見出し画像

ゲンバノミライ(仮)第46話 テクニカルメートの北村社長

「皆さんは、10年間で5つの職種を経験し多能工として活躍していただきます。基本的には2級技能士の資格を受験して合格してもらうことが、次の職種に進む条件です。優遇措置として、3つの技能士を取得した時点で手当てを支給し、職種が増えるごとに手当を増額します。

覚える作業内容や求められる仕事の質は高くなりますが、効率的に仕事ができるように成長すれば収入が上がります。稼げて尊敬される職人さんを育てたいのです。是非とも、名乗りをあげてほしいと思っています」

土工会社の社長を務める北村健吾は、仲間の専門工事会社の社長とともに、多能工を育成する新しい取り組みを始めていた。そのためのオンラインによる企業説明会は今回で10回目となる。

工業高校や大学に直接アプローチして説明させてもらっており、最低でも4~5人、多ければ20人弱が集まる。だが、顔を出さない学生がほとんどで、質問が全く出ないことも多い。正直もどかしさを感じていた。
「何のためにやっているんだろう」と気持ちが萎えてしまう。

オンラインは、遠くからでも参加しやすく人を集めやすいことが大きなメリットだが、気軽に参加できるが故に、ありがたみが希薄になりがちだ。感染症が無ければ直接出向いて説明して回るのだが、現状では難しい。

「どうやったら真剣に聞いてもらえるかな」
北村は、久しぶりに顔を出してくれたアルバイトの西野海斗に相談した。西野は、土木工学を学んでいる大学院生だが、現場作業を知りたいとずっとアルバイトとして働いていた。大きなゼネコンから内定をもらい、現在は修士論文に取り組んでため、アルバイトはほとんどやっていない。

「友達と一緒に聞いていれば、授業の延長線上に思えてしまいますから、よほど興味とマッチしないと前のめりにはなりづらいですよね」
「でもさあ就職活動なんだから、真面目に聞いてくれよと思うんだよな。皆が西野君みたいだったらいいんだけどね」
「私も同じですよ。良くも悪くも学生ってその程度ですよ」
「まあ、仕事の講習会で寝てる人もいるから、学生さんばかりを悪くは言えないね。
せっかくゼネコンや協力会を説得して新しい試みを始めようとしているのに、肝心の採用相手がいないんじゃ、面目丸つぶれだよ」
「新しい試みっていうのは何ですか?」
「西野君が就職活動に入った頃に具体化してきたから、話していなかったかもしれないね」

北村は、資料をタブレットに表示した。
今までとは全く異なる勤務形態の多能工の育成システムだ。

建設業界の技能労働者、いわゆる職人の世界は、一つの職能を身につけていくことが多い。鳶(とび)の会社に所属していたら足場組み立てや高所作業が得意な鳶職人になり、鉄筋なら鉄筋組み立て、工務店なら大工というように同じ作業で経験を積み重ねる。それなりに大きな会社であれば別の職種を手伝うこともあるが、基本は一本道だ。

大規模な仕事が潤沢な時代は一つ一つの作業量が多く、全体の効率を高める方に作用した。だが、仕事量が減ってくるにつれて無駄が目立つようになっていた。

現場の場合、仮に3時間分の仕事しかなくても1日拘束となってしまう。職人には空き時間が生じるし、1日分のコストを払うため割高にもなる。
例えば、足場組み立てから鉄筋や型枠の構築、コンクリート打設という一連の流れを同じ人間でできれば、そうしたロスが減る。まったく異なる職種の技能を身につけて、それぞれの繁忙度合いに応じて仕事を選ぶやり方もある。
一つのことしかできなければ、その仕事が無い時に手持ち無沙汰になるが、複数の技能があれば柔軟に動き回れる。それが多能工の考え方だ。

効率的に出来高が上がれば利益率が上がり、結果的に職人の収入が増える。工期が短くなるほど仮設資材など固定費が減るため、元請も利益が上がる。早く完成した分だけ整備効果が早期に発現でき、発注者にとっても望ましい。皆にとってウィンウィンなのだ。

手広く工事を手掛けている下請企業に中には多能工を抱える建設会社もあったが、ごく一部に限られている。ちょっと仕事をすれば誰でも技能が身につくほど職人の世界は甘くない。

一つの道を究めるという職人像を追い求める人たちから反発もあった。それも分かるのだが、どの世界であれスタープレーヤーは一握りしか出現しない。突出した優秀な人間は一つの道で十分だが、大多数を占める普通の人に対しては、それなりに働けて収入が増える道を示した方が良い。

これからさらに労働人口が減少する中で、限られた担い手で仕事を回さなければいけない。そうした切羽詰まった状況が北村らを動かしていた。
考えたのは、複数の下請企業で数年間ずつ働いてもらい、幅広い職能を身につけてもらうシステムだった。トライアルとして、鳶、土工、鉄筋、型枠、測量という5職種の会社が連携して、社員を互いに出向させながら、2級技能士の資格を取ってもらう。

そうした動きが具体化したのは、あの災害での復興街づくりが大規模に進んでいることが大きい。復興街づくりを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)は、広大な場所で膨大な作業を進めており、1つの現場の中で複数の職種を経験する機会を与えることが可能だ。自動化システムなど新しい施工方法と多能工育成を融合させていくことで、新しい職能の姿を示したいと考えていた。

将来的には、5職種の企業を統合したり持ち株会社化したりして、より大きな仕事をゼネコンから一手に請け負う体制を構築するイメージだ。会社があって職人がいるのではなく、新しい姿の多能工が会社の形を規定していく。それが目指す姿だ。

「すごい面白いですね!」
「だろう。今のままじゃ持続可能性がないってずっと思ってて。あの街の復興は、俺がもといたゼネコンが中心的な役割を担っていて、優秀な同期が来ているんだよ。俺みたいにゼネコンを卒業して実家の会社を継いで下請をやってる別の同期もいて、話が盛り上がったところまでは良かったんだけど」

「多能工採用で入ったら、必ず復興プロジェクトで仕事ができるんですか?」
「もちろん。あそこだったら他社から来た人もしっかり面倒を見れるし、うちの社員も育ててもらえるからね」
「若手がほしいなら、一つだけアイデアがあります。1週間ほど、待ってもらえませんか?」
「本当? 是非教えてほしいよ。何ならバイト代も出すからさあ。頼むよ!」

北村は、西野のアイデアを楽しみに待った。動画でも作成してSNSで発信したり、若者に人気の芸能人を起用してアピールしたり、そういうPR手法が上がってくるとばかり思っていた。
だから、1週間後の提案に驚いた。

「社長。内定をお断りしてきました」
「えっ?? どういうこと」
「私が復興現場に行きます。多能工になります」

北村は目が点になった。
本心で言えば、西野のような信頼できる人材からトライアルしたい。だが、大学院まで出ていれば、上場ゼネコンや行政機関に行くのが本流だ。

「本当にいいのか?」
「面白そうじゃないですか。新しい職種を作りましょうよ。ダサいんですけど、ネーミングも考えてきました」
「ネーミング?」
「そう。新しい位置付けには、そのための名前がいります。『テクニカルメート』ってどうでしょうか」
「テクニカルメートって、クラスメートじゃないんだから…」
「そうなんです。クラスメートみたいなのがいいんです。そもそも下請って言い方が良くないです。
下請って聞いて、入りたいですか?
社長は家業だからいいですけれど、大学で勉強して就職して『下請になって頑張るぞっ!』って、ぴんとこないんです」

痛いところだった。契約上は、発注者と受注者、そして元請けと下請けは対等な関係とされる。実際に現場を支えている自負も誇りもある。
だが、下請や受注者という言葉自体に、関係者をがんじがらめにしてしまう魔力のようなものがあることも事実。発注者から受注者へ、元請から下請への無理難題は通るが、逆の要請をすれば仕事が無くなって終わり。現実などそんなものだ。
担い手が減少し始めた局面で、「皆が対等だ」というような物言いが増えてきた。良いことだが、改善が進んでいないことの裏返しであるのも否めない。

「テクニカルメート。つまり、専門分野や技巧的な面での仲間ということか」
「そうです。本来は、下請企業は、ある一部の作業を一定の条件の下で請け負って、全体の責任を負いつつ仕上げて引き渡すことが役割です。そこには品質も安全も含まれます。
一つの作業だけが独立して進められる状況が建設現場には少ないので、元請けゼネコンを介した調整は必要です。そうですが、安全帯付けてくれとか先生が風紀を指導するような状態はおかしい。
社長の言うように、大部分を自分たちで完結できる多能工集団ができれば、本当の意味で下請できるはずです。
そうなれば、仕事を与えてもらう立場ではなく、完成に導くパートナーだって自信を持って言えるんじゃないですか」

「それが本来のあるべき姿だよ。

現実には、元請けのゼネコンが全てお膳立てをして、下請はその範疇内で仕事をさせてもらっている。逆に、施工や品質を管理すべき部分で、ゼネコンの技術者が理解できていなくて、丸投げ状態になっている作業もある。どちらも歪だし、無責任さと不十分さを生み出している。
ゼネコンの社員だって、細かい仕事が多すぎて可哀想だ。DX(デジタルトランスフォーメーション)とか言っていろいろな施工管理システムができて便利になっているみたいだけど、新しいシステムが入るたびにチェック項目も変わって、それに慣れなきゃいけない。効率化の名の下で新しい雑務が続々と湧き出ているような状況があるんだ」
「社長は、ゼネコンで働いていた経験があって、技術士などの資格も持っています。そういう人と多能工がしっかり連携して、下請の当たり前を変えていくべきです」

大きな挑戦をするつもりが、西野という力を得て、さらに重たい宿題をもらったようだ。
「そういうお手伝いができるのであれば、私は下請で働く意味がある。そう思います」

そこまで言われたら、やるしかない。

西野に内定を出していたゼネコンは、北村の取引先の一つだった。
二人で出かけ、人事の担当部長に内定辞退をわびた。

「うちだって優秀な人材を採るために四苦八苦しているんだよ。
泥棒みたいなことされたら困るんだよ!」
通された応接コーナーで怒鳴られた。北村は、「申し訳ございません!」と何度も頭を下げた。西野はずっと恐縮しっぱなしだった。

会社から少し離れた場所まで歩いて、喫茶店に入った。
「軽はずみな行動でした。申し訳ございませんでした」
「慣れてるから気にしなくていいよ。あそこまで言ってくれて逆にすっきりしたよ」

北村の携帯が鳴った。知らない番号だ。
先ほどまで一緒にいた人事の担当部長だった。
周りに客がいなかったため、あえてスピーカーに切り替えた。

「先ほどは、ご足労いただき、ありがとうございました。私たちも採用に本当に苦労しています。人材を奪われて、ヘラヘラしている姿を部下に見せるようでは、士気が下がってしまうのです。
そうした立場もありまして、失礼な発言ばかりしてしまいました。申し訳ございません」
さっきとは全く違う言葉遣いだった。

「いえいえ、そんなことおっしゃらないで下さい。御社のお立場も重々理解しているつもりです」
「西野さんの決意を聞いて、本当にくやしかったです。我が社に来ていただきたかった。
今回の挑戦は、建設業界にとってものすごく大事なことです。是非とも実現してほしい。『あの時にゼネコンに行かなくて良かった』って思えるように彼をサポートしていただきたいんです。余計なお世話ですが…」

「ありがとうございます。
せっかくですから、一つだけお願いさせていただけないでしょうか」
「何でしょうか」
「私たちの挑戦が花開いたら御社とも仕事をさせていただきたいのです。御社からもお誉めいただけるように、そうなるように頑張ります」
「そうしたいですね。私たちの会社も問題だらけです。仲間として選んでいただけるよう頑張って、しっかりと生き残ります」

「部長のお言葉を西野君にも伝えます。本当にありがとうございます」
電話に向かって、二人で頭を下げた。

西野は、修士論文を仕上げてから、多能工育成プラグラムの詰めの部分を一緒になって検討してくれた。そして、入社の春を迎えた。
西野と同じように多能工を目指してスタートを切る仲間もできた。

「西野君、今日から頼むぞ」
「はい!」

ようやく挑戦のスタートラインに立つ。不安はある。そう簡単なことじゃないが、やるしかない。
「テクニカルメート」という言葉もいまいちだ。
新しい姿を形作っていく中で、格好良いネーミングを考えていかないと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?