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魂に煽られる人たち〜心を揺さぶる人生のストーリー1 洗浄作業

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 シュャーーッ シュァーーーーッ
 晃司はブラスト機に向かい、黙々と付着物のこびり着いたウェハー表面にノズルを向け続けている。
 ノズルから勢いよく出続けるサンドの番数は中粒で、少し細かい200番だ。半導体の製造過程でウェハー表面に付着する汚染物質はかなり強度が高く、中々除去できない。見やすい位置に置いた腕時計を横目で睨んでいたが、次第にイラつき出した晃司は、主任の目を盗んで120番のサンドを2杯追加投入し、ブラストの圧力を6.0バールに高める。
「これで自分の時間を生み出す!自分の時間を……」
 付着物質を除去し終わった後、用もなくサンドを照射して、空のブラスト機の中を、しばらくの間覗き込んでいる。
「このままで、俺の人生は終わるのだろうか?」
 次の仕事が来るまで反芻して考え続けている。この様に過ごす事が、もう毎日の日課の様になっていた。

 半導体製造において、半導体洗浄は非常に重要なプロセスだ。
 半導体ウェハー上には微細な加工が施されているため、微細な汚染物質や異物が存在すると、その後のプロセスで影響を及ぼす可能性がある。そのため、半導体洗浄作業は、半導体製造プロセスの各工程で必要な作業の一つとなっている。半導体洗浄には、様々な方法があり、代表的なものとして、溶剤を使った洗浄とブラストによる洗浄がある。
 晃司が務めるエオス会社は、溶剤洗浄とブラスト洗浄の両方を行っていた。半導体ウェハーをアルコール、ケトン、エステルなどの有機溶剤や塩酸、硝酸、アンモニア水などの無機溶剤に一定時間浸して保持し、直接ブラシで擦るということもあった。晃司が行っていたブラスト洗浄は、ウェハー表面に付着した汚染物質や異物を、高速の粒子を吹き付けて除去する工程だ。
 1998年当時の日本のDRAM製造は、世界シェアにおいて韓国が25.4%、日本が20.9%となっていた。前年まで50%以上あった日本のシェアは急落し、国内の半導体洗浄の仕事も激減していた。品質第一を社是とする株式会社エオスは、DRAM製造洗浄事業所として信頼を集めていたが、国内DRAM生産量減少の影響は避けられず、品質を下げて洗浄スピードのアップ等で原価を下げたり、コスト削減、職員の一時金カットなどで乗り切っていた。

 晃司は、洗浄の質は多少粗くても洗浄スピードが速いため、「真面目で腕が良い」と主任から高く評価されていた。しかし、晃司よりもブラスト洗浄がピカイチに早い工員がいる。
 「武田さん!昨日また1人ゲットしたぜ!」と、いつも車と女の話ばかりする金髪の木武弘だ。彼は今日もガムを四六時中噛んでいる。
 また、新しいガムを口に入れながら「今、ポケベル返ってきた娘は脈ありだぜ。昨日電話番号聞いて、連絡したらすぐに返事が来たぜ!胸はデカいけど、、こないだの娘の方が綺麗だったなぁ。」 
 誰でもいいのか、、と晃司は口に出ささなかったが、生返事で「木武君は凄いや!」とブラスト機に向かいながら一応、答えた。
 入社4年目で22歳の木武は、中途入社で3年目で30歳の木武を先輩として立てて慕っていた。
 理由は、木武の一方的な話をまともに聞くのは、職場で晃司ただ1人だけだから、の様だ。 
 今森主任が怒鳴った「おい!木武!こんな目の荒い番でブラストしてたら出荷できないじゃないか!」
「仕事ができる職員の方が良いだろ!いつまでもチンタラやる奴より!午前の分できたから裏で休憩してくるぜ!」ポケベルの暗号のような番号の組み合わせを早撃ちしながら、木武は倉庫に消えていった。 

 晃司は、木武のことを羨ましく思い、又、尊敬もしていた。「自分の気持ちを欺いている俺と、正直な木武。どっちが上等なんだろう」と彼は考えていた。
 晃司を何かが急き立てて止まなかった。

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#創作大賞2023 #お仕事小説部門


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