少年ジャンプみたいな友達
「雄大!今週のジャンプ読んだか?!」
朝の7時半。道路を挟んで向かいの歩道から、今にも飛び出してきそうな正弘がそこにいた。
「読んだよー」
正弘が走ってきた。
横断歩道が無い場所で通勤時に車通りが多い道路だが、正弘は野原の一本道を駆け抜けるかの如く向かってきた。
「享楽が卍解したよ!ついにさ!」
「知ってるよって」
かっけぇよなぁ!と言いながら前を歩き、そのキャラクターのモノマネをする正弘。
犬とおじいさんがすぐ横を通ったがお構いなしの正弘だ。
こうやって、毎週火曜日の朝は昨日のジャンプの内容を話すのが定番となっている。
正弘とは漫画の趣味が合う。
中学になってから、中々友達ができない僕に話しかけて来たのは、正弘だった。正弘は僕が持ってる下敷きが劇場版HUNTER×HUNTERのグッズだったから話しかけてきた。「劇場版正直つまんなかったよな」と僕と同じ感想を言ってきたので、自己紹介が必要なかった。漫画の話で意気投合してからはとにかく最近の漫画を一緒に読むことが多くなった。一度だけ正弘の部屋に入ったことがあったが、まるで僕の本棚を見ているようだった。
そんな正弘と日曜日の深夜にコンビニで立ち読みをしたことがあった。1時ごろ二人の家から最も近いセブンに待ち合わせをした。もちろん家族の誰にも言わずに。日曜日の夜には漫画コーナーにジャンプが置いてあることが稀にある。その時を狙った。帰りに肉まんを買って、お互いに感想を話した。あいつが黒幕だとか、あいつは許せないとか、あの作品はつまらないとか。
僕は今週のジャンプの内容なんてどーでもよかったのかもしれない。正弘といると、学校の誰もがやらないことをしている高揚感が堪らなかった。誰にもバレずに行う二人だけの犯行がこんなにも平和的だとは知らなかった。
「それによ!浦原がやべぇよな、死ぬのかな」
「それはやだなぁ、浦原が一番好きだし」
「絶対死んでほしく無いキャラNo. 1だよな」
いつも通りの日常だった。
「あれ?」
「ひろっちじゃん」
僕のすぐ背後から声が飛んできた。
あ、、まずい
肩幅が広い。坊主。エナメルバッグ。
これはまずい。
日焼け。5人組。マウンテンバイク。
危険信号が激しく点灯する。
「今日の体育の授業マラソンだってよ」
「え!!マジかよ!」
「最悪だよな」
「誰情報だよ」
「俺情報」
「じゃあ信用できねーな」
「は?なんでだよ」
「さっき、JKのパンツ見えそうだった」
「あー宿題やってねぇ」
「死にテェ」
もう誰が何を話しているのかわからないくらい。盛り上がっていた。
すっかり、5人のグループは正弘を取り込み、6人グループと化した。
この道路の道幅では、丁度前3人後ろ3人という布陣に収まってしまった。
その、先頭集団からスペースを置いてわずか後方に一人の男。
僕がいた。
僕は動じなかった。
当たり前のようにそのポジションに着いた。自ら進んで名乗り出て後方へとまわった。あたかもそれが自然の摂理のように僕はスライドしていった。
正弘はとっくにその集団に馴染んでいた。
真っ黒い学ランが余計に黒く見えた。
そうだ。これが僕と正弘の適切な距離だ。
正弘とは唯一漫画の趣味だけが共通点だった。
運動神経がよく、体育で友達を作るタイプの正弘は僕とは正反対の人間だった。そして何よりコミュニケーション能力が抜群に高い。同世代、先輩後輩から慕われているだろう正弘。まるでサンドウィッチマンだなぁと呑気に思いながらいつも見ていた。
今も見ている。
すると正弘と目が合った。
あれ、、まずい。
すかさず目を逸らす。
やめてくれ。
学校はもうすぐ近くだ。学校までついてしまえば、多くの生徒が登校している。集団の中に集団が混じることで、僕が孤立していることが目立たなくなる。
あそこまで行けば大丈夫。
だから、余計なことはしないでくれ。
すると、正弘は走り出した。
学校の門をくぐり、生徒や先生が挨拶を交わす渦中を突破して走った。
野原の一本道を駆け抜けるかの如く。
松の木が植えてある場所で立ち止まり、振り返った。
また僕と目が合う。
みんな正弘を見ている。
正弘は僕だけを見ている。
座り、胡座をかいた。
「卍解 花天狂骨枯松心中」と言った。
僕だけが、少し笑った。
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