【完結】『あなたの知らない永遠』第九話「和解」
登場人物
ステラ(16):とある村に住むごく普通の少女。ニナの生まれ変わり。
サラ(5,119):魔法使いの女性。元人間。ニナと両想いだった。
ニナ(享年64):人間の女性。サラと両想いだった。
ジェシカ(10,099):魔法使いの女性。不老不死。サラに好意を抱いている。サラ、ニナと仲が良かったが、不老不死の魔法を勝手にかけたことでサラに酷く嫌われる。
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三人はニナの家の跡地に着いた。
ニナの家は五千年の時の中で朽ち、風化していたが、基礎部分の石材と枯れた井戸はその痕跡を残していた。
ニナは生涯サラ以外を愛さなかったので家族はおらず、遺品はサラが受け取った。サラはそれに魔法で腐敗耐性を施し、今も大切に保管している。彼女はこの家もできる限り維持しようと努力したが、さすがに五千年ものあいだすべてを維持するのは難しく、遺品と、離れにある墓の維持に魔力を使うことにした。それでも彼女は数年に一度この場所に立ち寄り、ニナとの日々を繰り返し思い返していた。大切な記憶まで風化してしまわないように。
そんなサラでも、ここに強大なマナホールがあることに五千年もの間気が付かなかった。
「あれから何百回もここに来てるけど、強い魔力の気配なんて一度も感じたことはなかった。ジェシカ、本当にここにマナホールなんてあるの?」
「あるわ。あなたでも気付けなかったのは、時が来るまで誰にも荒らされないよう、ニナが封印したからよ」
「ニナ……。私のために、そこまでお膳立てしてくれてたなんて……」
サラはうつむき、噛み締めるようにそう言った。
ここまで来るのに途方もなく長い時間がかかった。それはやむにやまれぬ事情があってのことだから仕方がない。ただ、その間サラはジェシカに対する悪感情に囚われ、ジェシカはサラに対する罪の意識に苛まれ続けた。人間と魔法使いという種族を超えて親友同士になった三人が、たった一つの綻びのために苦しみ続けたのだ。
ジェシカはきっと、すべて自分が悪いと思っているだろう。ヒロイックな自己陶酔ではなく、心から己の軽率な行いを悔やんでいるだろう。サラも、ジェシカの行いに問題があったとはいえ、これほど長い間、意固地になって歩み寄らなかったことを後悔しているかもしれない。しかしそれもあと数時間のうちに終わる。
「さあ、行きましょう。封印は私が解くわ」
ジェシカは枯れた井戸の方へ歩きだした。
「行こう、サラ」
ステラはサラの手を引いた。
「うん……」
井戸は見る限り、元々人一人が余裕を持って入れる程度の大きさがあったようだ。今は中が土で埋まっている。
「まずこの土をどかすから、少し離れてて」
サラとステラはうんと頷き、数歩下がった。それを確認したジェシカは、井戸の前で詠唱を始めた。すると中を埋めていた土がみるみる浮き上がり、井戸の脇に積まれ、三人の背丈より高く積み上がった。
「この下に隠し扉があるわ。順番に下まで降りましょう。ステラ、浮遊の魔法は覚えてるわね?」
「うん」
「じゃあ二人とも、私の後に続いて」
サラとステラは黙って頷いた。
ジェシカは井戸の枠に足をかけると、ゆっくりと中へ降りていった。そして十数秒後。
「いいわよ! 降りてきて!」
井戸の中から彼女の声が聞こえた。
「じゃあ、あたしが先に行くね」
「わかった」
ステラとサラは順番に下に降りた。
井戸の中は一部屋分ほどの空洞になっていた。上から差し込む日の光で薄っすらとその様子が見える。
「ちょっと明るくするわね」
ジェシカは丸い発光体を生成した。辺りが照らされ現れたのは、三人の目線ほどの高さの足場と、そこに上るための階段だった。ジェシカはその階段を上った。
「二人とも、こっちへ来て」
サラとステラはジェシカの後に続いた。
足場に上ると、そこには意味ありげな石造りの球体があった。
「このあたりの地盤を調べていたとき、特異な性質を持ったマナが微かに検出されたの。それでここを掘ればマナホールがあるんじゃないかって、ニナと二人で数年かけて探索して。そしたら予想通り、ここの地下にあったの」
「本当に何から何までしてくれたんだ……」
サラは申し訳なさそうな顔をした。
「ニナは、あてのない地味な作業も嫌な顔一つせずやっていた。あなたを助けたい一心でね。私はきっと何万年生きてもああはなれない。本当にあの子には頭が下がるわ」
ジェシカもニナに対する負い目からか、やや悄然とした面持ちになった。
「二人とも暗いなー」
そんな気後れした様子の二人を見て、ステラはいつもの明るい調子で笑い飛ばした。
「「ステラ?」」
「サラもジェシカも、ここにニナの生まれ変わりがいるってこと、忘れないでよね」
そう言うと彼女は二人の前に出てしゃがみ、球体に触れた。
「ここに下りた瞬間から、ずっと懐かしい感覚が続いてるの。ここでジェシカと二人、少しずつ魔法で穴を掘り進めたのを覚えてる。マナホールを見つけたとき、嬉しくてジェシカに抱きついたことも」
「ステラ、あなたもしかして……」
「ジェシカ、あたしはステラだよ。ステラであり、ニナだった魂。今、それが完全に一つになった実感がある」
ステラは続けた。
「二人の仲が壊れたとき、あたし、本当に辛かった。でも、サラの不老不死を解くために動き出してからは毎日が幸せだった。あれは苦労でも努力でもない。大切な人のために自分の人生を捧げられるのが、ただただ嬉しかった。たとえそれが自己満足だとしても」
「ステラ……」
サラは目に涙を浮かべていた。そしてジェシカも。
「私もずっとそうだった。サラ、あなたが認めてくれなくても私はよかった。少しでも罪滅ぼしになるならって、そう思って研究に打ち込んでいる間、私は幸せだった。ごめんね、あなたにだけ、五千年も辛い思いをさせて」
二人とも涙を堪えきれなかった。
「いいよ、もう。済んだ話だから……」
ついにサラの口から、ジェシカに対する許しの言葉が発せられた。わだかまりという堤防が決壊し、二人の目からはとめどなく涙が溢れ出た。二人のすすり泣く声が、井戸の中で微かに反響した。
(二人とも、やっと素直になれたね。あとは最後の仕上げだけ)
ステラは立ち上がって後ろを振り返った。
「二人とも言ったでしょ。暗い顔しないで。ほら! あと少しで決着が着くんだから!」
彼女が発破をかけると、サラとジェシカは共に顔を上げた。
「そうだよね。ステラ、行こう」
サラは涙を拭いて笑った。ジェシカも同じだった。
「ステラ、あなたが先頭に立って。あなたが一番相応しいわ。封印の解除の仕方も思い出したんでしょ?」
「うん。あたしに任せて」
ステラは再び振り返り、石造りの球体と対峙した。彼女はニナだったころの記憶に鮮明に残っていた、封印解除の呪文を唱えた。すると球体がひとりでに動き出し、床と共に綺麗に割れ、下へと下る階段が現れた。
「行こう、サラ、ジェシカ」
「うん」
「ええ」
ステラを先頭に、三人は地面の奥深くへと下りて行った。
次回
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