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大学受験を目指す君たち、"ちょい古"エッセイを読もう!

丸山真男『日本の思想』

 恥ずかしながら僕、2年間ほど浪人生活をしたのですが、その2年目、現代文の成績がグン!って上がる経験をしたのですね。で、そこにはもちろんいろいろな理由があるのでしょうが、最も大きかったのが、予備校の先生に教えていただいたとある一冊の本を読破したことだと思うんです。そしてその一冊が、丸山真男(まるやままさお)『日本の思想』(岩波新書)

 当時の僕にはかなり難解な一冊で、各段落や章段ごとに赤ペンでメモを書き込みながら、3回は読みました。
 では、なぜ『日本の思想』が成績の大幅アップを可能にしたのか。
 この本、内容の難しさもさることながら、1961年に出版されたんですね。だから文体や言葉づかいなどが、やや――というか、かなりなじみにくい。また、当時の世相や社会状況についてある程度の知識を持っていなければ、書かれてある内容についてなかなかイメージできないという点にも苦労しました。
 でもこの『日本の思想』、きわめて論理的に――やや過度とも思われるほどにカチコチに書かれた文章なんですよね。だから、一文一文、一段落一段落ごとを丁寧においかけていけば、言いたいことはきちんと見えてくる。逆に言えばこうした点、つまり、

文体は古臭くてよみにくいけれど、でも論理的構成をしっかりと持っているからていねいに読めばある程度は理解できる

というところが、精読の訓練に最適だったのだと思います。
 加えてこの本、書かれた時代は古くとも、そこに訴えられている主張は、今を生きる僕たちも真正面から考えていかなければならない、きわめて現代的なテーマだったりする。
 したがって、テーマや主張を共有するような他の文章――もちろん現代の思想家たちが著した評論を、より正確に、かつ深く読めるようになったのではないか。そして結果として、僕の現代文の成績の向上にとって、決定打となったのかもしれない……という仮説が正しいのであれば、つまり大学受験を考えている人は、

文体は古臭くて読みにくいけれどしっかりとした論理的構成をもって書かれ、なおかつ現代的なテーマを扱うエッセイ

を読みこなしていけばイイ!ということになるはず……。
 もちろん、「だったら丸山真男『日本の思想』に挑戦してみようじゃないか!」という方は、ぜひぜひ、トライしてみてください。
 ただ、もしも「いやー…ちょっと読み切れんかった……。今の自分にはムリです」ってなったら、いや、ならなくとも、ぜひ試してほしい作家がいます。それは、寺田寅彦

寺田寅彦「化け物の進化」

てらだ‐とらひこ【寺田寅彦】
[1878~1935]物理学者・随筆家。東京の生まれ。筆名、吉村冬彦・藪柑子(やぶこうじ)など。地球物理学・気象学などを研究。また、夏目漱石に師事し、「ホトトギス」に俳句・写生文を発表。のち、独自の科学随筆を多く書いた。随筆集「冬彦集」「藪柑子集」など。 
(『デジタル大辞泉』よr)

 ……どうっすか? すごいでしょ? って、だってこの人、物理学者でありながらあの夏目漱石の弟子なんですよ!?
 天は二物を与えちゃったというか、文系理系の壁とか関係ない、ホントにスーパーマンみたいな人なわけです……うらやましい。
 そして実際、寺田寅彦のエッセイは良い。
 滋味あふれる…つまりはとっても味わい深い良質な文章をたくさん書いているんです。
 だけではなく、一読するとゆる~く書かれたような感じのエッセイにも、実は緻密な論理構成がある。もちろん表現それ自体は古風。でも、扱う主題は、例えば既存の科学への鋭い批判であったり、近代合理主義への懐疑や近代的二元論の否定――入試評論文にいまだ頻出するテーマです!――であったりする。つまり先ほど触れた、

文体は古臭くて読みにくいけれどしっかりとした論理的構成をもって書かれ、なおかつ現代的なテーマを扱うエッセイ

をまさに体現した作品ばかりなんですね。そしてとりわけオススメなのが、「化け物の進化」という一作。

 詳しくは、実際に読んでみてください。一文一文ていねいに読んでいけば、きっと高校生や受験生の皆さんにも読めるはずです。ただせっかくなので、その冒頭だけ引用してみましょう。

 人間文化の進歩の道程において発明され創作されたいろいろの作品の中でも「化け物」などは最もすぐれた傑作と言わなければなるまい。 化け物もやはり人間と自然の接触から生まれた正嫡子であって、その出入する世界は一面には宗教の世界であり、また一面には科学の世界である。 同時にまた芸術の世界ででもある。 

 どうです?
 めちゃくちゃ気になりません?
 寺田は、「化け物」なるものが、「宗教の世界」「芸術の世界」に関係している、と言っている。まあ、これはわかります。宗教的な物語にはしばしば化け物が登場しますし、それに古来から、化け物をモチーフとした絵画なども多い。
 ですが、寺田は同時に、「化け物」「科学の世界」のつながりを明言しているわけです。
 これは僕たちには、違和感しかありません。
 だって科学って、いっさいのオカルト的なものを認めないゴリゴリ論理の世界ってイメージあるじゃないですか?
 それなのに、当の物理学者である筆者自身がこんなことを言ってしまっている……。
 はたしてその論拠とは何か。
 寺田はこの後で、いったいどのようなロジックや論証プロセスをもって「化け物」と「科学」の関係性を証明していくのでしょうか。
 そしてその証明を通じて、いったい僕たちにどのようなことを訴えかけようとしているのでしょうか……?
 興味を持たれたかた、さっそくトライです!


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