大学受験のための読書案内・4

 大学受験の現代文や小論文では、哲学や思想などをテーマとする、場合によっては相当に難解な文章も出題されます。ではどうすれば、そういった文章を自力で読み解けるようになるのでしょうか? その答えにはいろいろあるのですが、やはり、継続的な読書によってそうしたテーマやそこに出てくる言葉の意味を一つでも多く知り、それについて自分なりに考えてゆくことが大切になります。この「大学受験のための読書案内」シリーズでは、高校生、あるいは中学生でもがんばれば読めるような本を中心に、そうした知に触れるうえで格好の入門書を紹介していきます。

フランス革命とルソー

 大学受験のための読書案内・2では、遅塚忠躬(ちづかただみ)『フランス革命 歴史における劇薬』(岩波ジュニア新書)を紹介しました。

 この本もそうですが、フランス革命を語る多くの人たちは、その歴史的な出来事におけるキーパーソンとして、ロベスピエールを挙げます。
 弁護士にして、革命の中心的な指導者。急進的なジャコバン派を率い市民のための革命を推進するも、恐怖政治に走り、政敵をギロチンにかけてゆく。そして最後は自らも、処刑されてしまう……。
 実はこのロベスピエールの心酔していたのが、ジャン=ジャック=ルソー、そしてその代表的著作である『社会契約論』であったのですね。
 おそらくロベスピエールにとっては、ルソー『社会契約論』の理念を具現化するための革命が、フランス革命だった。
 そして、フランス革命が近代的な民主主義国民国家の形成の契機の一つとなった以上、

ルソー ⇒ フランス革命 ⇒ 近代的民主主義・国民国家

という流れが整理できます(もちろん、ものすごく雑なまとめですが💦)。
 つまりは入試頻出テーマであるところの民主主義国民国家についてより正確に知るには、ルソーの思想、とりわけ『社会契約論』を理解する必要があるのですね……!

一般意思とは

 中でも大切になってくるのは、「一般意思」という考え方です。簡単にいえば、ルソーロベスピエールは、この「一般意思」を反映した国家こそが、あるべき国家のかたちであると信じていたのです。やや乱暴な言い方をすれば、

「一般意思」を反映した国家こそが近代国家であり、そこに民主主義が実現される

というイメージですね。
 ところがこのルソーの思想というのが、『社会契約論』しかり、「一般意思」しかり、難解でつかみどころがない。というわけで、ちょっとこの「一般意思」について、ひとまず辞書を引いてみましょう。

『百科事典マイペディア』「一般意思」
J.J.ルソーの用語。この語はまずディドロの《百科全書》において,個人の特殊意思と区別され全人類の一般利益を代表して自然法を基礎づけるものとされたが,ルソーの《社会契約論》において,各個人が自己を全面譲渡する〈契約〉によって成立する単一の人格としての国家の公的な意思とされ,個人の特殊意思の総和としての全体意思とは次元を異にしたこの一般意思の表現が法であるとされた。この概念がルソーの原理的な理論構成から離れて,既成の政治権力の神化に利用されたこともしばしばある。
→関連項目国民代表
『百科事典マイペディア』より
https://kotobank.jp/word/一般意思-818014

 ……いやぁ~、、、難しい(笑)
 決して、高校生や受験生の皆さんがスラスラ理解できるレベルの説明ではないですよね。というより、本当のことを言えば僕も、きちんと理解していると胸を張って言うことはできません。
 ただ、これだけは理解してほしいと思うのが、

「各個人が自己を全面譲渡する」
→個々人が、自分自身にとってのみの利益をひとまず横に置いておく

「個人の特殊意思の総和としての全体意思とは次元を異にしたこの一般意思」
→市民全員のための利益であると皆が認めるような考え


「国家の公的な意思」
→市民全員のための利益であると皆が認めるような考え=国家の意思

ということ。
 簡単に言うと、

市民個々人が、ひとまず自分の利益のことは置いといて、市民全員にとっての利益とは何かを考える。そして皆でその考えを共有することができれば、それがいわゆる「一般意思」ということになり、すなわちこれが、国家全体を代表する意思である

ということです。そして辞書の解説に「この一般意思の表現が法であるとされた」とあるように、近代国家の理念においては、このような「一般意思」の具体化されたもの=法、と考えられるわけですね。
 するとここで、大学受験のための読書案内・3で触れた代議制民主主義(=国民の代表が議会に集い、国民の意見を代弁する)というシステムが、こうした発想と深くかかわるものであることが理解されます。すなわち国民の代表たる代議士たちが国民の意見を代弁し、合議を重ねて法を制定する場である議会こそ、この「一般意思」を決定する機関であるわけですね。
 ちなみに大学受験のための読書案内・3ではこうした代議制民主主義における〈表象=代表/代弁〉の不可能性(=代表者は決して国民の意見を代弁することはできない)についても言及しましたが、実はルソー自身が、「一般意思は代表されない」という言葉を残していることには触れておきたいと思います。ルソーがこだわったのは、あくまで市民全員の意見の一致であり、多数決等を通じて代表者だけが選ばれる代議制民主主義では、決してそれは実現できないと考えていました。〈表象=代表/代弁〉の不可能性は、近代的な民主主義が誕生する以前から、すでに指摘されていた問題なのですね。

今回の推薦図書

 というわけで、今回の推薦図書は、

重田園江(おもだそのえ)『社会契約論 ――ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ』(ちくま新書)

です!

 本書は、その副題からもわかるように、社会契約論「一般意思」という概念を理解するうえでカギとなる思想家、ホッブズヒュームルソーロールズの哲学について、少しでもわかりやすく解説しようと筆者が苦心して執筆した一冊です(と僕は勝手に思っています)。
 とはいえ、筆者自身も告白しているように、とにかく社会契約論ルソーの思想は難しい。ですから皆さんは、この本に書かれてあるすべてを理解しようなどと思わなくてかまいません。
 ただ、理解できないながらもとにかく最後まで読み進め、そして、この本の最終章に語られる筆者の体験談まで、是が非でもたどり着いてほしいのです。

 私が学生だったころ、バブル期の日本に外国人労働者が入ってくることの是非が議論されていた。そのとき私は、日本に来て風俗の仕事をしている東南アジアの女性たちのことが知りたくて、マニラに行った。そして当時マニラにあった、「スモーキー・マウンテン」と呼ばれる、都市から出るゴミを長期間廃棄しつづけたとんでもない場所を見にいった。
 長年積み上げられたゴミが発行して自然発火し、そこらじゅうから煙が上がっているため、「スモーキー・マウンテン」という名前がついていた。

 筆者はこの、「悪臭」と「ウジ虫」に象徴される劣悪な「ゴミ山」のてっぺんに、ほったて小屋を見つけます。そしてその住人らしき女の人が、「笑いながらこっちに手を振っていた」のを目にするのです。女の人は、その胸に、赤ちゃんを抱いていました。
 そして筆者は思います。
 自分は彼女(たち)がこんな劣悪な環境で生きることを到底受け入れることはできない。しかしながら自らは無力で、手を差し伸べることもできない……。

 相変わらず私は、スモーキー・マウンテンで出会った親子に届くことはできない。彼女たちに対して無力なまま、遠く隔たったままだ。もちろん外国まで行かなくても、届きたくても届かない人たちはどこにでもいる。信じられないような「値段」で風俗産業に携わる女性たち。麻薬中毒のせいで子どもに会えない母親。親に虐待されて逃げる場所のない子どもたち。路上にしか寝るところのない人たち。私には彼らのことが分からないし、寄り添うこともできない。でも世の中には、こうした、狭く冷たい井戸の底からときどき空を見上げるような生活をしている人たちがたくさんいる。この人たちと直接かかわることの不可能に直面するとき、その距離によって私の側に生じる痛みが、一般性の視点をとらせるのだと思う。

 筆者は言います。「この人たち」の不遇をなんとかしてあげたいと思いながらも、具体的には何もすることのできない無力。それを思い知らされたとき、人は、「この人たち」にこのような生を強いる社会がおかしいのだ、だからこの社会を変えなくてはならないのだ、強くそう思う、と。
 そしてそのとき、人は、自分自身にとっての利益ではなく、この社会に生きるすべての人々に共通する利益ついて思いをめぐらしている。そうしてそんな視点こそが、「一般性の視点」であるのだ、と。
 繰り返しますが、この本は、皆さんにとって決して読みやすい一冊ではありません。けれども、何とかして最後まで読み切り、筆者の思いの痛切さを感じとってください。そして願わくは、それからもう一度、この本を最初のページから読み返してみましょう。
 そのとき皆さんは、きっと、哲学や思想なるものが、机上の空論でもなんでもなく、我々人類の現実に、そして未来に直結するものであることを実感することができるはずです。

 では、今回は以上になります。それでは皆さん、良き読書タイムを!!

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