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『魔女の遺伝子』第六話「クリスの能力」

既出の登場人物

エリザベス・アヴェリー:愛称リサ。本作の主人公。やや背が高い銀髪の女子高生(ヴィジュアルはヘッダー画像右)。政府の少子化対策の一環として作られたクローン人間の一人。本人も彼女の友人もそのことは知っている。

ヴァネッサ・ハートリー:誘拐されたリサの前に現れた白衣を着た赤毛のグラマーな女性。肘から先を自在に変形する能力を持つ。

ナタリー・ホワイト:愛称ナターシャ。500年前に迫害を受けていた能力者を束ね、国家転覆を企てた少女。国に甚大な被害をもたらすも、最終的に捕らえられ処刑された。リサのクローン元。

クリストファー・ブライアント:愛称クリス。長身、短い金髪の美男子。ヴァネッサの仲間と思われたが、彼女を騙してリサと一緒に逃走を図る。

 ヴァネッサが指令室に着いたのと同じとき。クリスと共に逃げていたリサは館内に鳴り響くアラート音に驚き、立ち止まってしまった。
「え!? え!?」
 クリスのおかげで先ほどの部屋から出られたのは良かった。しかしけたたましいアラート音のせいで、一瞬頭が真っ白になった。

 クリスはリサが立ち止まったのに気付き、すぐに振り返った。
「何をしているんだ! 走れ!」
「は、はい!」
 彼に発破をかけられてリサは再び走り出した。

「安心しろ!」
 斜め前方を走りながら、クリスはリサの心を察したかのようにそう言った。
「え!?」
「すぐに大勢の追手がやって来ることはない! 奴らの目的は君をここから逃がさないことだ! まずすべてのゲートを封鎖して脱出できないようにするはず!」
「でも! それじゃあ結局出られない……」
「大丈夫だ! ゲートは俺が開ける!」

 クリスには封鎖されたゲートを開ける手立てがあるようだった。たしかに彼は表向きヴァネッサたちの仲間を装っていたのだから、何らかの認証システムでゲートを開けられるのかもしれない。さっきの部屋もそうして出られた。
 しかし施設側はすでにクリスが裏切ったことを知っているはず。認証を外すなりなんなり、すでに対策をとっている可能性だってある。リサはどこまで彼を信じてよいのか測りかねていた。

「ねぇ!」
「なんだ!?」
「ゲートを、開けるって、どうやって!?」
 彼女は息も絶え絶えになりながら、声を張ってクリスに尋ねた。

「俺の能力でゲート脇の端末を破壊して開ける! 緊急時の脱出用に、特定の箇所を破壊すれば開くようになっているんだ!」
 クリスもヴァネッサと同じ能力者だった。よく考えてみれば彼はヴァネッサと対等に喋っていたのだから、彼女と同等の能力を持っていても不思議ではない。

 クリスは走りながら続けた。
「問題はヴァネッサだ! ここにいる能力者で、俺と君を同時に相手にできるのはあいつぐらいだ! おそらく今、あいつは単独で俺たちを追ってきている! 追い付かれるのも時間の問題だ!」
「そんな!」
 あの恐ろしい女が追ってきている。リサはまた恐怖で寒気がした。それ以前に、ここまで走りっぱなしで彼女の体力はもう限界に近かった。

「待って!」
 リサはついに立ち止まってしまった。膝に手をついて下を向き、肩で息をしながら泣きべそをかいた。クリスも立ち止まり、振り返って彼女に駆け寄った。

「大丈夫か?」
「もう、無理だよ。走れない」
 恐ろしくて、逃げたくて仕方がないのに、息が上がってこれ以上走れる気がしない。彼女はもうおしまいだと思った。クリスがヴァネッサと戦ってくれるかもしれない。だが彼一人で何ができるというのか。結局つかまって、ナターシャの人格を蘇らされ、最終的に身体を乗っ取られるに違いない。

「うっ、うっ……」
 怖くて、悲しくて、ただ床を見て嗚咽おえつすることしかできなかった。こんな形で人生が終わるなんて思いもしなかった。アラート音はまだ鳴り続けている。もう少ししたらヴァネッサがここへやってくる。


「クリスー!!」
 すると後方から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。ヴァネッサだ。五十メートル後方、ついにヴァネッサが追い付いてきた。
「もうだめ。逃げられない」
 リサは横目で振り向きヴァネッサの姿を視認すると、絶望してその場にうずくまってしまった。もう助かる道はない。そう思っていた。

 そんなリサの気持ちを知ってか知らずか、クリスは彼女の左腕を掴んで立ち上がらせた。
「大丈夫だ! ちょっと失礼するぞ!」
「きゃっ!」
 彼はリサの脚と胴に腕を回して担ぎ上げた。リサは反射的に彼の首に手を回し、バランスをとった。いわゆるお姫様抱っこの格好だ。

 彼はリサを抱えたまま走りだした。しかし体力もいくらか消耗している上、人一人分の重さが加わったため、その速度はさっきよりずっと遅かった。

「逃がさないわよ、クリス! その娘を私によこしなさい!」
 ヴァネッサが鬼の形相で追ってくる。彼女は走りながら、右手の形をロープ状に変化させて伸ばし、十メートルほど先にあった階段の手すりに巻き付けた。そしてそれを一気に縮めて身体を引き寄せ、一瞬で距離を詰めてきた。

 クリスの肩越しにその姿を見たリサは背筋が凍った。あんな方法で追ってこられたらすぐに追いつかれる。ヴァネッサの能力の射程距離が約十メートルだとしたら、手すりや棒のある場所に差し掛かるたびに十メートル近付かれる。

「だめ! 追い付かれる!」
「大丈夫だ! 俺の能力を使えば追い付かれない! しっかりつかまってろ!」
「え!?」
 そのときクリスの身体が急に前方へ吹っ飛んだ。リサを抱えているにもかかわらず、ヴァネッサより速く。そしてその先の角を左に曲がると、直線でまた身体ごと前方へ吹っ飛んだ。

 リサは振り払われないようクリスの首をしっかり抱え、身体を硬直させて目をつむった。何が起きているのかまったくわからず、ただ彼にしがみつくしかなかった。

「これが俺の能力だ。物体を加速または減速させられる。今は着ている服を加速させて身体ごと移動してる」
 薄っすら目を開けて見てみると、確かに動いているのはクリスの身体ではなく彼が着ている服だ。服がそのまま加速し、クリスの身体ごと前方に吹っ飛んでいた。

「直線的な動きにしか使えないが、あいつの追跡をかわすぐらいなら十分だ」
 その言葉通り、二人はヴァネッサとの距離をどんどん離していった。柱など掴まる場所がなければ移動速度を上げられないヴァネッサに対し、クリスの能力は直線ならどこでも加速できる。

「クリスー!! 待ちなさい!! 私に盾突いてただで済むと思ってるの!? その娘を渡さないのなら、あなたを殺してでも奪い取ってやるわ!!」
 後方からは物騒な言葉を叫ぶヴァネッサの声が聞こえてくる。絶体絶命の危機は乗り越えたとはいえ、彼女の殺気にリサはびくびくして震えていた。

「大丈夫だ。君は俺が絶対に守る。俺にはその責任がある」
「え?」
「さあ、あと少しだ」
 一瞬何か意味深なことを言われた気がしたが、アラート音と風を切る音で聞こえなかった。


 それからしばらく加速を続け、ヴァネッサを大きく引き離したあと、最後の曲がり角を左に曲がった先にゲートらしきものが見えた。ゲートの前には黒い戦闘服に身を包んだ男が五人いる。男たちの顔は黒いマスクで隠れて見えない。

「いったん下すぞ」
「え? あ、はい」
 クリスはリサを下した。
「あと少しだ。俺の後に付いて来い」
 リサは頷いて彼の後について走った。ほんの少しだが体力が戻ったこと、ゲートの前まで到達したことから、少しだけ走る気力が復活した。

 黒い戦闘服の男たちは身構え、戦闘態勢に入った。
「さあ、ここからが正念場だ。いくぞ!」
 クリスは右の腰に携えたポーチを開き、手を突っ込んで何かを握った。


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