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【小説・ミステリー】『君のクイズ』#5

こんにちは、げんちゃろです。

4月初めの週末、外は信じられないほどの晴天で、山に行きたい気持ちが限界まで高ぶっているにもかかわらず、風邪をひいてしまったようで喉の痛みと微熱で出かけられませんでした。

でも家の近所の大学のキャンパス内を少し散策したり、川沿いの桜を眺めたりしてそれなりに楽しく過ごせたので良しとします。

そんな感じで今回ご紹介するのはこちら。
『君のクイズ』小川哲著(2022年、朝日新聞出版)

この特徴的な派手な表紙カバー。しかも(写真では外してますが)帯では伊坂幸太郎氏や佐久間宜行氏、新川帆立氏などの曹操たるメンバーが絶賛している。以前本屋さんで見かけて気になっていたところ、本屋さん大賞にもノミネートされ、Instagramでもおすすめされているのを見て、普段小説はあまり読まない自分ですが、購入を決断しました。

小説の場合、記事を書くにあたってネタバレは最小限にしたいなと思いつつ、どうやって書けばよいかよくわからないままとりあえず書いてみています。

・ゼロ文字解答

生放送のクイズ番組『Q-1グランプリ』の決勝戦。主人公の三島玲央は、東大医学部4年生で類まれなる記憶力を持つ本庄絆と、一騎打ちの早押しクイズに臨む。

7問先取で勝利、スコアは6-6。次の一問を取ったほうが優勝を手にする状況で、いよいよ問題が読み上げられようとする瞬間、まだ問題文が一文字も読み上げられていない段階で、本庄絆の前のランプが光る。

「ママ、クリーニング小野寺よ」。本庄絆が口にする。そのあと、「ピンポン!」と音が鳴り、本庄絆の優勝が決定する。

本庄絆はやらせに関与したのか?だとしたらなぜ?しかもなぜ、やらせを疑われることが明らかな「ゼロ文字解答」をしたのか?本庄絆や番組関係者に説明を求めるが納得のいく回答は全くない。

なぜ本庄絆が「ゼロ文字解答」をすることができたのか。『Q-1グランプリ』の録画映像や、過去の本庄絆が出演したクイズ番組の映像を見返しながら、主人公はその「クイズ」を解きはじめる・・・。

・クイズと人生


「クイズに答えているとき、自分という金網を使って、世界をすくいあげているような気分になることがある。僕たちが生きるということは、金網を大きく、目を細かくしていくということだ。」

この一節は非常に印象的なメタファーでした。人生での様々な経験を通してこそたくさんのクイズに正答することができる、逆に言えば、クイズに答えるためには様々なできごとの豊富な経験が必要になる。

このストーリー全体を通して、主人公は、『Q-1グランプリ』の映像を見返しながら、1問ずつその正解を導くに至った思考回路や、そのきっかけになった出来事を思い出し、人生を回想していきます(過去の体験から正解を導くという点で、映画『スラムドッグ・ミリオネア』のような面白さもあると思います。)。回顧されるエピソードは基本的にささいな出来事が多いのですが、これを読んでいるとき、私は、まるでエッセイを読んでいるときのような穏やかな気分になりました。

主人公ももちろんクイズのための勉強を必死にしていたのでしょうが、主人公が上記のようなエピソード・体験をもとにクイズに正解していくのに対し、記憶力の天才・本庄絆が淡々と正答しているように見えるところが印象的です。

・確定ポイント

このお話で特に印象的だったところがもうひとつ、それが「確定ポイント」というもの。

問題文が読み進められるにつれて、無限だった正解の可能性が絞られていくわけだが、ある時点でただひとつの正解が確定し、その「確定ポイント」でボタンを押し答えるのがクイズ競技者にとっては美しい解答なのだそう。これができれば、自分の中で自信を持った解答ができるとともに、対戦相手に先に押させない、かなり高度なテクニック。

実際、テレビなどで早押しクイズの番組を見ていて、信じられないスピードで解答する方を目にしたことがあり、なぜこれだけのヒントでその答えに行きつけたのか不思議に思ったことがありますが、その方はきっとこの「確定ポイント」を押さえていたのでしょう。

その時点までに読まれた問題文、ボタンを押した瞬間に問読みのアナウンサーが読み進めてしまった続きの文字を頼りに、その後の問題文の文章を想像し、選択肢を絞る。このあたりの思考過程が詳細に描かれていて、非常に論理的かつ明快で面白い。

また、クイズ競技者は、確定ポイントに至る手前でもボタンを押すときがある。誤答する可能性があるとしても、対戦相手にこの問題を取られると勝負が決してしまうような極限的なケースには、勝負に出る。このあたりのクイズ競技者として「強く」なるには、単に知識を詰め込むだけでは足りないのだということがわかり、クイズは非常に奥が深いことがわかります。

・小括

久々の小説でしたが、非常に楽しんで読めました。文体は平易でイマドキな感じがして読みやすく、そこまで長いものでもありません。クイズ競技者の思考過程が事細かに描写されていて、疾走感もあり、読んでいて気持ちがいい。さらに、エピソードの回想部分ではエッセイを読んでいるときのような和やかな気分になり、クイズの奥深さや、人生とのかかわりを味わえて、新しい世界がまた一つ開いた気がします。大変おすすめ。

ではまた!


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