログラミング自体にいわゆる向き不向きもあろうが、最終的にはいわゆるセンス、天性の勘みたいなものが絶対になるのだ。

そこに俺は大きな驚きがあった。野球部なら、1年違うだけで、主人と奴隷の関係。3年生は神様で絶対。それが野球部の中での完成されたヒエラルキーだったからだ。だが、ここでは「前からいたから、偉い」という理屈がまったく通用しない。

だって、前からいたから使える奴だとは限らないから。というか、ここにいるようになって、そういえばなんで「前からいた奴が偉い」って言われていたんだっけ、という気がしてきた。野球部で全然活躍できないのに下にだけは厳しい先輩がいて皆から嫌われていたのを思い出す。なぜ、1年生まれるのが早いからって言うだけで、言うことを聞かなければいけなかったんだろう。今では、よくわからなくなってきた。

https://www.youtube.com/watch?v=vSq2nQs17gg


先輩はこんなどうしようもない佇まいをしており、対人関係やコミュニーケーション能力も壊滅的であったが、ことこの分野だけは抜群にあった。突出しているというか、むしろ誰にも理解できない領域にいたので、会社内でも一目置かれていた。社長曰く、パラメータ上でそこだけのステータスを全振りしている、と社内で評されている。俺も最初は言わんとする意味がわからなかったから、今では本当にそうとしか思えない。

まさに先輩は本当に「それ」だけで成立しているといっても過言ではない。というか、本当にこのスキルとプログラミングスキルがなかったら、この人はこの世間でどう折り合いをつけるつもりだったんだろう、と傍から見ていて思う。

「まあ、下田ちゃんもさ、すごいと入っても、結局、僕には叶わないんだけどなあ、ゲヒャゲヒャゲヒャ。あ、下のコンビニでジャンプ買ってきてよ、今日発売日だからさ」
「あ、はい(めんどくせえなあ)」

やっぱりめんどくさいなあ、と思いつつも、野球部の習性か、下のコンビニでジャンプと先輩の愛飲するメロンソーダをいそいそと買ってきて、部屋に戻ると、さっきまで気の抜けたあくびをしていた先輩が、モニターの前に正対している。目つきが変わっているのに、俺は気付いた。

あ、これ、やってんなあと思った。

これは本人いわく「ピョンピョンしてる」状態なんだという。(このピョンピョンしてる、の本人の言い方がまたむかつくのだが)周りからはまるで意味がわからないが、先輩は集中すると周りが見えなくなるくらいのとんでもないくらいの集中力を発揮して、一心不乱にコードを書く習性があるのだ。そのコードは俺にはまったく解読できないが、なぜかわからないがすべて筋書きが通って完璧なコードである。

一日に、ほんの30分か1時間程度だが、先輩はこの「ピョンピョンしてる」状態になることがあって、そのときには邪魔をしてはいけないのが社内での暗黙のルールとなっている。それによって、チームの中の作業効率が劇的にあがり、工程が圧倒的に進捗がするのだ。何千人の凡百なプログラマーよりも、一人の卓越した天才プログラマーさえいれば、すべてが成り立つのがこの世界なのだ。

野球はチームプレーである。大谷翔平みたいにどんなにスター選手がいても、チームが勝たないと意味がない。ホームランをバンバン打っても守れなければ意味がないし、どんだけピッチャーが完璧に打線を抑えても、味方が点を取れないと勝てやしない。そうやって俺は9人のチームの所帯で、等しく歯がゆい思いをして、それをよしとしてきた。傷を舐め合って、特に演算処理することもなく、いい思い出としてファイル変換して保管しているだけだった。

「ああ、まあこんなもんかなあ。あ、下田ちゃん、ジャンプ買ってきてくれた?」
「え、あ、はい。どうぞ」
「ちぇ、ハンタ休載してんじゃん。あ、メロンソーダじゃなくて、最近はドクターペッパーがマイブームなんだよねえ」

(やっぱ、コイツめんどくさ)

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