◆第1話◆

「ふっふっふ~!やっぱり京都観光ならここを押さえておかないとね~!」
 眼前に広がる群衆の往来を、クイーンはぎらぎらした大きな瞳で眺める。パンフレットを片手に、腰に手を当てて臨戦態勢といった様子だ。
「観光じゃないんだけど……、ここはいったいどこ?」
 人の多さに圧倒されながらペルソナが尋ねると、晴明がふふんと鼻を鳴らした。
「ここは市の南に位置する"アシヤストリート"ですよ!最近開発された、関西の竹下通りと言われている、今や関西の若者の流行の中心地です!」
「ま、要するに今をトキメくギャルは絶対廻っとかなきゃなスポットってわけ!」
 2人の様子にキョトンとしていたペルソナだったが、ぶんぶんと首を左右に振っていやいやいや、と反論した。
「僕たちの目的は"神隠し"事件の調査でしょ!遊んでる場合じゃないよ!」
「まぁお店巡りしてるうちに有力情報聞けるかもっしょ?えーとまず、あぶらとり紙とー、ここの化粧水もほしー!」
「あ、ちょっと、待ってったら~!」
 確実に荷物持ちとしてこき使われることになったペルソナと晴明なのであった。

「あ~~くそあちー!」
 その不慣れな湿っぽい暑さに当てられたイーグルとホークは、大きな茶屋の屋根の下でぐったり伸びきっていた。涼しげな硝子の抹茶椀を、イーグルは乱暴につかんでごくりと一口で飲み干し、「うげぇ」と顔を顰めた。
「なにこれ、苦いしちょっとしか入ってない!」
 その様子に晴明はははは、と苦笑した。
「まぁ、量を飲むものじゃないですからね。風味とか雰囲気を味わうものなんですよ、きっと」
 ふうん、と抹茶椀を静かに傾けるホークに、不機嫌そうに団子を頬張るイーグルの姿は、まるで双子とは思えないほど対照的だ。
「そもそもこんなくそあちぃとこ、なんで手分けして足で調査しなきゃいけないわけ~?」
「でも、飛んで調査するわけにはいかないでしょう?」
「それに、晴明の言う通り"神隠し"に悪霊が絡んでいるとすれば、下手に"神の力"を使えば元凶に気づかれる可能性がある……っていう話だっただろ」
 晴明に宥められ、ホークに冷静に諫められると、イーグルはなおも不満そうに頬を膨らました。
「そんなこと言ったってさ、今んとこ『都市開発の関係者ばかりが消えてる』ってぐらいの情報しか得られてないじゃん」
 この茶屋の主人もさすがに連続失踪事件ともなると興味があるのだろう、イーグルがさらりと話題の釣り糸を垂らすと、ぽろりとそんな情報を漏らした。しかし彼も一般市民、それ以上の情報は何も得られなかったが。
「休憩しながらでも調査を進めればいいじゃないですか。ほら、ガイドマップによると、少し行ったところに新しくできた酒蔵があるみたいですよ?そこに行ってみませんか。もしかしたら試飲させてもらえるかも?」
「……まぁ、酒があるなら許してやるか」
 喉乾いた、ちょうだい。とイーグルはホークの冷抹茶をぐびりと飲み干した。晴明が「仲いいんですね……」と呟くと、ホークは「まぁな」と団子を頬張った。

「長閑だな……」
「ええ、そうですわね……」
 アールグレイとベルガモットは、目の前に広がる青々と茂る草原と、大きく澄んだ池が織り成す大自然の中を子供が駆け回る様子に癒されていた。
「孤児院を運営していた頃を思い出すな。こんな風に子供がのびのびと遊べる施設は良いところだ」
「このアスレチックパークも、最近整備されたばかりなんですよ」
 晴明が胸いっぱいに息を吸い込みながら言う。晴明の話ではかなり都市開発が進んでいるとの話だったが、この敷地の周りだけが建物が低く、空が広い。意図的にそうしているのだそうだ。できるだけ子供たちと自然が触れ合える場所を目指したのだという。そんな場所だからか、ベビーカーを押した家族の姿も多い。
「しかし、連続失踪事件が起きているというのも、また事実なのだな」
 楽しそうに遊ぶ子供の姿を幸せそうに眺めていたアールグレイの表情が曇る。この幸せな風景が壊されてしまう前に事件を解決しなければ――アールグレイの目に決意が宿る。
「アールグレイさんの言う通りです。一刻も早く、この事件の解決をしなくては」
 晴明もベルガモットも、決意のこもった眼差しで子供たちを見つめるのだった。

「ふう!やっと着いたわ……随分山奥にあるのね!」
 勉学に励んでばかりで普段運動をしない望には堪える道のりだったが、ようやっとその『ふもと』にたどり着いた。"蘆屋天空塔(またの名を、アシヤスカイタワー)"。市内をよく見渡せる北の山奥に位置しており、夜には煌びやかな古都が一望できるのでカップルのたまり場になる……とのことだったが、"神隠し"の調査にやってきただけの3人にはなんら関係のないことだ。
「はい、ここは都市開発のシンボル的存在ですからね!めちゃくちゃ気合い入れて、めちゃくちゃ高い場所にあるんです!」
 望のようにぜいぜいと肩で息をしながら晴明が解説する。
「2人ともだらしねぇな~」アンジェロはまだ余力を残しているようで、ひょいひょいと"蘆屋天空塔"の階段を登っていく。まだ登るのか、と望が肩を落とすも、ふと、塔の不思議なデザインが目に留まった。外見こそ近代的な見た目をしているが、内部は和風の作りになっていて、螺旋階段だがまるで"橋"をモチーフにしているように見えた。
「さすが望さん、よく気が付きましたね」
 晴明はまだ肩で息をしながら、一生懸命解説をする。「昔ここには小さいながらも『貴船川』という川が通っていた。それを跨ぐような設計になったので、あえて橋を残したんです。または過去と未来の懸け橋、って意味も込められているとか」
 へぇ、と紅く塗られた欄干を支えに階段を昇る。ベースは金属なのだろうが、階段の段や欄干は木製だ。芸の細かさに感銘を受けていると、やっと頂上の展望台へ着いた。
「おおー!スゲー!!」
 アンジェロが瞳を輝かせ、碁盤の目状になった都市を見下ろしている。確か、「高いところから情報収集すれば何か得られるのではないか」と提案したのは、アンジェロだったが……。
「まさかあなた、これに登りたかっただけじゃないでしょうね?」
 望がどすの利いた低い声で言うと、アンジェロは小動物のようにびくりとはねた。
「そ、そんなこと言ったってさ、ゼロじゃねーだろ!?……たぶん!」
「たぶんって何よ!」
 周囲でざわつくカップルや観光客を尻目に喧嘩を始める2人を宥めるのは、結果的に晴明だった。
「ほ、ほら晴明!!アレはなんだ!?あの山の中にあるでっかい建物!?ジェットコースターか!?」
 望から逃げるように展望窓に身を乗り出したアンジェロが指差したのは、展望窓から少し西側の山の中にそびえたつ大きな施設だった。確かにアンジェロのいうように、ジェットコースターのような細いレールも見える。
「目ざといですねアンジェロさん!あれは都市開発の中でも超巨大プロジェクト、名付けて"ASHIYA LEISURE LAND"です」
「レジャーランド……ってことは、遊園地か!?」
「ええ。この都市はまだまだ開発を進めれば広い土地が生まれますからね。それを活かした大規模プロジェクトというわけです。数種類のジェットコースター、大規模お化け屋敷、大型フリーフォールも計画されているとか!」
 アンジェロが瞳を輝かせる横で、望が1人ふむ、と考え込んでいた。
「この塔の名前も"蘆屋"だったわね。レジャーランドの開発計画にもこの"蘆屋"が関係しているのかしら?」
「ええ、そうです」晴明はご明察!と望を褒めたたええる。「"蘆屋グループ"はこの都市に古くからある大企業でしてね。この度関東の都市部からこの京都の都市開発を一任されているのですよ」
「なるほど」と望は口元に手を当てて考え込む。この都市に古くからある企業ならば、昔の人の言う"神隠し"について何か知っているかもしれない。聞いてみるのもいいかもしれない――とその時、晴明があっ!と声をあげた。
「大変!日没が近いです!自分たちが"神隠し"される可能性を避けるために、日没にはみんな集合って約束でしたよね!?」
「げっ、まずい!」
 展望窓にはうっすらと、オレンジの光が差し込んでいた。なぜ今まで気づかなかったのかと言うぐらい、日が傾きかけている。3人は急いで塔の階段を駆け下り始めた。――その時だった。

コーーン、コーーン、コーーン……。

 この場にそぐわない、まるで硬い木に釘か何かを打ち付けるような音が響き、一同ははっとして足を止めた。そして更に耳を済ませば、ひた、ひた、と裸足で階段を昇る音、長い衣が地面を擦る音も聞こえてくる。その音と共に、塔の下から冷たい気配が上ってきて、一同はからめとられたように動けなくなってしまった。
 そして、衣擦れのような音は次第に、掠れた声に変っていった。
「……しい、妬ましい……、殺してやる……!!」
 螺旋階段の向こうから姿を現したのは、酷く汚れた着物を着ている、顔が赤く爛れた化け物だった。

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