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ゲンバノミライ(仮)第27話 電気設備の三谷部長

現場に据え付けている監視カメラの映像が切れたとの連絡が入ったのは、昼前のことだった。
今回の現場は、360度カメラや各種センサーなどが縦横無尽に設置され、現場の状況をリアルタイムに確認している。施工情報として蓄積されて維持管理にも利用されるため、カメラの異常は将来にも関係する由々しき問題だ。

三谷民男は、電気設備工事会社で部長を務めるベテラン技術者だ。復興街づくりを手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)では、下請企業の1社の職長として、電気設備工事と通信設備工事を担っている。

本格的に建物の構築が始まっているものの、仮設の電気設備の作業も多い。電気や通信が無ければ日々の暮らしが成り立たないのは、工事中の建設現場も同じ。造成作業の時には夜間でも安全に行き来できるような大型照明が必要となり、建物など本体工事が始まれば仮設通路も含めて照明を張り巡らせる。現場では、大型機械を動かすこともある。施工計画を踏まえて、どのタイミングにどの程度の電力供給が必要なのかを綿密に計画し、先回りして作業を進めていく。
現在は、電力と一緒にデータの通信が可能な電力線通信(PLC)を用いるのが一般的で、通信網も並行して整えていく。

3D図面と多種多様なデータが連携したCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)やBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)を核に、360度カメラやドローン(小型無人機)の画像データから分析した施工データ、各種センサーデータなどが無線LANで現場内を行き交う。DX(デジタルトランスフォーメーション)というやつだ。すべての情報をつながげることで、施工の品質や効率性、安全性を飛躍的に高めている。

三谷が若手の頃は、電気設備会社は文字通り電気屋だった。今は全く違う。情報が途切れると作業の進捗そのものに確実にダメージを与える。役割も責任も、かつてなく大きくなっている。

CJV副所長の本村雅也から連絡が入ったのは、まもなく昼の休憩に入ろうというタイミングだった。
嫌な予感がした。

「おい! カメラの映像が見えないぞ! すぐに調べろ!」
有無を言わさぬ口調で、指示が飛んできた。
どこのカメラの映像なのか、いつから見えなくなっているのか。
確認すべきことはたくさんあったが、そうした言及はない。
「早く何とかしろ」
一方的に言われて、連絡アプリの通信が切られた。
とりあえず分かっているのは、「連絡アプリの回線は生きている」ということだけだ。

三谷はすぐにタブレット端末を取り出して、管理者モードで現場内のすべてのカメラ映像を確認した。先週に足場が出来上がって電気設備を整えた辺りがすべて真っ暗になっている。その先は、今朝から作業を始めたエリアだ。嫌な予感がますます高まる。

まず疑ったのは停電だ。電力供給状況を確認すると、すべて正常に流れている。カメラ用電源は仮設電源ケーブルから供給しているが、非常時にはバックアップ電源に自動的に切り替わる。管理画面を見る限り、そうした事態は発生していない。となると、電気が不通になっているにも関わらず停電と認識されておらず、バックアップ電源が作動していないのかもしれない。
大規模なシステム障害の懸念もあったが、その場合には、クラウドサービス会社から連絡が入る。すべてのカメラが駄目になっている訳では無いため、その可能性は低いだろう。


三谷は、連絡アプリを起動して、現場内の部下全員を呼び出した。
「昼飯時に申し訳ないが、先週整備したエリアのカメラがトラブって映っていない。管理画面上では停電していないんだが、問題が発生しているかもしれない。手分けして点検してほしい。
早田は、今朝やった所を至急調べてくれ」
「分かりました」「私は手前を回ります」「すぐに行きます」。皆から応答が来た。

三谷は、若手の早田尚太が今朝から作業している場所に向かった。資材や作業員の段取りから、実際の作業、安全管理などをすべて任せている。早田にとっては初めての経験だ。だから、ケチが付くような事態は避けたい。
昼休み時間内に復旧すれば、大した問題にはならない。この1時間が勝負だ。

現地では早田が作業員たちと確認作業を始めていた。
三谷が車から降りると、足早にこっちに向かってきて、「すいません。私がミスしたかもしれません」と青ざめた表情で謝ってきた。
「原因が分かったのか?」
「いえ、まだ確認中です。今のところ問題点は見当たらなくて…」
「じゃあ、謝らなくていい。まずは確認を急いでくれ」
「分かりました」

早田は、口数が少ないが、分からないところや不安なところは相談してくる。しっかりと準備して自分の中で考えるタイプだ。今回の作業のために段取りを何度も確認していた。午前中の作業も滞りなく進んでいた。

いてもたってもいられないが、三谷は部下からの報告を待つほかない。
早田たちの様子を見ながら、タブレット端末にアップされる確認状況に逐次目を通していく。カメラが止まった辺りも停電は発生しておらず、カメラの故障もない。

いったいどこに問題があるんだ。

連絡アプリが鳴った。
本村だ。
「分かったか?」
「いえ、まだ確認中です。停電やカメラの故障は起きていません」
「何でもいいから、早く元に戻してくれ」
吐き捨てるような言葉とともに、連絡アプリの通信が切られた。
同じようなやり取りはもう5回目だ。
切羽詰まっているのは同じなので気持ちは分かるが、このやり取り自体が無駄だ。

その時に三谷は「あっ!」と思った。
最初に気付くべきだった。
たぶん、原因はそこだ。

早田や作業員らの近くまで行って、「現場事務所に行ってくる。一通り確認が終わったら、とりあえず昼飯を食べてくれ。みんなの協力にはいつも感謝している。ありがとう」と声を掛けた。

現場事務所の一画に多数のカメラ映像などが大画面に映し出されたブースがある。中に入ると、ゼネコンからCJVに出向している中西好子が、心配そうに画面を見ていた。本村はいない。

「すいません。ご迷惑をおかけして」
「そんな。こちらこそ、お昼時間に申し訳ないです」
「ちょっと確認させてください」

そういうと、三谷は管理画面を呼び出し、カメラの制御状況を確認した。やはりそうだ。

カメラは消えていたのではない。
消されていたのだ。

三谷は、映像が止まっているカメラを作動させた。すると無事に映像が流れ始めた。画面の先では、部下や協力会社の面々が一生懸命に点検をしている。
三谷は、すぐに連絡アプリを起動し、「カメラが復旧した。皆のおかげだ。ありがとう。短くなってしまったが食事をしてくれ」と伝えた。
ほっとした皆の表情が、三谷がいるブースの大きな画面に映し出されていた。

「もう大丈夫です。私はもうちょっと点検したいので、中西さんも食事をしてきてください」
「ありがとうございます! 良かったです!」

中西が出て行ったのを見届けてから、三谷はカメラの管理システムのアクセスログを確認した。ちょうど昼前にアクセスした人間がいた。本村だ。
おそらく間違えて操作したのだろう。カメラ映像が切れてしまって相当に焦ったのでははないか。だから、最初の連絡の時にあれほど慌てていたのだ。

三谷は、本村に復旧の連絡を入れた。
「そうか。分かった」
素っ気ない返事だった。

「間違えて触ったらカメラが切れてしまった」と教えてくれれば済んだ話だったが、今さら言っても仕方がない。下請の立場にいると、似たような場面に何度も遭遇する。
昔は業者が多かったから、元請けには殿様商売のようなところがあった。だいぶん変わってきたが、いまだに往事の姿勢を保った人間が残っている。本村は、その典型的なタイプだ。
他の職種と同様、三谷のような電気設備工事会社も担い手が少なくなっている。それ自体は苦しいことだが、全ては請け負えないため、仕事を選べる状況も生まれていた。こちらのことをしっかりと考えてくれる元請けだけを相手にしていけば良い。

次からこのゼネコンと仕事をする時は、よくよく考えた方がいい。

トラブルに巻き込まれたものの、早田は落ち着いて仕事に当たり、問題なく午後の作業を終えてくれた。
「よくやったな。段取りがしっかりしていれば、予想外のことがあってもちゃんと作業は終わる。お前の準備の賜物だよ」
そう誉めると、早田は「はい!」とガッツポーズを見せた。
良い意味で自信につながったかもしれない。本村みたいな人間がいることも、全くの無駄ではないということか。

帰り際に、CJVの現場リーダーである高崎直人から呼び止められた。
「三谷さん、今日は助かりましたよ。ありがとうございました」
「いえいえ、無事に復旧してほっとしました。ご心配をおかけしました」
「そんなことありません。三谷さんたちに借りができました。カメラの制御室に、管理者以外の操作禁止を徹底する張り紙を掲示しました。こちらこそ気をつけます。
ただ、復興工事の歩みを止めたくないという思いは、本村も同じです。分かって下さい」

高崎は、そういって頭を下げた。
現場の向こう側に目をやると、中西と視線が合った。自席から小さくお辞儀をされた。

このゼネコンと、また仕事をすることになりそうだ。
宿舎に向かう車中で、三谷の頭にはそんな思いがめぐっていた。

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