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1042_弧夜

山の端に日は落ちて、森が夜の闇に包まれる。一人眠れぬ夜を過ごす。人恋しさもあろうが、自分一人しかいないという空間の中では、否応なく自分と対話せざるを得ない。

あの時のあいつが言ったあの言葉。いったい、どんな意味があったんだろう。
なぜ、彼女はあの時あんなに怒っていたんだろうか。僕がなにか、気に触るようなことを言ってしまったんだろうか。
今は亡き父親は自分のことをどんなふうに思っていたんだろう。死ぬ間際、いったいどんなことを考えて、自分の人生を終えたのだろう。

決して確かめることのできない、意味があるのかないのか、とりとめのないような、これまでの人生の一瞬の思い出のワンショットワンシーンが、明滅するコマ送り動画のように、脳裏に現れたり消えたりする。それすべては過ぎ去って行った過去。過去故に、今でも鮮烈に思い出されて、そのひとつひとつが己の胸を刺す。

誰も住んでいない朽ち果てた古城のように、思い出はポツンとそこにあるだけだ。一人の夜に散々思い出したところで、何も変わらぬ。問いかけてみても、自分しかいない、夜。

誰も、答えなんてくれない。正解なのか、間違いかさえもわからないまま。そう、明日になっても、10年後になっても、決してわからないままで、すべてを抱え込んだまま、生きていく。

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