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重要文化財の秘密(国立近代美術館)の感想

前期に行きました。展示されている作品全てが重要文化財であり、日本の近代美術の展開と「正典」を知ることができるとても良い機会でした。

概要

何より、ホームページの作品紹介の小ネタが面白いです。バーっとピンクに染まり、それを指で拭うことで文字が出てくる仕組みです。遊び心があります。ぜひ試してみてください。

作品は教科書に載っているような作品ばかりですし、美術初心者の方でも楽しめるもので、とても良かったです。明治時代の作品の重要文化財指定の基準は「西洋美術を受容しどう日本の表現に取り込んだか」が主だということも分かります。

菱田春草《絹本著色賢首菩薩図》1907年
国立近代美術館蔵

例えば菱田春草のこの作品には、

衣装のところに点描技法が駆使されています。スーラなどを思わせるもので、まさに西洋美術の流入による日本画の変貌と発展が観られます。とはいえこの辺りは言葉や知識として理解していても、見るだけでは分からないのが難しいところです。それまでの日本美術と西洋近代絵画のセオリーを知っていないと、結局何が何だか分からないで「上手いね」の感想で終わってしまうものでもあります。

重要文化財しか展示していないので、その辺りのケアはありません。最上の「結果」だけが並んでいるので、それのどこに西洋の表現が駆使されているかは示されていても、その過程を表すものはひとつもありません。普通の展覧会ならその作品のための資料や類作を並べて、どうしてこの作品が価値あるものとされているかの補完がありますが、全て重要文化財のためそれがないのです。

みんな知っている作品が並んでいますというだけで、本展の提示するテーマを理解させるには、こちら側の知識や鑑賞体験に頼らざるを得ません。ですからキャッチーなふりをして、地味に美術の素養の要求が多い展覧会だったと思います。

高橋由一の《鮭》の隣には山本芳翠が並ぶわけで、振り返れば萬鉄五郎の《裸体夫人》があって…と豪華といえば豪華なのですが、やはりバラバラでチグハグに思えます。ただ絶対にこのようなチグハグはここでしか味わえないので、違和感含め貴重な体験です。

展示風景 普通の展覧会なら《鮭》の後に膨大な資料と高橋由一の他の作品が並んで、彼の芸術を解説・補完するが、今回はない。

展覧会を見にきたというよりは、アンソロジーを読んでいる感覚に近いものがありました。見応えは当然あり、満足度は高いです。特に途中にあった年表は持って帰りたいくらいでした。

感想

①重要文化財の秘密は解明されたか

いつ、そしてなぜこの作品が重要文化財なのか、という枠組みの文脈は確かに整理されていましたが、上にも書いたとおり、個人の作家としての文脈は蔑ろにされています。一点だけポツンとある展示なのでなおさらです。これだけの展覧会なのですから集客はバッチリできるはずなので、もう少し玄人感を出して、読み物や展示キャプションを充実できなかったかなと思いました。

例えば上にあげた菱田春草にしても、他にも当時の日本画で西洋的な表現法に挑戦した画家はたくさんいるのですが、なぜ菱田春草が数点も重要文化財指定され、他の画家はないのか、ということになります。そうなると理由はやはり個人の画力に行き着くことになります。

菱田春草《王昭君》1902年

説明されている指定基準、例えば「西洋美術を受容しどう日本の表現に取り込んだか」、大正時代になると「巧みさよりも自己表現が問われるようになりました」と言うのは分かるようでいて、やはり例外は幾らでもありますし、なぜあの作品が重要文化財指定されてないんだ、といくらでも思いついてしまうのです。

画家という「個人の文脈」が窺えない展示原理なので、ところどころ説明が腑に落ちないところがありました。とはいえ結局は個人の画力ですとなったら、重要文化財の秘密なんてものは最初からそんなにないわけで、ジレンマになりそうです。

②速水御舟がない

観終わって、何か足りないなあと思った方はだいたい速水御舟好きの方だと思います。《炎舞》と《名樹散椿》は山種美術館の方の展示があるので、近美には来ていません。

速水御舟《名樹散椿》1928年

この2点は昭和期の作品で最初に重要文化財に指定された作品です。このことだけでも本展の趣旨的にはかなり重要な作品になります。私個人の贔屓を抜いたとしても、大人物であり最重要画家のひとりがすっぽりと抜けてしまっているのは、近代日本美術史の総覧を謳っている本展において、ちょっと厳しいものがあると思いました。

③重要文化財という権威について考えられる

普段美術品を見ていても、重要文化財なんだー価値あるんだーくらいしか思わないのですが、本展はまさにそれが主題なので、いつもより「重要文化財」というワードに敏感になります。その権威を念頭に観るのは私も初めてでした。「国宝展」は名品出しの祝祭ですが、重要文化財かつ近代の作品ということで、まだ評価が揺れる可能性がある時代でのものですから、緊張感があって面白かったです。

明治に関して言えば、ほぼ岡倉天心と東京美術学校界隈ばかりなのですね。藝大の権威もおそらくこの辺りに出自があるのですが、非常に偏りがある指定方針であることは間違いありません。少なくとも公平ではないです。それは美的価値なのか後世から見た美術史的な価値によるものなのか不透明ですが、この「重要文化財」という権威は近代美術に関して言えば、多いに偏りがあり、問題のあるものだと思います。

これまでスルーしてきた重要文化財や美術における権威主義について考えさせられる稀有な機会です。

④未来の重要文化財は

その後常設展へ行き戦後美術のエリアに入ると、これは近い将来重要文化財になるのかなと、自然と審査官のように観ている自分がいます。感動や発見を求める受身の鑑賞がほとんどのなかで、権威を与えようという観点から作品を観ることはありませんでした。驚きつつもこれはこれで変わった楽しみ方かもしれません。

文化庁の担当局では重文・国宝指定のリストが上がってきて、それを専門家やチームの人たちで調査しにいくものですから、どこかにそのような観点で作品を観続けている人がいるわけです。すごい仕事だなと思いました。

とはいえそのような見方は結構楽しくもあり、平成の作品で初めて重要文化財になる作品はなんだろうか、と考えたりするのも中々悪くないどころか刺激的ですらあります。

まとめ

見応えがあります。そして美術史とは、権威とはと、普段の鑑賞ではあまり気にならないところへ眼差しが向かう内容でした。本当にレアな機会です。

50年後くらいにまたやるかもしれませんが、ひょっとしたらこの中から「国宝」になっているものも出てくるかもしれません

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