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【Rー18】ヒッチハイカー:第17話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑮『激突!怪物VS式神! そして、姿を現した白い魔獣!!』

 猛吹雪の中、自らが雪面に描いた五芒陣ごぼうじんの中にいる皆元みなもと静香 しずかと共にヒッチハイカーとSIT達の戦いを見守っていた鳳 成治おおとり せいじがつぶやいた。

「だが、ヤツがここまで皆元みなもとさんに固執こしつする理由は何なんだ…?
 県警から提出されたヒッチハイカーが犯した過去の猟奇りょうき殺人のデータでは、それまでにヤツの被害にった30名の民間人の被害者の内、惨殺ざんさつまぬがれた生き残りが3人だけいた。
 だが…助かりはしたものの、あまりの事件の残虐ざんぎゃく性から可哀かわいそうに3人全員が精神にPTSD(post-traumatic stress disorder:心的外傷後ストレス障害)をきたしてしまった。共通点は3人とも女性だった事だ。
 そして、もう一つの共通点と言っていいだろうが…事件が起きた当時、3人の女性達のいずれもが妊娠していたという事実だ。
 亡くなった被害者達を検死解剖けんしかいぼうした結果、妊娠していなかった女性は全員が男性達と同様にして残虐に殺害されていた事実からも、この共通点は捜査本部内では有力視されたという報告を受けている。
皆元みなもとさん、たいへん失礼な事を聞くが…あなたは現在、妊娠しているのではないのか…?」

 ブツブツと独り言をつぶやいた後、おおとりとなりにいる静香に対して普通ならば女性本人相手に聞きにくいであろう非常にプライベートでデリケートな質問を、何のためらいも無くズバリと問いかけた。
 まったく、この男は女性に対するデリカシーというモノが欠如けつじょしているのだろうか…?

「え…? ど、どうしておおとりさんがその事を…? ノビタさんにもまだ言ってないのに…」
 静香がほほを赤らめ、口ごもりながら逆におおとりに対して問い返した。だが、この彼女のあわてようでは誰が見ても肯定こうていしているのと同じ事だった。しかも胎児の父親は、やはり伸田のびたのようだ。

「分かった。いや、もういい…
 やはりそうか… 理由は分からんが、ヒッチハイカーが妊娠している女性だけを選んで殺さずにいるのは、ほぼ間違い無いようだな。」
 おおとりは納得したのか、それ以上は静香に質問しなかった。

 そして、おおとりはヒッチハイカーの方へ眼を向けた。

「来るぞ! ものすごいスピードでヤツが来る!」
 おおとりが叫んだ。

 気味の悪い蜘蛛くもの脚の動きで素早く走る怪物が、二人のいる場所へ残り30mほどに迫った時だった。

「カアアァーッ!」

 それまで静香の隣で、彼女に気持ち良さそうに首をでられていた擬人式神ぎじんしきがみ八咫烏やたがらすが、通常のカラスの何倍もの大きさの甲高かんだかい声でひと声鳴いたかと思った次の瞬間、翼開長が5mもあろうかという巨大な黒い翼を広げて羽ばたかせると、地面に降り積もった大量の雪を空中に舞い上げながら吹雪ふぶきの吹き荒れる空中へと飛び上がった。
 そして、まるで静香を護ろうとするかの様に、迫り来るヒッチハイカー目指して襲いかかって行った!

「クワアァーッ! カアッ!」
「バサバサバサッ!」

 さすがの怪物ヒッチハイカーも、いきなり遅いかかって来た予想外の巨大カラスの攻撃に静香に向かって前進する多脚たきゃくの動きを止めざるを得なかった。彼にとって思いもかけなかった伏兵ふくへいが、突然に前方から現れたのである。

「ううっ! 何だコイツは?」

 地面にいる敵ならば外骨格の脚で攻撃する事が可能だったが、自分よりも高い空間からの人間部分を狙った攻撃にヒッチハイカーは生身の両手で頭部をかばわざるを得なかった。

 はたから見ている者にとっては、まるで怪獣同士の戦いである。静香はさっきまで自分の隣で、首をでてやると気持ち良さそうに目を細めていた八咫烏やたがらすが本性をむき出したかの様にヒッチハイカーを激しく攻撃するのを、呆然ぼうぜんとして見つめた。
 目の前で繰り広げられる悪夢の様な光景に、静香は思わずあとずさりして逃げ出しそうになる…

「駄目だ、皆元みなもとさん! その五芒陣ごぼうじんから外に出てはいけないっ!」

 そばから鳳 成治おおとり せいじの強い叱咤しったが飛んできた。

「さっき説明しただろう! その五芒陣の結界内けっかいないにいれば魔物は決して手を出せない!そこが一番安全な場所なんだ!」

 おおとりに怒鳴られた静香は五芒陣の中心に戻った。だが、彼女の感じている恐ろしさが減じる事は無かった。
『鳳さんの言う事は本当なの…? こんな直線で五芒星を描いただけの魔法陣が、本当に私をまもってくれるの…?』
 静香は本当は半信半疑だったのだ。だが、仮に逃げたところで怪物と化したヒッチハイカーから逃げ切れるはずも無かった…
 だから、ここはおおとりの言う事を信じた従う以外に無かったのだ…

「カアァッ!カアアーッ!」
「ビシッ! ビシビシッ!」

 空中に浮いた八咫烏やたがらすが鋭いつめを備えた三本の足で、ヒッチハイカーの胴体部分を滅茶苦茶めちゃくちゃに引っき、あるいはつかんで引き裂こうとする。
 そして、やはり鋭いくちばしでヒッチハイカーの頭部を含めた人間形態の生身の上半身部分を激しくつつき回した。

 今までの人間を相手にした戦闘ではひるむ事の無かったヒッチハイカーも、この巨大な八咫烏のり出す攻撃には防戦一方となっていた。両手で頭をかばいながら、8本脚を動かしてジリジリと後退せざるを得ない様子だった。

「そう、その調子よ! 頑張って、ヤタガラスちゃん!」

 すでに八咫烏と仲良しとなっていた静香が、組み合わせた両手でおがむようにして応援する。
 静香の隣では鳳 成治おおとり せいじが、この男にしては珍しく身を乗り出すようにして自分の使役する擬人式神ぎじんしきがみの八咫烏とヒッチハイカーの戦闘を見つめていた。

「よし! 頭をねらえ! いくら怪物化したBERSバーズの不死身に近い再生能力でも、破壊された脳は再生出来ないはずだ!」
 声に出してげきを飛ばすのと同時に、おおとりは思念でも八咫烏に指示を送った。

 それまでヒッチハイカーは自分の頭を防護するために、クロスさせた両手を顔の前に掲げて八咫烏のくちばし攻撃を防いでいた。

「カアアアァーッ!」

 おおとりの思念による命令を受け取った八咫烏が、ひと声鋭い鳴き声を上げるとヒッチハイカーの頭に狙いを付けたくちばしの鋭い一撃を突き立てようとした時だった…

 それまで防御一方だったヒッチハイカーは、頭部から生えていた二本の肌色をした触角の球形だった先端をやじりの様に鋭くとがった形に変形させたかと思うと、伸ばした触角を八咫烏の両目に同時に突き立てた!

「クワアアァァーッ!」

 触角を突き立てられた両目から血をき出しながら、驚愕きょうがくと苦痛の叫び声を上げた八咫烏は嘴による攻撃を中断して頭を後方へとらせた。その一瞬をヒッチハイカーは逃さなかった。
 その瞬間をいたヒッチハイカーが、右手に握った山刀(マチェーテ)を水平方向に一気にぎ払ったのだ。

「キャアーッ! ヤタガラスちゃん!」

 静香の上げた叫び声が吹雪の中に響き渡った時には、大量の血しぶきと黒い羽毛をき散らしながら八咫烏の切断された首が白い雪面に落下していた。
 首を切り落とされた八咫烏の身体は少しの間、空中に浮かんだまま翼をはばたかせ三本足をバタつかせていたが、やがて動きを止めるところがっていた自分の首におおいかぶさるようにして地面へと落下した。

 地面に落下した八咫烏の身体全体から紫色の煙が立ちのぼったかと思うと、その姿は見る見るうちに縮んでいき、やがて黒い折り紙で折られたカラスに姿を変えた。
 八咫烏が命を失った事で、鳳 成治おおとり せいじがカラスの形の折り紙に陰陽術おんみょうじゅつで掛けていた『擬人式神ぎじんしきがみ』の術が解けてしまったのだろう…

「やはり、式神程度ではヤツにはかなわぬか…」

 おおとりには成り行きの予想がついていたのか、その口ぶりには自分の術が敗れた事への悔しさや悲しみの気持ちは感じられなかった。

「ふふふ、とんだ邪魔者だったが… これで、二つの命を持つ女は俺のモノだ。」
 
 そうつぶやいたヒッチハイカーは、静香の方へと怪物の巨体の進行方向を変えた。

「か、怪物が…こっちへ来る…」
 20mほどの距離に迫ったヒッチハイカーの赤く燃える様な双眸そうぼうが静香をにらみ付けた。睨まれた静香は恐怖に震えあがった。

「大丈夫だ! 何度も言うが、その五芒陣の中にいる限りヤツは君に手を出せない!」

********

 伸田のびたはヒッチハイカーが変身した怪物を追って懸命に走った。だが、いくら雪面を必死に走っても、8本脚で高速で移動するヒッチハイカーに追いつく事は出来なかった。

「くそ! 待てえっ! 化け物! 僕のシズちゃんに手を出すなっ!」

 膝をつきそうになり、絶望感に満ちた叫び声を上げた伸田のびたが前方に見たのは、突然ヒッチハイカーに襲いかかろうとする巨大な黒い怪鳥の姿だった。
 そのカラスの様な巨大な怪鳥を目にした伸田のびたは最初、自分達にとって新たな敵が現れたのかと思い、さらなる絶望感にとらわれてしまった。

 だが、実際には伸田のびたの見ている前で、怪物同士の真っ向からの激突が始まったのだった…
 結果はヒッチハイカーの勝利に終わり、巨大なカラスの姿は紫色の煙と共に消えさってしまった。

 しかし、追いつこうと必死に走っていた伸田のびたにしてみれば、追いつく事の出来ないヒッチハイカーの高速移動の脚が止まっただけでもありがたかったのだ。伸田のびたは怪物同士の戦いの最中に、遠巻きに大回りしながら静香やおおとりのいる地点へと回り込んで近づいていった。

 伸田のびたの目指したその場所には、怪物同士の戦いを手に汗握るように見つめている静香と鳳 成治おおとり せいじの姿があった。
 ようやく伸田のびたは、愛する恋人の元にたどり着けたのだった。
 
 二人とも吹き荒れる吹雪の中にたたずんで怪物達の戦いを夢中で見つめていたために、思いもかけなかった方向から近づいてくる伸田のびたに全く気が付いていなかった。

「シズちゃん!」

 目の前にたたずむ愛する静香に伸田のびたが呼びかけた。

「えっ! ノビタさん?」

 自分の目で恋人の存在を認め、あふれ出す涙の流れるままに静香が駆け出しそうになった瞬間、おおとりが鋭い叫び声を上げた。

「駄目だ! 皆元みなもとさん! その五芒陣ごぼうじんから出るんじゃない!」

その時だった!

「ザザザザザザザーッ!」

 八咫烏やたがらすを撃破したヒッチハイカーが、吹き荒れる猛吹雪の中から三人の前に姿を現した。

「見つけたぞ! おんなあー!」

 怪物ヒッチハイカーは、甲殻類の8本足を器用に動かして人間型の上半身を前歩に突き出すような前傾姿勢になり、静香を捕まえるべく左手を突き出した。

「危ない! シズちゃん!」
 伸田のびたは眼前で恋人に手を伸ばす怪物に恐怖の叫び声を上げた。

「バチッ! ジュッ!」

 静香に向かって突き出されたヒッチハイカーの左の指先が、目に見えぬ何か・・はばまれて火花を散らし、その指先からは白い煙が上がった。

「な、何だ…? これは?」

 ヒッチハイカーは何度も静香に対して左手を伸ばして見るが、結果は同じ事だった。ヒッチハイカーにしてみれば、まるで目に見えぬ壁が静香との間に存在し、伸ばした自分の手を妨害して静香に触れさせまいとしているかの様だった。

「本当だわ… 五芒陣が私をまもってくれているのね。」

 鳳 成治おおとり せいじが静香に何度も告げたように、雪面に突き刺された五本の蝋燭ろうそくを直線で結んで描き出した五芒星による魔法陣の中へは、ヒッチハイカーの身体は指先でさえ入り込む事が出来ないのだった。

「今だ! 伸田のびた君! 式神弾しきがみだんを撃てっ!」

 おおとりが叫ぶまでも無かった… すでにヒッチハイカーに向けてベレッタを構えていた伸田のびたは、怪物が静香に向けて伸ばし続けている左手に照準を合わせるや否や、引き金を引いた。

「パーンッ!」

「ぎゃっ!」

 伸田のびたの放った式神弾が見事に怪物の左掌ひだりてのひらを撃ち抜いた!

「ジュウウウッ…」

 『式神弾』が撃ち抜いて開けた左掌の銃痕が、白煙を上げながらブスブスと燃え広がり始めた。

「ぐがああぁっ! 貴様、またっ!」
「ズバッ!」

 ヒッチハイカーはまたしても右手に握った山刀マチェーテを振るい、自分の左手首を銃創部じゅうそうぶよりも上でり飛ばした。

「きゃああっ!」
「ジュッ!」
 斬り飛ばされたヒッチハイカーの左手首から先が静香に向かって飛んでいき、五芒陣が造り出す『見えない障壁』に当たってはじかれ、雪に覆われた地面へと落ちた。
 だが、地面に落ちてからも『式神弾』に撃ち抜かれた左手の銃創部は燃え続けていた。

「ガボッ! グジュルルルーッ!」
 胸を悪くする音を発しながら、ヒッチハイカーの切断された左手首の傷口からミミズのたばの様な触手が飛び出し、にゅるにゅるとうごめきながら急速に伸び始める。

「貴様、もう許さんっ!」

 伸田のびたがもう一度ベレッタを撃とうとした瞬間、ヒッチハイカーの左手首から数mも伸びた触手が伸田のびたに向かって襲いかかった。

「パンッ!」
 伸田のびたの構えていたベレッタが触手の鞭の様な攻撃で弾き飛ばされた。
 握った右手から飛ばされる瞬間に暴発したベレッタの銃口から『式神弾』が発射されたが、弾丸は怪物とは全く違う彼方かなたへと飛び去った。

「うっ! しまったあ!」
 叫び声を上げたのはおおとりだ。彼の見る先にあったのは、吹雪の中でも消えずに静香をまも五芒陣ごぼうじんを形成する五つの頂点の一つである蝋燭ろうそくの一本だった。
 何という事か、今の暴発による一発の銃弾が当たって地面に突き刺していた燭台しょくだいから蝋燭が弾き飛ばされたのである。

 偶然だったとはいえ、何という不運な事故であろうか…

 この事故で、静香を護っていた五芒陣ごぼうじんの『見えない障壁』が消え去ってしまったのである。しかも、静香を怪物から護ろうとしていた恋人の伸田のびた自身が撃った一発の銃弾によって…

 ベレッタを弾き飛ばしたヒッチハイカーの左手の触手は、次は伸田のびたの顔面に襲いかかった!

「危ないっ!」

 叫びながら、おおとりが驚異的ともいえる速さでヒッチハイカーと伸田のびたの間に飛び込むようにして割って入った。伸田のびたを雪面に突き飛ばしてかばったおおとりに対して触手が襲いかかる!

「ズバッ! ブッシュッー!」
「ぐわあっ!」

いったい、何が起こったのか…?
 驚いた事に苦痛の叫び声を上げたのは、おおとりではなくヒッチハイカーの方だった。

 高速でおおとりの身体に襲いかかったヒッチハイカーのむちの様な触手は、吹雪の吹き荒れる空中に切断面から緑色の鮮血をき散らしながら千切れて飛んでいったのだ。

「うおおっ! き、貴様あっ! い、いったい…何を?」
 ヒッチハイカーの驚愕の叫び声が吹雪く夜空に響き渡った。

 その響き渡る叫び声の中、雪面に倒れた伸田のびたの前にスックと立った鳳 成治おおとり せいじの右手には、満月の光を反射して白銀に輝く一本の両刃もろはつるぎが握られていた。
 それは、50㎝ほどの長さのやいばからつば、そして20㎝ほどのつかの部分までの全てが銀色一色の金属で作られた剣だった。

「き、貴様… 何だ、その剣は?」
 外骨格の恐るべき硬さを待った8本脚とは違うが、強靭きょうじんな筋肉で出来た鞭の様な自分の触手を一瞬で切断してしまった剣を、驚愕の目で見つめながらヒッチハイカーが言った。

「この剣は、我が父が宮司ぐうじつとめる『安倍あべの神社』に創設以来より代々伝わる『ヒヒイロカネのつるぎ』…
 通常は祭礼に用いられる剣なれど、魔界の者をぎ払う『退魔の剣』でもある。貴様の様な魔界の存在となり果てた化け物を切り裂く剣だ。」
 おおとりがヒッチハイカーの問いかけに静かに答えた。

「ふん… 何だ、そんな剣ごとき!」
 即座におおとりの方に体の向きを変えたヒッチハイカーは、一番左前の硬い外骨格の脚を振り上げると一気におおとりめがけて振り下ろした。

「カキーンッ! バシュッ!」
 おおとりは真っ直ぐ自分に向かって振り下ろされた鋭い足先の鉤爪を、素早い身のこなしでかわすと同時に『ヒヒイロカネの剣』を逆袈裟ぎゃくけさに振り上げた。
 おおとりの振るった逆袈裟の一閃いっせんは、ヒッチハイカーの硬く鋭い脚先を見事に斬り飛ばしていた。脚の切断面から緑色の体液が空中にほとばしる。
 SMG(サブマシンガン)から発射されたフルメタルジャケットの9㎜パラベラム弾を全てはじき返すほどの硬度を誇った怪物の外骨格の脚を、一薙ひとなぎであざやかに切断してのけたのだ。

「そんな馬鹿な…」
 ヒッチハイカーが狼狽ろうばいを見せてつぶやいた。

「この剣を形成する日緋色金ヒヒイロカネは残念ながら現代では素材も精錬技術も失われてしまったが、太古の日本に存在した伝説の超金属だ。その硬度は金剛石(ダイヤモンド)をも上回り、この剣に斬れぬモノなど存在しない。貴様ら魔界の存在がいかに硬く変化へんげしようとも、この剣の前では恐れるに足らず!」

 『ヒヒイロカネの剣』の鋭い切っ先をヒッチハイカーに向けながらおおとりが言い放った。

「ぬううう… 忌々いまいましい剣… だ、だが…さっきの銃弾の様に切り口から俺の身体を焼く力は無いようだな。」
 剣の威力にひるんでいたヒッチハイカーが、顔にふてぶてしい表情を取り戻しながら言った。しかも、見る見るうちに『ヒヒイロカネの剣』に切断された左手の触手と左脚の先端部分が再生し始めていた。

「ふっ… 怪物の割にはさかしい奴め、気付いたか。
 たしかに、お前の言う通り『ヒヒイロカネの剣』はその超硬度ゆえに、鉛の銃弾の様に念を込めた『五芒星ごぼうせい』の文様もんようを刻み付ける事は出来ない… つまり、『式神弾』の様な使い方は不可能なのだ。」
 
 おおとりは苦々しい顔でつぶやきながらも、右手に『ヒヒイロカネの剣』を握り、左手に結んだ片手手印しゅいん早九字はやくじを切り始めていた。

「されど、この俺が貴様の好きにはさせん! 青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていたい文王ぶんおう三台さんたい…」

 しかし、おおとり九字くじ文言もんごんとなえ終わる前にヒッチハイカーが先に行動を起こした。

「ふんっ!」
 またしても再生したヒッチハイカーの左手の触手が伸び、おおとりにではなく今度は静香 しずかに向かって襲いかかったのだ。

「キャアーッ!」

 五芒星の一角をになっていた一本の蝋燭ろうそくが倒された事によって、すでに静香をまも五芒陣ごぼうじんの効力が無くなっていたのである。
 むちの様に伸びた触手が静香の腰にき付いた!

「うっ! た、助けて… ノビタさん!」

 ヒッチハイカーの左手から伸びた触手にからめ取られ、静香の身体が軽々と雪面から数mの高さまで持ち上げられた。

「シズちゃん!」
 おおとりに突き飛ばされて雪面に転がっていた伸田のびたがヨロヨロと起き上がり、ヒッチハイカーに向けてふらつきながら歩きだした。

「はっはあ! ついに取り戻したぞ、二つの命を持つ女を!」

 触手でつかまえている静香の身体を自分の顔の前まで近づけ、彼女の全身をめ回すように見ながら鼻を押し付けて、身体中のにおいをぎ回った。

「いやあっ! やめてっ!」

 静香 しずかが恐怖と嫌悪の混ざった叫び声を上げ、身をよじらせた。

「や、やめろっ! シズちゃんを放せっ!」

伸田のびたが怒りと悔しさで歯を食いしばり、つめてのひらに食い込み血が流れ出すほどに両手の拳を握りしめながら、よろめく足取りでヒッチハイカーに近付いて行く。

「この女は俺のモノだ! 貴様の様な虫けらは、さっさと死ねっ!」
 ヒッチハイカーは前脚の一本を大きく振りかぶり、伸田のびたに向けて一気に振り下ろした。

「危ないっ!」
「カキーンッ!」

 またもやヒッチハイカーと伸田のびたの前に割って入ったおおとりが、『ヒヒイロカネの剣』の刃で怪物の前脚をかろうじて受け止めた。

「ぐっ!」

「また邪魔をするか、貴様っ! では、お前から殺してくれるっ!」
 伸田のびたへの一撃を邪魔されたヒッチハイカーが怒り狂い、『ヒヒイロカネの剣』に受け止められた前脚に力を込めた。

 重機並みの怪物ヒッチハイカーのパワーに、人間の力がかなはずが無かった。
 いにしえの超金属で作られた『ヒヒイロカネの剣』のやいばは攻撃を持ちこたえられても、両手で受け止めているおおとりの腕は徐々に押し下げられていき、片膝から両膝へと次第に地面に付いてしまった彼の身体中の骨がギシギシときしんで悲鳴を上げ始めた…

「くっ… これまでか…」

その時だった!

「ぐわおおおおおぉーっ!」

 文字通り大地を揺るがすほどの雄叫びが、山中に響き渡った!
 その場にいた誰もが驚愕し、怪物ヒッチハイカーでさえおおとりを攻撃する動きを止めた。いや、魔獣と化したヒッチハイカーが本能で感じ取った恐怖が彼の身をすくませたのだった。

 そして、一陣の白い突風がその場を吹きすぎたと思った次の瞬間には、おおとりを突き刺そうとしていたヒッチハイカーの前脚の半分ほどが消失していた。

「ぐぎゃあああぁーっ! 俺の脚がああぁっ!」

 先ほど、鳳 成治おおとり せいじの『ヒヒイロカネの剣』で切断された切り口とは違い、まるで引き千切ちぎられたようなヒッチハイカーの脚の断面がブスブスと燃え始めていた。それはまるで、『式神弾』で撃ち抜かれた銃創の様だった。

「ぐわおおおうっ!」

 大地をるがす野獣の咆哮ほうこうが再び山中に響き渡った。
 ヒッチハイカーも含めた、その場にいた全員が一斉いっせいに咆哮の上がった方を見た。

 そこには、積もった白い雪と吹き荒れる吹雪の中に四本足で立つ白い野獣の姿があった。

 そいつは、白い風景に溶け込むかの様な真っ白い毛皮の全身に黒い縞模様しまもようをくっきりと浮かび上がらせた、体長3mほどもある巨大な白い虎だった。そいつの足元にはみ千切られたヒッチハイカーの前脚が転がり、その断面は赤ではなく青白い色をした熾火おきびを発して燃え始めていた。

「やっと来たか… 遅いぞ…」
 左膝を雪面に付き、地面に突き刺した『ヒヒイロカネの剣』で身体をささえるようにしたおおとりが、苦笑のような笑みを顔に浮かべた荒い息の中でつぶやいた。しかも安心したのだろうか?おおとりは地面に尻を付き、全身の力を抜いたようだった。

 白い虎の両目は内部から光を発しているかの様に青白く爛々らんらんと輝き、開いた大きな口からのぞいている牙もまた青白い輝きをはなっていた。

「何だ…? あれが助けてくれたのか…? ホワイトタイガー? どこかの動物園から逃げ出して来たのか?」
 伸田のびたつか、現在の自分達が立たされている状況を忘れて素直に疑問を口にした。

「あれは白虎びゃっこ… 神獣白虎しんじゅうびゃっこだ。」
 おおとりが地面に座り込みながらつぶやいた。

「神獣…? そんな馬鹿な…」
 伸田のびたおおとりを見て首を横に振った。彼には鳳の言う事が、どうしても信じられなかったのだ。

 そんな伸田のびたに、おおとりが教えさとすように落ち着いた声で言った。

「君は自分の目であれを見ても、まだ信じられないのか?では、ヒッチハイカーの存在は…?『式神弾』はどうだ? この世には、人間の常識などで計り知れない事象じしょうがいくらでもあるんだよ。」
 
 頭ではにわかには信じられなかったが、心の中では伸田のびたおおとりの言う事が真実であるとさとっていた。

伸田のびた君、早くベレッタを拾いたまえ。君の手で皆元みなもとさんを救うんだ!」

伸田のびたおおとりの声で目が覚めたように、急いであたりを見回してヒッチハイカーの触手で弾き飛ばされたベレッタを探した。

「あった!」
 ベレッタは自分から左後方に数m離れた地点の雪面に、グリップを下にして雪の中に半分ほど埋まるようにして銃口部をのぞかせていた。伸田のびたは、すぐにその地点に駆け寄ってベレッタを拾い上げた。

 ヒッチハイカーは、神獣白虎に噛み千切られた左前脚がじわじわと燃え広がるさまを見て狼狽うろたえていた。
 不死身で無敵の存在だと思っていた自分を上回る怪物が目の前に現れたのだ。生物の本能として天敵と言える存在の前では、蛇ににらまれたかえると同じだった。
 しかし、白い虎の姿をした怪物は十数m離れた地点でヒッチハイカーをジッと見つめているだけで、それ以上の攻撃を加えようとはしなかった。

『ヤツから逃げなければ…』

 今のヒッチハイカーの頭には、その事しか考えられなかった。

『だが、この女は絶対に手放さない…』

 ヒッチハイカーは左手の触手で捕まえている静香 しずか放棄ほうきして逃げる気は無かった。静香をつかむ触手にグッと力を込めた。

「うっ! く、苦しい…」
 静香の美しい顔に苦悶くもんの表情が浮かんだ。

 ヒッチハイカーは、自分の触手にぶら下げられて苦しむ静香と、離れた地点から青白く光る眼で自分を見つめる白い虎と、ブスブスと燃えつつある虎に噛み千切られた自分の左前脚を順に見た。

「くっ!」

 ヒッチハイカーは右手に持った山刀マチェーテを振るうと、燃えている自分の脚の切断部より胴体に近い側の関節部分に何度か叩きつけて切断した。あれほど敵の銃弾を物ともせずに弾き返した硬い外骨格の脚の関節部分を、自らの手で文字通り切り離したのだった。
 まるでトカゲのしっぽ切りの様に、自分の意志で身体から分離させてしまったのだ。

『ヤツの牙には、俺の四肢を焼いたあの不思議な銃弾の様な威力があるのか… このままヤツを相手にしては危険だ…』

 ヒッチハイカーは自分の本能の命じるままに、白い虎を相手にして戦うのは止める事にした。これ以上ヤツに脚や身体を食い千切られるのは、自分にとってが悪いと判断したのだ

『目的の女も手に入れたし、ここは逃げるのが利口りこうだな。』
 そう考えている間にも、自分自身で切断した脚がすでに再生を果たしていた。これで8本の脚が再び完全に揃ったのだ。

 早速さっそく、この場を逃げ出そうとしたヒッチハイカーが、白い虎とは反対方向へ向かって8本脚を高速で動かして移動を開始した時だった。

「ぐわあおおおぉーっ!」
 再び白い虎がひと声大きく咆哮ほうこうしたかと思うと、ヒッチハイカーの頭上を一気に飛び越えて彼の進行方向に立ちふさがり、行く手をさえぎったのだ。

 ヒッチハイカーはあわてて向きを変え、別方向へと走り出した。

 すると、またしても白い虎は跳躍ちょうやくしてヒッチハイカーを飛び越えて先回りしてしまう。その跳躍力たるやすさまじかった。高さ10m、距離にして30~40mも一気にジャンプしてしまうのだ。
 何度試して見たところで、ヒッチハイカーは静香を連れてこの場を逃げる事が出来ないのだった。

 ヒッチハイカーは動きを止めた。果たして彼は逃げ出す事をあきらめたのだろうか…?

 何を考えたか、ヒッチハイカーは逃げようと暴れる静香をつかんでいる左手の長い触手を動かすと、自分の顔の前に静香の身体を横たえる様な向きにしてぶら下げたのだ。
 そして右手に持つ山刀マチェーテの大勢の犠牲者の血を吸った刃を、静香の喉元のどもとに押し当てたのである。

「これを見ろ! この女の首をねられたくなかったら、誰も俺の邪魔をするな!」

 ヒッチハイカーは勝ち誇ったようにそう叫びながら、静香の身体をぶら下げた触手を白い虎やおおとり、そして伸田のびたに順に向けて見せつけるようにユラユラと揺らした。

「この女の命が惜しかったら、俺から離れて武器を捨てろ。もうここに用はない。俺はここから離れるが、貴様らは追って来るなよ!」

 ヒッチハイカーは人質として静香を利用し、この場から逃げようと考えている様だった。

「くっ…」
 伸田のびたは拾い上げたベレッタをヒッチハイカーに向けて構えていたが、銃口を下げて地面に向けた。
 
 鳳 成治おおとり せいじも静香を人質にされては手を出す訳にはいかず、手に持っていた『ヒヒイロカネの剣』を雪面に放り投げた。

「ガルルルルル…」

 怒っているのか、白く大きな虎はヒッチハイカーを睨み付けながら唸り声をあげているが、不思議な事にヒッチハイカーに飛びかかったり手を出そうとはしない様子だった。この白い虎は、人質を取られている事や人間の話す脅し文句を理解出来るのだろうか…?

「そこの小僧。その銃は俺にとって危険だ。弾倉だんそうを抜いてこっちに放り投げろ。」

 ヒッチハイカーが吊り上げた静香の身体を伸田のびたの方に向けて、山刀マチェーテを彼女の首のすぐそばでひらひらと揺り動かして絶対に拒否出来ない様にしながら言った。

「くそっ…」
 伸田のびたはヒッチハイカーに言われるがままにするしかない自分が腹立たしかった。彼は憎い敵に命じられるままに、ベレッタのマガジンリリースボタンを押してグリップ部から『式神弾』の入った弾倉マガジンを抜き出し、ヒッチハイカーの脚元へ放り投げた。

「ふっ… それでいい。」
「バキッ!」

 ヒッチハイカーはカニの外骨格の様に頑丈がんじょうな一本の前脚の鋭い爪先でベレッタの弾倉を、何度も何度もみ砕いた。壊れた弾倉マガジンから数発の『式神弾』が飛び出し、中には壊れた弾丸もあった。。

「これでいい。そっちの白い虎が貴様らのペットなら、俺を追わせるんじゃないぞ。こっちには、この女がいるのを忘れるな。」

 そう言い捨てるとヒッチハイカーは静香を触手につかまえたまま、8本脚をすさまじい速さで動かす高速移動でこの場を離脱りだつし、逃げ去って行った。

 鳳 成治おおとり せいじは自分の投げ捨てた『ヒヒイロカネの剣』を拾い上げ、次にヒッチハイカーに破壊されたベレッタの弾倉マガジンの所へ行き、地面にしゃがみ込んだ。

 伸田のびたは打ちのめされていた… 愛する婚約者を怪物ヒッチハイカーに再び目の前でさらわれてしまったのだ。

「僕は腰抜けの大馬鹿野郎だ… 最愛のシズちゃんを自分の目の前で…」

 ガックリと肩を落とした伸田のびたはヒッチハイカーの消え去った彼方を、ただ呆然と見つめていた。


【次回に続く…】

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