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聖地・南山城展の感想(奈良国立博物館)
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「なんざんじょう」と呼んでしまったことをお詫び申し上げますが「みなみやましろ」という京都南部の、奈良との境あたりにある地域における仏教文化を見ていこうという展覧会です。
ちなみに南山城という美術史的な概念は2014年に京都国立博物館の「南山城の古寺巡礼」で普及したものとのこと。割と近年ホットなところでしょうか。
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国宝、浄瑠璃寺九体阿弥陀修理完成記念の特別展ということもあり、そこから2体の阿弥陀如来像が展示されています。光背が外され、背中が見られる機会はもうないと思います。
概要
聖武天皇が恭仁京を造営し、行基が活躍したこの南山城地域は、平城京と平安京に都が移っても、新旧両都をつなぐ回廊的な役割を果たす地域として重要性を増すことになります。東大寺や興福寺の子院が相次いで建てられ、また山々は修験道の拠点とされました。
その地理的・歴史的要因から中央の仏教美術とやや異なる独特な仏像が残っているのです。
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例えばこの愛染明王ですが、天に向かって弓を引く姿勢をとっており大変珍しい造形をしています。『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経』第五品の「天弓愛染」という、星を目がけて射る記述を表したものです。修験道の感性が注がれています。
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こちらの二像を見ると、京都の東寺の明王像に倣うのがはっきりと分かりますが、とはいえ右足をこれほどまで高くまで上げるものは見たことがないです。中央の様式が南山城に来て変化していくその証のような作例で面白かったです。
中央にない像容、そして中央から変容した像容がたくさん並んでおり、大変刺激的です。
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第5章の行基と戒律復興は特別に面白いなと思いました。やたら文殊菩薩像が多いと思ったら、行基が文殊菩薩の化身とされたことによるとのことで、極めて土着的な理由でした。木津川にかかる泉大橋は行基が架けたりと、行基の活躍した地域だからこその信仰だと思うと、なるほどなと。もちろん戒律や知識を重んじる律宗系寺院が多かったことも加わります。
仏像の像容に限らず、日本美術の展覧会で覚えた謎は基本的に解決されずぼんやりとしたまま会場を出ることが多いですが、今回の展示では図録含め「どこまでわかっているのか」が適切に示されており、理知的な満足感を味わえました。
感想
まずもって貴重な機会でした。南山城地域の本尊がずらりと会場に集まるという時点で奇跡のような展覧会です。
日本美術の展覧会ではひとつの作品を基点に、もしくはひとりの作家を中心に据えたものはあっても、ひとつの地域の様式あるいは特徴を示す展覧会はまとまりが悪く、成功しているといえないものがほとんどです。むしろ例外が多いね、地域関係ないねと思ってしまうものもあります。
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しかし南山城展はそれに成功していました。こう見せたいという意図にふさわしい仏像や仏画が適切にチョイスされており、分かりやすいまでに説得力があります。本尊を借りる実行力が凄いなと。また遠方から仏像研究者が多数押し寄せたのも分かりました。
その成功が仏教美術という「型」が堅牢にある分野だからこそだと言われればそうだと思いますが、「型」や「様式」というものが強固に規定されていた日本の古美術において、それらに対する感性を抜きに自由に見ても、特に面白さはわからないと思います。
近年の日本美術の展覧会は、奇想の系譜偏重と言いますか、「個性」を強調や重視して組み立てて、「型」や「様式」あるいは「中央の権威」への視点が逆に消えていっている気がするので、新鮮でもありました。
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前期展示のみ展示されていた浄瑠璃寺の十二神将も、小さいですが鎌倉時代の漲った緊張感のある像容に感動しました。廃仏毀釈の影響で阿弥陀たちと離れ離れになってしまったため、120年ぶりの集合とのことで感無量です。
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南山城地域は日本屈指に好きな地域でもありますが、さらに興味が湧いて好きになりました。また行きたいです。
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