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読書記録(2023年6月分)

今月分の面白かった本を幾つか。ジメジメしていて酷かったですが、色んな出会いがありました。

文芸書

①ガルシア・マルケス&マリオ・バルガス・ジョサ『疎外と叛逆』

ラテン・アメリカ文学の大巨匠ふたり、しかもガルシア・マルケスは『百年の孤独』を出したばかりの、まさに人気絶頂期に行われた対談の様子が収められています。特に面白かったのはヨーロッパ文学との距離の話。我々の文学はマジックリアリズムと呼ばれているがこれはラテンアメリカ地域の「現実」であり、どこもマジックではないということを具体的に述べていくガルシア・マルケスは、どこまでも具体性を愛した人なのだなと思いました。

あのあたりの文学作品を読む態度が変わる気がします。基本作家同士の対談はあまり面白くないのですが、これほど密度が濃い対談はそんなにないように思いました。

②ルキアノス『食客』

古代ローマの文筆家ルキアノスの風刺・諧謔精神が見事に発揮されたもの。中でもギリシャの哲学者を復活させ、ひとりひとり自説を述べさせ、観客に「値段」を付けられるという、奴隷売買×哲学批判が異様な「哲学諸派の競売」が面白かったです。

積読を正面からからかっていく「無学なくせにやたら本を買い込む輩に」は古代人の「知に対する平熱」を感じられます。日本でも古典語を学んだり、古代哲学のすばらしさを語る人はいますが、それはドイツの高校(ギムナジウム)的に美化された古代です。実体としてはルキアノスが笑い飛ばしたようなものだったのではないでしょうか。

③ジュリアン・グラック『街道手帖』

どんな田舎道や寒村からも幻想とポエジーを引き出す、グラックのセンスが光っています。フランス人でも行かないようなところばかり行って、書き散らされた断章の中から日本人の私が何を引き出せるかは分かりませんが、精神的な冒険気分は体験できました。

何よりも挿話がとても面白く、ユンガー(ドイツの作家)の誕生日パーティのことや、シュルレアリストたちとの邂逅の思い出話など、第二次大戦前後のヨーロッパ文壇の答え合わせ、あるいは裏道みたいなところもあって、この本が指す「街道」は過去にも繋がっているのだと思いました。

④角幡唯介『狩りの思考法』

グリーンランドの極地の村に滞在する話なのですが、著者がこれまで書いてきた冒険感やユーモアよりも、真剣に生と死に向き合う厳しい思索が展開されています。非常に硬派な旅行記でした。深いテーマを欲している時に何度でも向き合える、読み応えのあるノンフィクションの傑作だと思います。

美術書・専門書

①野呂田純一『幕末・明治の美意識と美術政策』

1980年代の日本近代美術史研究を決定づけた「制度論」研究。個々の作家作品ではなく、どのような団体や制度が作品の価値づけをしていたかからアプローチする方法論ですが、それの最新版。先行研究のまとめとして書かれた序章だけ読んでも、日本美術史に興味がある人なら得る物が多いと思います。

「美術」は明治になってやってきた翻訳語で、それまでにはなかったので歪んでいるという説明はされがちですが、どうやら幕末の官僚たちの「美術」観を継承したのであって、もう少し古く、また西洋の言う「Fine Arts」の概念にも割と迫れていたということは目から鱗でした。そして明治特有の政治的な出来事から「美術」の内実が変わっていった、という風に展開されます。「制度論」のアップデートにどうぞ。

②木川弘美『異世界への憧憬 ヒエロニムス・ボスの三連画を読み解く』

《干し草車》が象徴的な表紙。著者が発表してきたボスの作品についての論考がまとめられています。レヴューにあるように、ありな書房のこのタイプの本を愛読している人には既視感がありますが、ボスについて深く知りたいならこの一冊、という本になると思います。

③ミシェル・デヴォー『誤解としての芸術』

芸術を規定するのは他者であり制度という前提から書かれた小論の集成。作品の意味は内在しているわけではないので、当然鑑賞者たちによる誤解も起こりえます。だからといって、私たちの評価や鑑賞が間違っているからいけないと糾弾する本ではなく、そもそもアートとはそのように「誤解」を内在するのだという話です。

「誤解」により繋がり広がるアートという営み。ピカソからマウリツィオ・カテランまで様々に論じています。難しい概念が羅列することもないので、誰でも読めると思います。美術評論の初級にいいような気がしました。


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