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第1回 発達障害特性に対処しながら、放課後等デイサービスで働く~長田耕さん~【後編】|マイノリティのハローワーク|現代書館

『マイノリティのハローワーク』第1回後編です。先輩からのパワハラが原因で学校を退職した長田さんは、どのように考え、行動していったのでしょうか。

就労移行支援事業所で自分の特性と向き合う

長田さんは、小学校の特別支援学級で教員として働いていた頃に病院で発達障害の一つ、「広汎性発達障害」と診断されました。ASDとADHDが併発しておりADHDの特性が強く出ているそうです。しかし、学校側に合理的配慮(注1)を申し出ることはしませんでした。それは、職場環境から考えて、発達障害の教員に配慮する余裕が学校にはないことを、長田さん自身が理解していたからです。学校にはクローズ(注2)のまま、退職しました。

心身ともに疲弊していた長田さんは、発達障害の診断を受けた頃から繋がっていた就労移行支援事業所(注3)や、そこでの縁から出入りするようになった当事者向けのコミュニティ(注4)、Kaien在職者向けサービスで得た情報をもとに、就労移行支援事業所に通うことにしました。

就労移行支援事業所で、自分の適性を見つけたり、自分の発達障害特性と向き合い、対処法を見つける訓練をしたりしました。いろいろな職種を体験することで、体を動かす仕事と事務にある程度の適性があると理解できたので、転職活動の方針も決まっていきました。自分の適性に合った仕事で、お給料がいいところ。合理的配慮をしてもらうために、今度はオープン就労でと考え、障害者雇用(注5)も視野に入れていたそうです。

長田さんは、就労移行支援事業所で毎日日報を書いたのがとても役に立ったと語っていました。朝来て、今日やることを書く。帰りにその振り返りをする。計画を立てるのが苦手でしたが、その積み重ねや相談するスキルを磨くこと、いろいろなケースにふれることによって、少しずつ見通しが立てられるようになっていきました。

社会人の基本とされる報連相(特に上司への報告、連絡、相談を指す)の練習、Googleカレンダーを使用することでタスクや時間の管理も身につけました。

人に相談するには、「自分がどうしたいか」「自分の見解は何か」をまとめるスキルが欠かせません。就労移行支援事業所でこれらのスキルを磨き、現在も自分の考えをまとめ、アウトプットする訓練を続けているそうです。

相談するのに必要なのは、本人のスキルだけではありません。「相談しても問い詰められない」と本人が思えること、そして実際に相談しても問い詰められない心理的安全性(注6)の高い環境が大切です。教員をしていた頃には、そのような心理的安全性はありませんでした。

就労移行支援事業所での訓練で、「相談しても大丈夫」と思えるようになり、心の癖が変わったこと、実際に心理的安全性のある職場に出会えたことは大きいといいます。

また、発達障害特性を理解し、就職先にお願いしたい合理的配慮も整理しました。長田さんが合理的配慮として挙げたことは、以下の通りです。

・指摘は冷静かつ端的にお願いしたい
・仕事の完成形が見えないままだとやりにくいので、具体的に仕事の完成形を見せてほしい

就労移行支援事業所に通うなかで、発達障害特性と向き合い、対処法を見つけ、適性を理解していき、3ヶ月で卒業しました。「3ヶ月」と聞くと、異例のスピードだと感じる方もいるかもしれません。長田さんも、そこは「転職先との巡り合わせがよかった」と語っていました。

注1:合理的配慮……障害者が社会で生きていく上での困りごとに対し、さまざまな調整を行い、困りごとの解消、軽減を目指すこと。2022年に障害者差別解消法が改正され、民間の事業者にも合理的配慮の提供が義務付けられた。
注2:クローズ/クローズド就労……マイノリティ性、特に障害を雇い主に告げずに就労すること。開示しての就労(オープン就労)と違い、直接偏見や差別にさらされるリスクは減るが、合理的配慮を求めにくい環境となってしまうため、働き続けるのがつらくなってしまうこともある。
注3:就労移行支援事業所……国からの補助を受け、障害や難病のある人の就労をサポートするサービス。最大2年間の利用が可能。就労に向けたスキルを身につけることができるが、通っていることで確実に収入が得られるわけではないので、収入面の不安などの問題はある。
注4:当事者コミュニティ(当事者会、セルフヘルプグループなど)……何らかのマイノリティ性のある当事者のコミュニティ。リアルで会うものを主に指すが、最近はコロナ禍の影響もあり、オンラインで開催されるものも増えている。当事者同士での情報交換や交流の場となり、マイノリティ性のある当事者にとって安全な居場所となりうる。ただし、地方格差をはじめとした問題も存在し、マイノリティ性のある当事者にとっての特効薬にはなりえないのもまた現状。当事者コミュニティ及びその周辺の問題点については、「マイノリティの「つながらない権利」」(webあかしにて連載中)に詳しく書いている。
注5:障害者雇用……障害者手帳(身体、知的、精神)を持つ障害者を雇用する制度。人を雇う場合、企業の規模によって決められた割合以上の障害者を雇用しなければならないことになっている(法定雇用率)ため、多くの企業が障害者雇用を実施している。障害を明かして就労するため、合理的配慮を期待できるが、待遇やキャリア形成の問題もある。
注6:心理的安全性……チーム形成や、成果を上げていく健全なチームであり続けるために欠かせないものとして、企業やチームの運営において、注目されている心理学用語。ただ単に仲の良いチームであることを指すのではなく、チームの大多数とは異なる意見を表明することでネガティブな反応をされないとメンバーが思える、その上で健全に議論ができる、などの特徴が挙げられる。実践については、参考書籍に詳しい。ビジネスだけでなく、さまざまな場作りに応用可能な概念なので、グループなどで「皆が自由に発言してくれない」「何だかギスギスしている」といった状況にある場合に心理的安全性の視点を取り入れることもおすすめしたい。参考書籍:『心理的安全性のつくりかた』(石井遼介著、日本能率協会マネジメントセンター、2020年)など

放課後等デイサービスで子どもを支援する

長田さんは株式会社Kaienの放課後等デイサービスの事務員として、新たな生活をスタートさせました。決め手は、直接支援をするわけではありませんが、障害のある人達の助けになる仕事ができることでした。

事務員として放課後等デイサービスで働く長田さんに、ある日転機が訪れます。株式会社Kaienが新たな放課後等デイサービスをオープンすることになり、必ず配置しなければならない児童発達支援管理責任者(注7)という資格を取れる人材として、声がかかったのです。これにより、児童発達支援管理責任者として、障害のある子どもの支援に直接関わる仕事ができるようになりました。

長田さんは放課後等デイサービスで、障害のある子どもや保護者と関わり、その人の特徴が環境の中でどういう風に作用しているのか、どういう環境ならいいのか、その人にこれからどのようなサービスを提供するかを考えています。「発達障害だからこう、と言い切れるようなものはなく、人それぞれだし、環境の影響もあるものなんですよ」と言います。

障害のある中高生の進路相談などにも対応し、その子のキャリアについて考える機会もありますが、その人の特徴、能力でどのように就職先に貢献できるかをしっかり考えていく必要を痛感しています。「いろいろ試した上で、その人の本質的な願いやそれを達成するための方法がきちっとわかるといいのかなと思います」との言葉には、現場で働く人としての実感がこめられていました。

現在、株式会社Kaienで働いて5年目になります。児童発達支援管理責任者として、最初に子どもや保護者と面談する仕事をしています。その際に、子ども自身の望み、できること、周りが求めることが重なりあうところを見つけるのをよりうまくなりたい、学校の情報ももっと仕入れたいと語る姿からは仕事に対する真摯な思いが伺えました。

注7:児童発達支援管理責任者……放課後等デイサービスの事業所にはこの資格を持つ人を必ず配置しなければならないと法律で定められている。実務経験がある上で、研修を受ける必要がある。

休日は大好きなサッカー観戦、遠征、バイクなどを楽しむ

最後に、休日の楽しみ方についてお話を伺いました。仕事のみが人生ではないですし、余暇を楽しむのも大事なことです。

長田さんはサッカーが好きで、ホームゲーム(チームが本拠地でする試合のこと)のシーズンチケットを購入して、毎試合通っています。また、アウェイ(本拠地ではない場所での試合)のときも、観戦のためにLCC(格安航空会社)やJALのマイルを使いながら、遠征しています。

バイクも持っていて、バイクで横浜から名古屋くらいまでなら、日帰りも可能なのだそうです。体力はある方だと思うとの言葉通り、パワフルにバイク旅を楽しんでいる様子が伝わってきました。

アウェイ遠征の際にその土地のおいしいものを味わったり、自宅で料理を作ってみたりと、食も楽しんでいます。いつも凝った料理をするわけではなく、安くおいしいものを作ることを目標にすることもあり、その時々でこだわりは違うようです。取材時には、カレーが煮こまれていました。

取材後記

障害者雇用についてインターネットで検索すると、「障害者雇用は障害理解がどれほどできているかが鍵となる」と書かれたサイトが多くあります。自分自身の特性を理解し、対処法を身につけ、必要な合理的配慮を求めていく。障害者雇用に限らず、マイノリティ性のある人々の職業生活において、これは大切なことなのだと私も思います。

マイノリティ性があることは動かしがたい事実です。しかし、長田さんが日報を書くことを通して先の見通しを立てられるようになったのも、また事実です。そのとき、長田さんは発達障害でなくなったわけではありません。対処法を覚えたのです。

長田さんが「その人の特徴だけで困りごとが生じるのではない」とおっしゃっていたことが印象的でした。その人だけに原因があるのではないと考えてくれる、長田さんのような支援者と出会えることはきっとその人の人生をいい方向に変えていくでしょう。

雁屋優(かりや・ゆう)………1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、茨城大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在はフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。障害やセクシュアリティをはじめとしたマイノリティ性のある当事者が職業選択の幅を狭められている現状を、執筆活動を通して変えようと動いている。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。


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