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『魔女の遺伝子』第七話「リサの右手」

既出の登場人物

エリザベス・アヴェリー:愛称リサ。本作の主人公。やや背が高い銀髪の女子高生(ヴィジュアルはヘッダー画像右)。政府の少子化対策の一環として作られたクローン人間の一人。本人も彼女の友人もそのことは知っている。

ヴァネッサ・ハートリー:誘拐されたリサの前に現れた白衣を着た赤毛のグラマーな女性。肘から先を自在に変形する能力を持つ。

ナタリー・ホワイト:愛称ナターシャ。500年前に迫害を受けていた能力者を束ね、国家転覆を企てた少女。国に甚大な被害をもたらすも、最終的に捕らえられ処刑された。リサのクローン元。

クリストファー・ブライアント:愛称クリス。長身、短い金髪の美男子。ヴァネッサの仲間と思われたが、彼女を騙してリサと一緒に逃走を図る。物体を加速または減速させる能力を持つ。

 クリスはポーチから取り出した何かを、戦闘服の男たちに向かって投げた。するとその何かは視認できないほどの速さで男たちに向かって飛んで行った。
「「ぎゃあ!!」」
 それは散弾のように散らばり、五人のうち四人の胴体にめり込んだ。四人はその場に膝をついて倒れた。

(何が起こったの!?)
 後から見ていたリサには、クリスがどうやって男たちを倒したのかまったくわからなかった。だが数秒もしないうちにそれは判明する。

 よく見ると床にはビー玉大の玉がたくさん転がっていた。クリスはこの玉を投げ、加速させたのだ。よく見るとそれはゴム製の柔らかい玉だった。
(すごい。こんなただのゴム玉で……)
 リサは彼の自信の理由がなんとなくわかった。物体を加速させる能力。シンプルだが、それ故応用次第で移動にも攻撃にも使える万能な能力。ゲートを開くのに端末の一部を破壊する必要があると言っていたが、それも何か硬いものを加速させて当てれば簡単だ。

「驚いている暇はないぞ」
 クリスはそう言って立ち止まった。リサもつられて止まった。倒れなかった一人がまだいたのだ。よく見ると彼は全くの無傷でその場に立っている。

「なんで? あの人には効いてないの?」
「ああ、全くな」
 クリスは施設内の能力者のことを把握しているようだった。おそらくこの男の能力も知っているのだろう。攻撃が効いていないにもかかわらず、想定内といった様子だった。

「クリス様。何をお考えかは存じませんが、ナターシャ様の依り代をお引き渡しください」
 男は丁重な言い回しでリサの返還を要求してきた。しかしクリスが素直にリサを引き渡すはずもない。

「断ると言ったら?」
「力ずくで奪うまでです」
 男はそう言って両手を前にかざした。
「そうかい。だがこっちも時間がないのでな。おっかない女が来る前に倒させてもらう」

 両者とも自分の能力に絶対の自信を持っているようだった。そして先に能力を使ったのは戦闘服の男の方だ。男の目の前に透明なジェル状の物体が現れた。

「おわかりでしょう。あなたが何を飛ばしてこようと、この柔らかいジェルの壁は撃ち抜けない。ゴム玉だろうと銃弾だろうとです」
 男が無傷だった理由がこれだ。衝撃を吸収するジェル状の何かを生成する能力。このジェルがクリスの放ったゴム玉を止めたのだ。


 そのとき後方の通路からヴァネッサが現れた。
「追い付いたわ! クリスをしっかり足止めするのよ! とどめは私が刺すわ!」
 リサは青ざめた。完全に挟み撃ちの状態だ。ヴァネッサが二人を射程に捕らえるまでせいぜい三十秒といったところ。クリスはすでに男に向かって走り出している。ここでクリスが男を一撃で倒さなければ終わりだ。

「クリス様、無駄なあがきです!」
「それはどうかな?」
 次の瞬間、クリスはゴム玉でも銃弾でもなく、自分の身体を男に向かって吹っ飛ばした。さっきと同じように服を加速させたのだ。それもリサを抱えていたときより遥かに速く。

「なっ!」
 男が反応したとき、クリスの身体はすでにジェルにめり込んでいた。そしてそのまま男を吹っ飛ばし、後ろのゲートに叩きつけた。

「ぐはっ!」
 体当たりの衝撃はある程度ジェルで吸収できるとはいえ、無防備な背面を思い切り壁に打ち付けられたらひとたまりもない。男は意識こそ飛ばなかったが、頭を打って脳震盪を起こしたのか、ふらふらと崩れ落ち、両手をついてうずくまってしまった。
「何をやってるの! ちゃんと止めなさいよ! この役立たず!」
 後ろから追いかけていたヴァネッサは激怒した。

「よし! 今のうちにゲートを開けるぞ! リサ、こっちへ!」
 クリスは間髪を入れずゲートの脇にある端末に触れ、機械の下部を開いた。そして今度はポケットから小銭を取り出し、それを加速させて機械に撃ち込んだ。

「キンキュウリダツモード、ハツドウ、ゲートヲヒラキマス」
 機械音声とともにゲートが開いた。外はもう真っ暗で、冷たい夜風が流れ込んできた。目の前には高い木々が無数に立ち並び、反対側がまったく見えない。この施設は樹海の中にあった。

 リサはクリスに駆け寄った。
「よし。もう一回担ぐぞ」
「え? きゃっ!」
 クリスは有無を言わさず再びリサを担ぎ、ゲートを出た。
「さあ、あとはヴァネッサを完全に撒くだけだ」
 彼はリサを担いだまま、再び加速の能力で前進しはじめた。


「クリスー! 逃がさないわ! 森の中なら私の方が速度は上よ! 覚悟なさい!」
 クリスの肩越しに後方を覗くと、ヴァネッサがまた距離を詰めていた。それもそのはず。木々の生い茂る森の中は掴める棒がそこら中にある。ヴァネッサはロープ状に伸ばした手を少し高い位置にある太い枝に巻き付け、ターザンのようにして移動していたのだ。

 片やクリスはというと、リサの身体が木に衝突しないよう気を遣ってか、先ほどのように一気に加速するのではなく、細かく加速しながら木々の間を抜けていた。これではさっきのような速度は出せない。

「いや! 追い付かれる!」
 リサは再び焦りだした。ヴァネッサはすでに十メートルほどの距離まで近付いている。
「そうだな。このままだと追い付かれる」
「何冷静に言ってるの!? じゃあどうするのよ!?」
「そこで君の能力の出番ってわけだ」
「私の……能力?」

 逃げるのに必死でリサはすっかり忘れていた。自分のクローン元であるナターシャは能力者だった。なら自分もその能力を使えるはず。しかし急にやれと言われてもどうしようもない。

「能力って、私、何もわからない」
「大丈夫。よく聞くんだ。君の能力はナターシャと同じで、その掌で様々なものを操れる。まず右手は空気を操る能力。突風を起こす程度ならさほど難しくない。その力でヴァネッサを吹き飛ばすんだ。俺がしっかり支えているから、掌をあいつの方へ向けて……」
 リサは半信半疑のまま右手を後方、ヴァネッサのいる方へ向けた。
「そうしたら手から風が起きるところをイメージして、風よ起これと強く念じるんだ」

(よくわからないけど、やるしかない!……風よ、起これ!)
 リサがそう念じると、彼女の右掌の空気の密度が急激に上がりだした。そして空気の力が溜まりきると、それが突風となってヴァネッサに向かって飛んで行った。

「なっ! これは、ナタリー様のっ!」
 すさまじい突風に細い枝は音を立てて折れ、眠っていた鳥たちは一斉に羽ばたいた。そして至近距離で風をもろに受けたヴァネッサは、風圧に耐えられず後方に吹き飛ばされ、大木に背中を強く打ち付けた。
「がはっ!」
 ヴァネッサの動きが止まったのをリサはその目ではっきりと確認した。

「すごい……。これが私の……」
 複数あるナターシャの能力のうち、たった一つだけで、あの恐ろしいヴァネッサを足止めできてしまった。そのことにリサは驚きを隠せなかった。

「よし。これで撒けるぞ」
 クリスは後方を確認したあと、引き続き木々の間を素早く移動した。その後、ヴァネッサが追いかけてくる様子は見られなかった。


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