見出し画像

ゼラチンの化学

食品や医療・工業用材料など、ゼラチンの用途は多岐にわたります。そしてそのゲルは5千年以上前から使われてきたと考えられています。人工的に加工されたものでは、最も長い歴史を持つゲルと言えるでしょう。

ゼラチンと膠(にかわ)

ゼラチンは動物の骨や皮などから取れるコラーゲン(繊維状タンパク質)から作られます。
コラーゲンはタンパク質分子が三重らせん構造をしているもので、加熱するとこの構造が解けてゼラチンや膠(にかわ)になります。

画像1

精製され、タンパク質純度の高いもの(90%以上)がゼラチンと呼ばれます。つまり、ゼラチンと膠はほぼ同じものなんです。
純度ではなく、用途によって呼び方を変えているケースも多々あります。

画像2

粉末膠(http://www.babaken.co.jp/babaken_nikawa.htm)

画像3

  粉末ゼラチン(市販品)

膠(にかわ)の最古の使用例は古代エジプトです。接着剤として膠を使用しており、ピラミッドの壁画に膠の製造工程が描かれています。
また、ピラミッドから出土した装飾品や家具などにも膠が使われていました。
日本には7世紀頃、遣隋使によって膠の技術が伝えられたようです。以降、工芸品や建築材料の接着剤、墨の製造などに使われ普及しました。
膠は英語でglue(グルー)と言います。接着剤もglueですね。
実は、glueはもともと膠の事を指す言葉で、接着剤として使われていたため、そのうち接着剤=glueとなりました。

ゼラチンが工業的に生産されるようになったのは、1690年のオランダ。その後、イギリスなどのヨーロッパ諸国で工業生産されるようになりました。
さらに1814年、イギリスで脱灰牛骨の製造方法が確立されました。それまで主に皮から作られていたゼラチンに、骨ゼラチンが加わりました。
食用のゼラチン生産は19世紀に始まったと言われています。
あくまで大量生産の話なので、それ以前に食ベ物として利用した例はあると考えられますが、いつ頃から食用としても使われていたのか、定かなことは分かりません。
しかし、最初の食品への応用は煮凝り(にこごり)料理だったと推測されます。
ゼラチン質の多い魚や肉を煮ると、煮汁にゼラチンが溶けだして冷えると固まります。勘の良い人が、膠と同じものだと気付いたのではないでしょうか。

画像4

フグ皮の煮凝り(https://cookpad.com/recipe/1993949)

日本で工業的にゼラチンが生産されるようになったのは20世紀に入ってからです。ヨーロッパ諸国より遅かったのは、寒天やコメなどでゼラチンの用途を代用できていたからかもしれません。
食用ゼラチンが日本で普及したのは戦後になります。食事の欧米化も影響していると考えられます。

今も膠とゼラチンは接着剤として使われており、5000年前からほぼ同じ用途で使われ続けている極めて珍しい材料です。

用途

食用のゼリーとしてお馴染みのゼラチンですが、前述した接着剤のように、様々な分野で活躍しています。

接着剤
膠(にかわ)は木材の接着に優れており、建築・工芸品や弦楽器などに今も使われています。蒸気をあてると接着部位を剥がすことが出来るので、修理の際に容易に分解することが出来ます。

画像5

「佐々木ヴァイオリン製作工房」HPより(https://www.sasakivn.com/werkstatt/qa/leim.htm)

また、食品パッケージの接着剤に膠が使われていることがあります。
他に、製本、紙管や事務用品など、様々な接着剤が登場した今も活躍しています。
純度が高すぎると接着力が低下するため、純度の高いゼラチンよりも膠のほうが接着剤によく使われます。

写真(レントゲン)
写真乳剤として使われ、その乳剤を塗布したフィルムや印画紙が使われました。しかし、デジタルカメラの普及(最近ではスマートフォン)によって出番は激減しています。

医療
ゼラチンを溶かす濃度を調整すれば体温付近、もしくは体温以下で溶け始めるため、カプセルや錠剤などに使用されています。
止血作用があるため、手術用のゼラチンスポンジなどの止血剤としても使われています。ゼラチンスポンジは、ゲル化させたゼラチンを凍結乾燥することで得られます。

画像6

止血用ゼラチンスポンジ(https://www.medicalexpo.com/ja/prod/hongkong-medi/product-115059-809714.html)

他にトローチ、座薬、湿布と、幅広く利用されています。

化粧品
ゼラチンはコラーゲンから作られているため、その保湿性から口紅やシャンプーなどに使われています。ゼラチンではなく、水溶性コラーゲンなどと表記されていることがあります。

食品
食品として見ると、体温付近で溶かすことが出来るので口溶けが良く、介護食などに適しています。
ゼリーに使うゲル化剤としての用途に限らず、増粘剤や安定剤として、ソフトクリーム、ソーセージ、ハム、ヨーグルト、マシュマロ、スープなど、多くの食べ物に使われています。
ほぼ毎日口にしていると言っても過言ではないでしょう。

画像7

 お湯に溶かしてゲル化させた食用ゼラチン

ジュースやコーヒー、スープなど、大抵のものはゼリーに出来ます。
グミを作る時にもよく使われますね。
以下の写真はココアをゼラチンで固めたものです。

画像8

熱いココアにゼラチンを入れて溶かし、型に入れます。
粗熱を取ったら冷蔵庫に入れて一晩冷やします。
固まったらお皿に出して出来上がり。

画像9

簡単ですね。おいしそうなココアゼリーです。
ゼラチンでゼリーを作る時に、一つ注意することがあります。
ゼラチンはタンパク質なので、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)を持ったものを入れると固まりません
タンパク質分解酵素はパイナップル、マンゴ、メロン、キウイフルーツ、イチジク、ナシ、パパイア、ショウガ、タケノコなどに含まれています。
ただ、タンパク質分解酵素は熱に弱いため、加熱調理した物や缶詰にされたものなら問題なく固まります。

プリンを作る時にも使われますが、市販のものは寒天と増粘多糖類(キサンタンガム、カラギーナン、プルランなど)でゲル化させているものが多く、ゼラチン使用のプリンはあまり見られません。
しかし、自分で作る時は溶かし易いゼラチンを使った方が作りやすいです。

その他
膠を使った絵の具や墨汁、絵の具の固着剤に使われます。他に、研磨紙、マッチなどがあります。

画像10

墨汁(https://pigment.tokyo/ja/article/detail?id=13)

墨汁は煤(すす)と膠で作られます。膠が疎水性の煤を包むことで、水中で煤が凝集するのを防ぎ、均一に分散させます。
煤は疎水性のコロイド(炭素の微粒子)で、膠は親水性のコロイドです。
このように、疎水コロイドの凝析を防ぐ親水コロイドのことを保護コロイドと呼びます。
冬の寒い日に墨汁がゲル化することがあるのは、墨汁に膠が入っているからなんですね。


ゼラチンの構造と特徴

コラーゲンとゼラチン

ゼラチンは前述したようにコラーゲンから作ったタンパク質です。コラーゲンは皮膚、骨、腱、軟骨などの結合組織を構成する重要なタンパク質です。コラーゲンには19種類ありますが、骨や皮の主成分となっているのはⅠ型コラーゲンで、ゼラチンはこのⅠ型コラーゲンから作られます。
皮から抽出したコラーゲンは殆どがタンパク質と水です。しかし、骨や魚の鱗などから抽出したゼラチンは、ヒドロキシアパタイトなどの無機物質で包まれた状態になっており、皮から取ったゼラチンよりも灰分が多いです。
そのため、多くのゼラチンは皮から抽出したものになっています(豚皮が最も多い)。

ゼラチンの製法とゲル化

ゼラチンの製法には二種類あります。精製した原料を酸処理するかアルカリ処理するかでゼラチンの性質が少し変わります。
製造工程のフローは以下のようになります。

画像11

酸もしくはアルカリ処理した原料を水洗し、お湯に漬けてゼラチンを抽出します。
抽出したゼラチンを精製・殺菌した後、乾燥・粉砕することで粉末のゼラチンが出来上がります。

ところで、ゼラチンをお湯に溶かして冷やすとなぜゲル化するのでしょうか?

画像12

図のように、ゼラチンは溶かして冷やすと、ランダムコイル状態からヘリックス構造を取り始め、最後はそれぞれの分子鎖が水素結合などで繋がり、三次元網目構造を作ることでゲル化します。
逆に、ゲルを加熱するとランダムコイル状態に戻り、再び水溶液になります。
このように、温度によって可逆的にゲル化するものを熱可逆性ゲルといいます。

電場応答性ゲルとしてのゼラチン

ゼラチンはアミノ酸が多数繋がって出来たタンパク質ですが、他のタンパク質とは異なる組成を持っています。
一番多いのがグリシンというアミノ酸で、全体の三分の一を占めます。その次にプロリン、アラニン、オキシプロリンと続きます。以上の4つのアミノ酸で全体の約7割を占めています。

画像13

図はグリシンとアラニンの構造ですが、どちらもアミノ基(NH2)とカルボキシル基(COOH)を持っています。酸性の環境下ではNH3+となり、アルカリ性の環境下ではCOO-となります。pHによって荷電基の正と負の数が変わるんです。
そのため、ゼラチンには全体の電荷がゼロになる等電点というものが存在します。
酸処理ゼラチンではアルカリ側(pH8.3付近)、アルカリ処理したものは酸性側(pH5付近)に等電点があります。

ゼラチンのように荷電基を持っているゲルは、電場に対する応答性があります。
簡単に言えば、電圧をかけることで動いたり色が変化するんです。

画像14

写真は、短冊状に切ったゼラチンをビーカーの真ん中に吊るし、水道水に漬けたものです。左右にシャープペンシルの芯(不活性電極)をセットし、乾電池を使って電圧をかけます(結構危険なので、安易に真似しないで下さい)。

すると、負極側にゲルが曲がります。

画像15

使用したのは酸処理ゼラチンのため、水道水中ではカルボキシル基が解離し、マイナスの荷電基が多く存在していると考えられます。
そのため、カルボキシル基が陽極側に集まります。
ところが、同じ方向にマイナスの荷電基が集中すると反発します。

画像16

反発することで陽極側のゼラチンの分子鎖は広がり、ゲルは膨らみます。
そのため、陽極側に膨らんだゲルは曲がり、負極側に曲がります。
少しややこしいですが、このような原理で曲がっていると考えられます。

電極を逆にすると、逆方向に曲がります。
また、食塩(電解質)を加えると曲がるスピードが上がります。
溶液に添加する物質を工夫すれば、曲がる方向を変える事も出来ます。
スイッチ一つで変化する操作性の良さが電場応答性ゲルの特徴です。
ゼラチンの意外な一面でした。

画像17


身近で奥深いゼラチンの世界。
これまでも、そしてこれからも、ゼラチンは私たちの生活を影から支え続けてくれることと思います。




この記事が参加している募集

読んでいただけるだけでも嬉しいです。もしご支援頂いた場合は、研究費に使わせて頂きます。