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ケアと男性|第3回 子育てすると「戦線離脱」?

福祉社会学者・竹端寛さんによる連載、「ケアと男性」。子育てのなかで気づいた「ケアのおもしろさ」や、男性として生きるなかで知らず知らずのうちに沁みついていた「生産性至上主義」との向き合い方について綴るエッセイです。第3回目は、家事育児を始めたときに感じた「戦線離脱」という感覚について。

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「最前線」からの離脱

子育てをし始めて、気づいたことがある。それは、ぼく自身が「他者評価」に大きく依存し、それを当たり前の前提として受け止め、その評価軸に思った以上に雁字搦(がんじがら)めになっていた、ということだ。

家事育児を妻とできる限り共有しようとすると、出張が制約されるし、ましてや飲み会なんてもってのほか、ということになる。それは自分のこれまでの仕事のスタイルを変える、という大きな変更でもあった。

子どもが1歳になるまで山梨の大学に勤めていたのだが、生まれる以前は、毎月、毎週、いや下手をしたら週に2、3度は東京出張していた。大阪出張なら片道5時間!かかるが、毎週のように大阪方面に長距離出張しているときもあった。妻には「子どもが生まれるまで、ほんとに家にいなかったよね」と言われる。

ぼくはそれまで、講演や研修、審議会だけでなく、様々な依頼案件には、特別な事情がない限り、とりあえず一度はやってみよう、と引き受け続けてきた。せっかくお声をかけてもらったチャンスを逃したくないから、だけでなく、「ちゃんとした大学教員」として評価されるには、「できる限り仕事を引き受けてなんぼ」だと思い込んでいた。前任校時代は学内で2、3番目に出張が多かったし、そのなかでもコンスタントに業績も出し続けていた。そうやって忙しく仕事をこなし続けて評価されることこそ、自分の存在意義だと思い込んでいた。

だからこそ、家事育児に時間とエネルギーを割くことは、「家にずっといなければならない」「パソコンの前にはほとんどいられない」というだけで、これまでの芸風・ありよう・生き方を否定されるような、身を切られるような思いだった。簡単に言えば、それまで「最前線」で頑張っている「つもり」だったのに、その最前線からの「戦線離脱」を宣告されたようでもあった。

子どもの誕生はめちゃくちゃ嬉しいし、娘はかわいい。子育てや家事にも、もちろんやりがいもある。それにもかかわらず、仕事の第一線から離れること、以前と同じように働けないこと、他の人と同じように「24時間戦えますか?」(かなり古い)モードから離脱することは、自分自身の生産性の高さを内心では勝ち誇ってきた自分にとって、これまでの努力が無になるような、存在の全否定のような、そんな苦しさをも同時に抱えた。

でも、そんなある種のどん底の時期に、ものすごく大切なことを教わった。

仕事に身を捧げていた自分に気づく

それを教えてくれた一回り年上の先輩研究者は、二人のお子さんを育て上げてこられた。彼女がご自身の経験をもとに、ぼくに教えてくださったことは、その後のぼくが生きるうえでの糧となった。

竹端さんは42歳でお子さんを授かったんだよね。それなら、50歳くらいまでは、自分の生命にとって何が代え難いものか、という基準で優先順位を選び直したほうがよいのかも。本当に自分にしかできないことを、厳選したほうがいい。
 子どもと過ごす時間、家族との対話、そして自分との対話の時間こそ、絶対に優先すべきことだと思う。それ以外のことは、50歳を過ぎてからでも、何とかなるって。私の身の回りでも、働き盛りの40代で、脳卒中や心筋梗塞などで倒れたり、身体をボロボロにする人が多い。虚栄心のある、他者に評価される仕事より、今の竹端さんは、本当に自分にとって価値あることに、自分の時間を捧げたほうがいい。
 今は「一休み」に思えても、100年人生の中でのこの10年、と捉えて、いったん立ち止まったほうが、遙かに実りあると思う。

ぼくはこの助言を伺ったとき、いろいろな感情がこみ上げてきた。

ぼくは一体何を大切にして、何のために生きているのだろう? 先の見えない不妊治療の苦しみ(この話はおいおい)の末に、やっと授かった娘だったのに、子どもとの時間より、まだ仕事のほうを優先しようとしていたとは! 

でも、この先輩の助言を聞くまで、正直目の前のことでいっぱいいっぱいで、立ち止まって考える余裕も全くなかった。子どもが生まれてから、真夜中に泣き始めた娘をあやすために、なぜか「♪線路は続く~よ~ど~こ~までも~」とか「♪む~か~し~ギリシャ~のイカロ~スが~」とか、そういう渋い歌を歌い続けて、へろへろになっていた。母乳には豚足スープが良いと聞き、週に一度は肉屋に出かけて豚足を買い込んで、土鍋で毎日スープを足したり、味噌やカレー、トマト味に変えたりしながら、必死になって妻にせっせと食べさせてきた。一日に何度も洗濯機を回し、干してはたたんで、を繰り返していた。

そうやって、懸命に家事育児をしながら、でも念願の子どもが生まれたのだからと張り切ってやっていると、それまで当たり前のようにできていた、他者の期待に応えて出張すること、だけでなく、そもそもメールをゆっくり返す暇すら、なくなっていった。そして、色々「すいません」と断っているうちに、自分が社会から取り残されていくような、そんな「戦線離脱」感覚を感じていたのだ。

そして、この先輩研究者の言葉を聞いて、自分が「戦線離脱だ」と思い込むほどに、それまでの自分は仕事に身を捧げていたのだ、と改めて気づかされた。自律的に主体的に選び取ってきた、というより、「ちゃんと」評価されるために、という他者評価軸で、身を粉にしてきたのだ。でも、それでは「ちゃんと」家族を護ることができない。では、どうすればよいのか。文字通り、身をひき裂かれるような、矛盾の極みにいたのである。

ちゃんとブランコこげるもん!

「ちゃんと」を選び直す

家族といることを選ぶ、というのは、ぼくにとっては「ちゃんと」軸を他者評価から自律的選択へと選び直すことを意味していた。確かに、対外的に評価されることと引き換えに、「子どもと過ごす時間、家族との対話、そして自分との対話の時間」を売り渡していたら、家族関係の土台が揺らぐだけでなく、心身の土壌も揺らぐ。そして、子どもが生まれた段階で、そのどちらを選ぶかの大きな岐路に、ぼくは立たされた。

そこで、ぼくは自分の評価軸を「ひっくり返す」ことにした。抵抗感は強かったけど、100年人生の中でのこの10年、と捉えて、優先順位を組み直すことにした。

生産性至上主義の中で他者評価軸をもって動くことは、社会的に評価されるかもしれないが、それは同時に、社会にそのように選び取らされてきたことでもあるかもしれない。生産性が低いと評価されようとも、「いま・ここ」の娘や妻との時間を最大化するために、仕事の組み方、他者との付き合い方、社会との関わり方を組み替えようとした。それは、ぼくにとって「ちゃんと」を選び直すことでもあった。

ただ、だからといってこれまで培った効率的な働き方という手段までも、捨て去った訳ではない。むしろ、「子どもと一緒にいる時間を確保するため」に、徹底期に効率よく仕事をする。メールも短時間で必要最低限でリプライし、原稿などの〆切も段取りを組んで、なるべく早く終わらせる。講演や研修を引き受ける際には家族の予定表と睨めっこしながら、うまく夜のお風呂に入れる時間までに帰れるように設定し、新大阪−姫路間であっても新幹線を使い、夕方などは駅から家まで混み合うバスではなくてタクシーに乗り、隙間時間にメールや残務処理を終えてしまう。つまり生産性を上げるために身につけた「仕事こなし術」を、なるべく子どもと向き合う時間を確保するために活かしたのである。そして、このような発想の転換によって、「本当に自分にしかできないこと」に向き合う時間が増えるのだから、「はさみは使いよう」なのだな、と改めて感じている。

そのうえで、気づいたのだ。ぼくはくそ真面目に、「ちゃんと期待に応えなくちゃ」と内面化された他者評価軸に雁字搦めになってきたのだ、と。それを、子どもや妻との対話、自分との対話の時間を「ちゃんと」確保しなくちゃ、とベクトルを変える決断をするだけで、ずいぶん生き方が変わり始めたのだ。自分の時間を自分で取り戻す、というか、自分の軸を奪われない生き方とは、子どもや妻とのケア関係を大切にし、心身の土壌を豊かにした生き方なのかもしれない。


主体的に選ぶということ

生産性を上げること、効率よく働くこと。これは「手段」だ。では、「目的」はなんなのか? 他者によりよく評価されるため、なのか? それとも、自分自身が家族との時間を大切にするため、なのか? これまでのぼくは、この「目的」について無自覚なまま、ただただ生産性を上げて自らの効率を上げることに必死になっていた。

これは、「手段の自己目的化」だ。

本来は何らかの目的を果たすための「一手段」に過ぎないことを、「目的」と勘違いして、それを最大化することのみに心を砕いてきたのだ。あるいは、「他者によりよく評価されるため」という「真の目的」を認めたくないから、それを隠すために、この手段にすがっていたのかもしれない。いずれにせよ、それは愉快なことではない。

だが、子どもが生まれて以後、戦線を離脱し、これまでの自分との矛盾がどんどん大きくなっていくなかで、あらためて何のための効率であり、生産性の向上か、という目的を自分に問い直してみた。そして、いまのぼくが人生を豊かに過ごすためには、他者評価ではなく自律的に、家庭のために、仕事の時間をできる限り圧縮・集中して終えることが重要であり、そのためには、生産性を上げ、効率よく働くことが大切だ、と目的を再確認することができた。

ケアと向き合うには、子どもと共にいるためには、圧倒的に時間が必要となる。この時間を効率化したり、減らしたりすることはできない。どうしても食事を作っている間とか、こちらに余裕がないとタブレットやテレビという代替手段に頼ることもある。でも、それはあくまでも代わりの補助具であって、全面的にそちらに任せるわけにはいかない。できれば、その時間はなるべく短く済ませたい。

すると、子どもや妻との時間を増やすために、それ以外の時間を減らすための効率や生産性向上の手段は、むしろ望ましいものだと言える。そういえば、20年近く前に半年間住んでいたスウェーデンでは、その当時から食洗機付きのキッチンが普通の家庭でも当たり前だった。子どもとの時間を増やすために、家事を省力する。同じような工夫が、仕事を省力するときにもなされていた。当時のスウェーデン人は、7時過ぎに子どもを保育園に送った後、集中して働いていて、午後3時過ぎには職場を出て、4時頃夕食を買って、5時には家に戻っている人が多かった。勤務時間にものすごく集中して働いて、時間内に終わらせる、と言っていた。

当時スウェーデンで眺めていたことを、ぼくもいまやっと取り組み始めているのかもしれない。


竹端寛(たけばた・ひろし)………1975年、京都市生まれの団塊ジュニア世代。兵庫県立大学環境人間学部准教授。専門は福祉社会学、社会福祉学。主著は『「当たり前」をひっくり返す―バザーリア・ニィリエ・フレイレが奏でた「革命」』、『権利擁護が支援を変えるーセルフアドボカシーから虐待防止まで』(共に現代書館)、『枠組み外しの旅ー「個性化」が変える福祉社会』(青灯社)など。趣味は合気道(二段)とハイキング、ジョギング。美味しいものを食べる・飲む・作るのが大好き。

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