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越冬交代、そして前次隊はいなくなった

二月一日(金) 雪 南緯六九度、東経三九度
 場所は一九広場、時刻は一〇時〇〇分、前次隊のいを隊越冬隊総員二九名がずらりと並んだ。今次隊のいわ隊三一名が向かい合って整列する。冬月隊長の近くに夏目副隊長としらせ艦長も一緒に並ぶ。三本の鉄柱、その頂点にはいを隊の隊旗、いわ隊の隊旗、そして国旗が掲げられ、風が吹くと旗がはためく。
「これより越冬交代式を開催します」冬庶務山極さんの厳粛過ぎる進行によって越冬交代式は始まった。冬月隊長がマイクに向かって話す。
「いを隊の皆さん、一年間の越冬生活お疲れさまでした。今日から我々いわ隊が観測活動を引き継ぎ、昭和基地を守っていきます」
 任務を全うしたいを隊の顔には安堵の笑みがこぼれて、これから越冬生活が始まるいわ隊を激励した。粛々と進められる越冬交代式。その間、私や施設設楽といった夏隊は観客として見守っていた。これまで一緒に頑張ってきた越冬隊が遠くに見える。彼らは昭和基地に留まり、私たちはもう数日後に昭和基地を離れる。
 ヘリポートへ移動するいを隊を見送った。しらせから迎えに来るCHヘリを待つ間、いを隊は谷村新司と加山雄三のサライを円になって肩を組んで歌った。
「サクラ吹雪のサライの空は哀しい程澄んで胸が震えた」いを隊の一年間はどんなものだったのだろう。そしていわ隊はこれからの一年をどう過ごすのだろう。そして私は。
 前次隊が去り、昭和基地はいわ隊だけになった。自分たちの基地という意識が強まり、のびのびした気持ちになった。夏宿を撤収し、残りの数日を管理棟で過ごすことになった。古びたペンションのような宿舎だったが、過酷な労働の疲れを癒してくれ、たくさんの思い出が詰まった夏宿。ありがとう。お世話になりました。

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