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ドイツパン修行録~マイスター学校編~

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製パン経験の全く無かった元宮大工の男がパンの本場ドイツに渡り、国家資格である製パンマイスターを目指す物語のマイスター学校編。 田舎町に移り住み、通い始めたマイスター学校。真っ新な…
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2021年7月の記事一覧

*27 緊急事態

 授業の合間であったが私はパソコンの前を離れ外国人局へ出向く支度を始めた。指定された書類をリュックに入れ時計を見る。インターネットで調べた時には徒歩二十分と表示されていたのだが、朝からそわそわしていた私は予定到着時刻から逆算して四十分も早く家を出た。  様々な事を想定しながら歩く。想定したところで結果を得られる筈も無いのであるが、そうでもしていないと心が落ち着かない。仮に問題が起こってしまっても、その問題の実態を聞いた後でなければ正しく動く事は出来ない筈であるのに、私という

*26 転がる石には苔が生えぬ

 何処となく浮かない気分の週末を切り抜けた後の月曜日の事であった。朝八時から始まった授業を態々(わざわざ)共同キッチンのテーブルに立てたパソコンを覗き込んで受けていると手元のスマートフォンに着信があった。知らない番号である。私の頭の中には外国人局だとか年金機構だとかの小難しい電話かもしれないという予感が働いて、あと五分で午前の休憩に入ろうかという授業を画面に流したまま電話に応えた。電話の相手は、とあるパン屋であった。  先週の内に一件パン屋から面接への招待をして貰った所であ

*25 カササギをただ待つよりも

 七夕という風物を意識して過ごしたのは何年ぶりだっただろうか。思い返そうと記憶に飛び込んで連想を試みても、ジョバンニとカムパネルラが天の川を旅するばかり(※1)で七夕の記憶は保育園生だった頃まで遡る必要がありそうであった。かと言って今週の七夕も果たしてどういう因果で思い起こされたのかまるで分からない。短冊を書くでも吊るすでもない私は、試験の後からの雇用を乞うメールや事務的な堅いメールを二三書く必要があったので、それを七夕の日に、余り面倒な未来を引き起こしてくれるなと願を掛けイ

*24 ダイナモライト

 実技試験を終え帰宅した私は同居人のトーマスと試験についてあれこれと話している内にとてつもない解放感に襲われ、居ても立っても居られない心持ちになっていた。暫く話し込んだ後、彼は実家のあるオーストリアに帰ると言うので、良い週末をと言って見送ると愈々下宿に一人になり、溢れる解放感に身を委ねた。  この解放感の正体というのは大勝負を終えた安堵でもあるが、それ以上に三ヶ月間続けた奮励からの解放であると直ぐに分かった。寝食を二の次に一心不乱に机に向かい、週末には狂ったようにケーキやパ