【完結】『あなたの知らない永遠』第三話「ジェシカの思惑」

登場人物

ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。ニナの生まれ変わり。
サラ(5,119):魔法使いの女性。元人間。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。サラ、ニナと仲が良かったが、無断で不老不死の魔法をかけたことでサラに酷く嫌われる。

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第三話

「不老不死を解除する魔法? そんなものが本当にあるの?」
 サラは戸惑いながらジェシカに尋ねた。
「ここでは話しにくいわ。ごめんなさい。嫌だと思うけど、中で話をさせて」
「……わかったわ。上がって」
 サラは少し不服そうな顔をしつつもジェシカを招き入れた。
「お邪魔するわ。ステラ、あなたも一緒に」
「あ、うん。お邪魔します」
 ジェシカに続いてステラも中に入った。

 サラの家は必要最低限の家具以外には本棚くらいしかなかった。ジェシカと不仲になり、ニナに先立たれて五千年、この殺風景な家でどうやって暮らしてきたのか、ステラにはまったく想像がつかなかった。
「サラさん、いつもここで本を読んでるの?」
「いつもってこともないかな」
 サラはステラに対してはいくぶん柔らかい声色になった
「年に三十冊読めば良い方かな。日がな一日活字と向き合うのも気が滅入るしさ。だいたいいつも外を出歩いてるよ」
「そうなんだ」
 ステラはちょっと安心した。荒んだ生活を送っているものだとばかり思っていたが、サラはちゃんと気晴らしもしていた。

 そこにあった簡素なテーブルには椅子が一脚しか添えられていなかった。
「椅子が足りないな」
 サラはそう言って詠唱を始めた。するとそこに、座り心地のよさそうな丸みを帯びた椅子が一脚現れた。
「ステラ、座って。気に入ってもらえるかわからないけど」
「あ、うん」
 当たり前のように椅子を生成したサラを見てステラは驚いたが、ともかくその椅子に座ってみることにした。
「なんか、すごく柔らかくて気持ちいい」
 その椅子はまるで王様のベッドのようにしなやかだった。寝ることが大好きなステラにとって、その椅子は格別の座り心地だった。
「よかった、気に入ってもらえて。ニナはそういうふかふかしたものが好きだったから、きっとステラも好きなんじゃないかと思って」
 サラは最初に会ったときは想像もできなかったような、屈託のない笑顔を見せた。
(サラさん、こんなかわいい顔もできるんだ)
 ニナだったころの感覚が蘇っているのか、ステラはサラの喜ぶ顔を見て嬉しくなった。
「ジェシカ、あんたは自分で出せるでしょ?」
「ええ、もちろん。自分でやるわ」
 サラは相変わらずジェシカにはそっけなかったが、刺々しい殺気は薄れていた。ステラの存在が、彼女の殺伐とした心を少しだけ柔らかくしたのかもしれない。

 それから三人は各々席に着いた。
「それじゃあさっそく本題に入るわね」
 ジェシカはすでに腹を決めているのか、躊躇うことなく話を始めた。
「事の発端は私があなたに不老不死の魔法をかけた日の数日後。ニナは私が自責の念に駆られていないか心配してうちを訪ねて来た。そして何の解決策も思いつかないまま後悔するばかりの私を見て、あの子は言ったの。不老不死を解除する魔法はないかって。私はそんな魔法があればとっくに使ってるって答えたわ。そしたらあの子、ないなら一緒に作ろうって」
「ニナがそんなことを……」
「私に恨み事の一つも言っていいくらいなのに、あの子ったら二人でサラを救おうって。そのとき、あなたがニナを好いていた理由が痛いほどよくわかったわ」
 ジェシカは俯き、微かに体を震わせた。当時すでに五千年以上生きていたにもかかわらず、十数年しか生きていないニナに人として負けたのだ。そのとき自分の至らなさを改めて思い知ったのだろう。
 ジェシカは顔を上げ、話を続けた。
「それから私たちは不老不死の魔法について研究を始めたの。まず二人で過去の文献に当たって、不老不死の魔法がどんな仕組みなのかを探ったわ。実験のしようがないのがネックだったけれど、三十年ほどかけて理論上のメカニズムは解明できた。それから不老不死を解除する方法にたどり着くまでに十年くらいかかったわ。でも、方法がわかっても実行には移せなかった」
「何か問題があったってこと?」
 サラは淡々とした調子で尋ねた。
「ええ。不老不死を解除するには、強大な魔力を吸い込める大規模なマナホールが必要だった。それに、不死者から不死の魔法を吸い出し、マナホールに移せる術者も。大規模なマナホールは思い当たる場所があったけれど、問題は術者の方だった。術者の条件は三つ。魔法使いでないこと、しかるべき才能を持っていること、この狭間の世界に実体を持たないこと。ニナは前の二つは満たしていたけど、三つ目の条件は満たしていなかった」
「どういうこと? なんで術者に実体があったらいけないの?」
 サラはどうも腑に落ちない様子だった。
「あなたは私が不老不死の魔法をかけたことで不老不死になった。じゃあニナがあなたからそれを吸い出したら、どうなると思う?」
「あ……」
「そうよ。ニナが不老不死になるだけ」
 仮にサラの不老不死を解除できたとしても、代わりにニナが不老不死になっては意味がない。結局どちらかが永遠の孤独を味わうのだから。
「ニナはあなたを孤独から救えるならそれでもいいと思っているようだった。けれど、それではあなたが納得しないのもよくわかってた。だから実行には移せなかったの」
 ジェシカに当時のニナの胸中を明かされ、サラは苦しそうに眼を逸らした。
「……たしかに私は、ニナが私のために望みもしない不老不死になるのなんて、絶対に納得できない。そんなことになってたら、私は本当に精神が崩壊していた」
「サラさん……」
 ステラはサラの手にそっと自分の手を重ねた。
「ニナはあなたのことなら何でもお見通しだった。だから身代わりになりたくてもなれなかった」
 ジェシカの表情も暗かった。元を辿れば彼女がすべての原因を作ったのだから。
「それから私たちは他に術者に相応しい人がいないか考えたわ。此岸の世界から誰かの魂を連れて来れば、実体を持たないという条件は満たせる。でも才能に関しては、条件を満たせる人間なんて数千年に一人生まれるか生まれないかの確率だった。そこで計画は頓挫したの。ニナが亡くなる四年ほど前だったと思う」
 結局ニナは自分の思いを実現できずに終わった。志半ばで亡くなったのだから、さぞ無念だっただろう。そう考えるのが普通だ。しかしニナの生まれ変わりであるステラは違った。ニナは失意のまま死んだわけじゃない。なぜかはわからないが、そんな気がした。そしてジェシカの次の言葉で、それは確信に変わった。
「でもあの子は諦めなかった。不老不死の解除が事実上できないとわかったとき、ニナは私に言ったの。もし自分の生まれ変わりが此岸の世界に生まれたら、その子に後を委ねてほしいって」
 サラは目じりに涙を浮かべたまま、ジェシカの顔を見た。
「まさかあんた、そのために……」
「そうよ。だから私はステラに会いに行った。ニナの意思を受け継いでもらうためにね」
 サラとステラはジェシカの本当の思惑を知った。しかし渦中のステラは驚くこともなく、強い納得感とともに新たな決意が芽生えたのを実感していた。

次回


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