ニケ… 翼ある少女：第28話「核テロ犯行予告声明と、開催される国家安全保障会議」

「どうなっている？」

　内閣情報調査室の特務零課、課長室に到着した鳳 成治おおとり せいじはカジュアルな服装からロッカーにしまってあったスーツの上下に着かえ、ネクタイを結びながら内線電話を通して部下を呼びつけた。部下は課長室に入って来るなり成治せいじに対して報告を始めた。

「はっ、室長からの報告では、鳳 おおとり課長には現時点で分かっているニケこと『榊原さかきばらくみ』に関する情報を全て持って、志村しむら室長と一緒に今回のテロ事件対策本部が設置されている首相官邸まで早急に出頭せよとの内閣からの命令が下ったそうです。」

「分かった。準備は出来ているな？」

「はっ、すでに公用車の準備と共に、課長がいつでも出立しゅったつできる準備が整っております。」

「ご苦労、すぐに出かける。」

　こうして、鳳 成治おおとり せいじは志村しむら内閣情報調査室長と共に公用車に乗り込み、内閣情報調査室のある内閣府庁舎を後にした。

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　いっぽう、ここ榊原さかきばら家では榊原さかきばら竜太郎りょうたろうとアテナが居間で話し合っていた。くみも一緒である。安倍賢生あべの けんせいの姿はなかった。

「いったい、どうなるんだ…？　ニケが何をしたって言うんだ？　ジェット旅客機の危機を救った英雄だぞ、ニケは！」

興奮して大声を出す竜太郎をアテナが宥なだめる様に言う。

「あなた、落ち着いて…　私達が興奮してもどうしようもないわ。成治せいじさんとお義父とう様にお任せしましょう。」

顔を上げた竜太郎がアテナを見つめて、

「父さん？　親父がどうしたって？」

アテナが答える。

「お義父とう様は政財界に顔が利きく大陰陽師おんみょうじの立場をお使いになって、成治せいじさんとは別に首相官邸に向かわれたわ。
　首相や閣僚の方々とも懇意こんいになさっていて、今までにも何度も政府のご相談を受けておられていると仰おっしゃってて。今回も日本国家の危機を占うという名目で核テロ対策会議に出席されるって…」

「そうか…　父さんが…　それじゃあ、父さんと成治せいじに任せるしかないのか…」

　竜太郎りょうたろうは安心したような、しかし自分が何も出来ない無力感に気落ちしたようにソファーに深く腰を掛けた。横に腰を掛けていたくみが父の手を強く握りしめた。

「私…　どうすればいいの？　パパ、ママ…？」

心配そうにつぶやくくみに対して、アテナは優しく微笑みながら言った。

「もう、あなたや私達家族の出来る範囲を超えているのよ…くみ。お二人に任せて私達は吉報きっぽうを待ちましょう。」

「そうだな、そうするしか仕方が無いな…」

　そう言って竜太郎りょうたろうは、アテナが気持ちを落ち着けるために準備していたブランデーのグラスを手に取って、一息に呑のみほした。

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「どう出てくるでしょうな…Mr.北条、日本政府は？」

　チャーリー萩原はぎわらが北条 智ほうじょう さとるに対して尋たずねた。
　ここは、六本木にある外資系大企業マクガイバー社（MacGyver）の東京本社ビル42階にある北条 智ほうじょう さとるの専用オフィスである。

「チャーリー、そう慌あわてるものじゃないよ。賽さいは投げられたんだ。まあ、じっくりと静観していようじゃないか。」

　北条は自分のデスクで椅子に深く腰を掛けて頬ほほづえをつきながらチャーリー萩原はぎわらに返事をした。

「とにかく、日本政府に与えた猶予ゆうよは24時間で明日の19時がタイムリミットです。それまでに指定した首相官邸のホームページに日本政府の返答の声明発表が無い場合はどう致いたしますか？」

「それが日本政府の見解だと言うのならば、こちらも約束通り、『クラーケン』からSLBM（潜水艦発射弾道ミサイル）を東京に向けてお見舞いしてやろうじゃないか。　そうすれば、日本政府の見解などは関係なしに必ずニケが出てくる筈はずだ。私はこの賭かけに全財産でも命でも賭かけてもいい。」

こう言い切った北条に対してチャーリー萩原はぎわらはニヤリと笑って答えた。

「ふふふ、それでは私との賭かけは成立しませんね、Mr.北条。私もあなたと同じ方に賭かけているのですから…」

「ふふふ…　はっはっは…」

二人は声をそろえて笑った。

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　首相官邸に到着した志村しむら内閣情報調査室長と鳳 成治おおとり せいじは、すぐに対策本部室に通された。
　そこに着席していた面々は日本国総理大臣である太田首相を筆頭に、田中官房長官、明石外務大臣、松本防衛大臣の4大臣会合を中核として、他に浜田警察庁長官、桂自衛隊統合幕僚長、その他にも政府におけるテロ対策等の国家安全保障に関する主だった大臣及び関係官僚達が顔をそろえていた。

　居並いならぶそうそうたる面々の顔ぶれを見まわした鳳 成治おおとり せいじは自分に用意された椅子に着席しながら、ある人物の顔を認めて目が点の様になった。
　その人物こそ誰あろう、つい先ほどまで榊原さかきばら家で一緒に家族会議に同席していた安倍賢生あべの けんせいその人であった。成治せいじの実の父親である。成治せいじは危うく声を上げそうになった自分を何とか制した。

「よろしい、これでメンバーは揃そろったようだな。
　それでは今回招集した国家安全保障会議は内容が内容故に、原則として非公式で非公開とした対核テロ対策会議として開催する。
　なお、この会議については首相官邸外では一切の他言無用を原則とするがよろしいな。」

　太田首相が対策会議の開会を宣言した。そして、首相に引き続き田中官房長官が話し始める。

「それでは、今回の経緯けいいを私から説明致します。国際テロ組織『underworldアンダーワールド』の代表と名乗る者からの犯行予告声明が、首相官邸ホームページに本日届けられまして内容は以下の通りであります。

『現在巷ちまたで評判になっているニケという仮面の少女を捜し出して、我々に引き渡せ。この要求に対する日本政府の返答を首相官邸ホームページに投稿し表示せよ。
　この要求が届いた時刻より24時間後までに以上の返答が無い場合は、我々に対する返答の拒否と受け止め『underworldアンダーワールド』は実力行使をする。

　我が方は原子力潜水艦を所有しており、SLBM（潜水艦発射弾道ミサイル）を発射可能である。加えて核弾頭も艦内に数発搭載所持している。
　日本政府の返答次第では、核弾頭を搭載したSLBMを東京都に向けて発射する用意である事を申し添えておく。
　この声明が嘘ではない証拠に、先日東京湾にSLBMの筐体きょうたいのみを海洋投棄とうきした。
　すでにそちらの関係者が回収し調査の結果、我々の要求が嘘ではないことが判明している事だろう。
なお、この要求メールは19時に首相官邸に届くよう発信した。

　つまり、明日の19時がタイムリミットだ。平日のゴールデンタイムに核弾頭搭載のSLBMが東京にデリバリーで配達されるか否いなかは、日本政府の返答如何いかんにかかっていると申し上げる。以上だ。日本政府の我々に対する返答をお待ちする。』

と、以上のような犯行予告声明が首相官邸にメールで届けられました。メールの発信先を徹底的に調べましたが、世界中のプロバイダーが数十か所経由されており、不本意ながら発信先の特定には至いたりませんでした。」

話し終わった官房長官は、在席する面々を見回してから着席した。

「次に私から説明致します。」

こう発言して、浜田警察庁長官が立ち上がった。

「声明にありましたSLBMの筐体きょうたいが、実際に３日前に東京湾内に海洋投棄されておりました。
　海上保安庁が回収した物を当方と陸上自衛隊で協力して調べた結果、間違いなく核弾頭が搭載可能なSLBM（潜水艦発射弾道ミサイル）の筐体きょうたいであると確認されました。
　ただ、この時点ではテロリストからの犯行予告声明がありませんでしたので、首相への報告で留とまっておりまして、この様な緊急対策会議は開催には至いたりませんでした。」

この発言で首相の顔を見た全員に対して、太田首相は無言で頷うなずいて見せた。

「以上の経緯から鑑かんがみまして、『underworldアンダーワールド』の声明を嘘として無視する訳にはいかなくなった次第です。
　ただ、『underworldアンダーワールド』という国際テロ組織に関しては我が国においてはもちろんですが、世界各国に問い合わせて見たところでも、現在までその存在を確認された事は無い模様であります。
犯行声明が行われたのも今回の我が国に対する物が初めてであります。」

　ここまで述べて浜田警察庁長官は着席した。次に鳳 成治おおとり せいじの上司である志村しむら内閣情報調査室長が立ち上がった。

「次に私から申し上げます。テロリストグループ『underworldアンダーワールド』の要求にありました『ニケ』でありますが、現時点で判明しているのは『ニケ』が15歳の少女であり、たいへん申し上げにくいのですが…」

　ここまで述べた志村しむら内閣情報調査室長は、在席する安倍賢生あべのけんせいの方に顔を向けた。参加者全員の視線が一斉に賢生けんせいの方を向く。
　賢生けんせいは腕組みをしながら目をつむって聞いていたが、まるで見えているかのように志村に対して頷うなずいた。

「では…　そちらにおられるオブザーバーの大陰陽師おんみょうじである安倍賢生あべのけんせい氏のお孫さんの『榊原さかきばらくみ』さんであります。」

この場にいた賢生けんせいと鳳 成治おおとり せいじを除く全員からどよめきが一斉いっせいに上がった。

「今の話は本当ですかな、安倍あべさん…？」

　ざわざわと騒いではいるが誰も声を発する者はいなかった。その中でただ一人、口を開いて賢生けんせいに尋たずねた太田首相に対し、閉じていた目を開き向き直って賢生けんせいは頷うなずいて答えた。

「事実です、太田総理。テロリストどもの要求している『ニケ』は、私の実の孫である『榊原さかきばらくみ』で間違いありません。」

「おおお…」

皆のどよめきを無視して賢生けんせいは立ち上がった。

「ただ、孫のくみは清廉潔白せいれんけっぱくな汚けがれのない少女であり、誰からも何一つ後ろ指を刺されるいわれは無い！」

　腕組みをして目を大きく見開いた賢生けんせいの一喝いっかつに、皆のどよめきは鎮しずまり全員が居ずまいを正した。

「ここにおられる皆さんは日本国の中枢におられる方々だ。
　今回の核のテロに関しては避けては通れない事になる、我が孫『ニケ』に関する真実をお話ししましょう。」

一同は声を発することなく、互いの顔を見つめ合うに留とどまった。
　ただ一人、賢生けんせいと同じく真実を知る鳳 成治おおとり せいじは、両拳こぶしを力いっぱい握りしめ固唾かたずを飲みながら実の父である賢生けんせいを見守った。

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『次回予告』
テロ予告に対する国家安全保障会議が開かれるが、なかなか話が進まない。
賢生けんせいが人々にアテナとニケの存在を信じさせようと打った手段とは…？
そして成治せいじもまた、会議中に決意を固めた告白を始める。

次回ニケ 第29話「安倍賢生と鳳 成治、父子の決意」
にご期待下さい。