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罪の重さ。

ボクシングを観るならヘビー級が面白いと思う。でも爬虫類は好きじゃない。今日は少し重めの話。

10年ほど社内でハラスメント相談員をやっていた。ちょうど会社がハラスメントの重要性を考え始めた時もあり、興味のある外部の研修や講習会に片っ端から行かせてもらい、映画やドラマを見て、自分なりにこの役目を果たすにはどうしたらよいのかいつも考えていた。スタートした頃はもっと年上の人生経験の多い女性がなればよいのに、と思っていたが、もともと人が好きなこともあって、この任務を通して女性が働きやすい会社に変えていくきっかけを作りたいとひそかな野望を持っていた。

セクハラからスタートし、次にパワハラ、モラハラとハラスメントの種類は少しずつ増えていった。起きないようにするにはどんな環境にすればよいのか、万が一起きてしまった場合は被害者の女性にどう寄り添えばいいのか、そんなことをいつも考えていた。

相談員になって一年目は何も起きなかった。確か二年目に、会社の携帯に女性から泣きながらかかってきた。話を聞くも興奮状態で、あまり内容が聞き取れなかったが、何となく全体の話は見えたので、すぐに会社が雇用しているカウンセラーに連絡し、彼女の話を時系列にまとめていった。

翌日から彼女は二週間会社を休んだ。その間も電話をしたり、メールをしたりして、とにかく私はひたすら彼女の話を聞いた。加害者の人は部署は違うものの、同じ職場の男性だった。

いわゆる性被害の事件で加害者が顔見知りの確率は75%らしい。それは社内も同じだ。昨日まで普通に挨拶をし、軽い会話を交わしていた相手が何かをきっかけに一変する。信頼関係はもちろん瞬時に崩れるし、そこから暗く長いトンネルに入っていき、誰も信じられなくなっていく。

会社はその日のことを受けて、加害者の男性にヒアリングをし、すぐに異動を決めた。しかし、減給になるでもなく、懲戒処分になることもなく、静かにその部署から消えていった。

ところが、女性の方は一ヶ月もした頃、いきなり会社で倒れ、救急車で運ばれた。医師から、パニック障害と診断された。そこから彼女の心療内科への通院が始まる。その日から電車やエレベーターに全く乗れなくなり、移動は家族の運転による車だけになった。その後、彼女は一人で歩くことさえ困難になった。いつも誰かがそばにいないと不安で呼吸が出来なくなってしまっていた。

彼女の日常生活はもはや誰かの助けがないと成り立たず、その極度に大変な時期は5年ほど続いた。その後、週に一度の心療内科の通院で本当に少しずつだが健康を取り戻し、今はようやく公共交通機関にも乗れるようになった。しかし、それはあの事件の起きた日から8年も経ってからである。

さて、これを読んだあなた(男性)はどう思うだろうか。そんな大袈裟な、と一笑する?

あなたの姉妹や彼女や奥さんや娘さんや姪御さんや孫娘さんがこのような状況になったら、どんな気持ちが生まれるだろう。

自分の育った環境に女性があまりいない人は、そんな具体的なイメージが出来なくて、分からない?

では、あなたの母親が職場や電車や道でこのような目に遭ったらどう思うだろうか。あなたがこの世にいる限り、母親の存在はあるわけで、女性の存在がない世界はありえないはずだ。 

8年間も彼女は苦しみ続けたが、途中、彼女が体調を崩しカウンセリングを受けて休むたびに、まだそんなことを言っているのか、会社の一部にはそのように心ない発言をする人も出ていたので、私はその話が彼女の耳に入らないように必死に情報を遮断した。

男性は新しい異動先で8年も苦しんでいるだろうか。毎月心療内科で治療を受けているだろうか。そんなことはまずないだろう。彼女が受けた苦痛は精神的なものだけでなく、金銭的にも負担がかかっていた。

彼女はこの期間に結婚をしたが、心療内科で処方された薬と不妊治療の薬が合わないとの診断で、最終的に子供を持たない人生を余儀なくされた。大家族を望んでいた彼女は、あの日の出来事が原因だと分かっていたから、今でもふと思い出す瞬間に呼吸が出来なくなると、悲しそうに話す。

セクハラ被害はいつもその事件が起きたタイミングは注目されるが、被害者はその日から再生まで、ものすごく長い長い時間をかけて乗り越えようとしていることをもっとみんなに知って欲しいと思う。

温かいお気持ち、ありがとうございます。 そんな優しい貴方の1日はきっと素敵なものになるでしょう。