見出し画像

【ENYAとO.S.】

少年時代、友達が持っていた〈模型飛行機の雑誌〉を見せてもらった時から、すっかり〈ラジコン機〉の虜になってしまった。

しかし、当時の子供の小遣い銭なんて高が知れている。〈ラジコン機〉よりも安価な、無線機を使わない〈Uコン機〉でさえ手の届くような価格ではなかった。

ところが、飛行機に使用する〈模型のエンジン〉だけなら子供にもなんとか買えそうだったので、まず〈エンジン〉だけを購入することにしたのだった。

友達も〈エンジン〉が欲しいと言ったので、相談の結果「じゃぁ小遣いを貯めよう」ということになり、2人はその日から節約生活を強いられることになってしまった。

・・・・・・・

暫くの間は頑張って節約生活を続けたのだが、結局は親に泣き付いて資金援助をしてもらうというのがオチだった。

・・・・・・・

資金を確保した2人は、早速〈エンジン〉を買いに出掛けた。

ところが田舎町のことだ。オモチャ屋さんはあっても〈模型専門店〉なんてものは無い。しかし幸いにも、ある1軒のオモチャ屋さんだけが、少しだけ〈模型飛行機〉を取り扱っていたのだ。

扱っていたのは〈ラジコン〉よりも廉価な〈Uコン〉に限られていた。大概の物は問屋から取り寄せて貰わなければならなかったが、それでも〈模型のエンジン〉だけは数個の在庫があった。

僕達のお目当ては、店先のショーウィンドウに、仲良く陳列されている2つの〈エンジン〉なのだ。

それは〈ラジコン〉や〈Uコン〉の入門用練習機などに使われることが多い、排気量が(1.62cc)で、シリンダーヘッドの直径が〈うまい棒〉くらいの大きさの、2サイクルグローエンジンである。

〈ENYA―09〉

〈O.S.―PET 099〉

当時の国産模型エンジンメーカーの両雄である〈 ENYA(塩谷製作所)〉と〈O.S.(小川精機株式会社)〉のエンジンである。

ラジコン用のエンジンには、キャブレターに燃料濃度を調整するスロットルが着いているのだが、陳列してある2つのエンジンはUコント用のキャブレターのみの仕様なので、スロットルが無い分、少しだけ安くなる。それでも¥3.000―近くはした。

現在、同じクラスのエンジンが、10倍、又はそれ以上の価格なのだから、子供にはいかに高価な代物であったのかがお分かり頂けると思う。

さて、ショーウィンドウには2種類の〈エンジン〉が並んでいる。

どっちにしようか大いに迷うところである。僕は友達に訊いてみた。

「〇〇君は〈ENYA〉と〈O.S.〉どっちがええ?・・」

「そうじゃのぉ・・■■君は?」

「・・じゃぁ、僕が〈O.S.〉にしてもええかのぉ~」

話し合った結果、僕が〈O.S. 製〉を、友達が〈ENYA製〉を買うことになった。

エンジンだけを買ってどうするのかと言えば、エンジンを掛けて回して遊ぶのである。

〈グローエンジン〉と呼ばれる模型エンジンは、アルコールと潤滑油の混合燃料で動く。基本形式が〈焼玉式エンジン〉で、点火する為の〈グロープラグ〉が必要だった。

その他、〈燃料〉〈燃料ホース〉〈燃料タンク〉〈燃料ポンプ〉〈バッテリー〉〈十字レンチ〉〈プロペラ〉〈バッテリーコード〉などを買い込んで店を後にした。

・・・・・・・

待ちに待った日曜日、エンジンと小物、そして2ヶ所にエンジンが取り付けられるように細工をしたリンゴ箱を持った2人は河原に到着した。

いよいよ、エンジンの初始動なのだ。専門用語で〈ブレークイン〉というらしい。

これが超アナログで大変なのだ。

4本のボルトナットで、リンゴ箱にそれぞれのエンジンを取り付ける・・

シャフトの先にプロペラを嵌めてナットで締める・・・

シリンダーヘッドのプラグの締め付けを確認する・・・

燃料ホースをエンジン側と燃料ポンプ側のノズルに差し込む・・

燃料缶から、燃料ポンプに燃料を入れる・・・

燃料ポンプから燃料タンクに燃料を注ぐ・・・

キャブレターの吸気口を指で塞いでプロペラを1回転させ、燃料をエンジン内に導く・・・

バッテリーに赤と黒のコードを繋ぎ、双方の反対側を、プラグの頭とエンジン本体に接続する・・

すると、プラグ内の渦巻きになっているニクロム線に電気が通って赤熱する・・・

続いて、プロペラを反時計回りに指ではたくように回す・・

燃料が程よくシリンダー内に回っていれば、赤熱したプラグの熱で燃料が爆発してエンジンが掛かるのだ。

ところが燃料が行き過ぎてオーバーチョークになったり、その燃料でプラグの電熱部が濡れて赤熱しなくなったりで、おいそれとエンジンは掛からない。

「プルン・・プルルン・・」

ちっとも掛からない。

プラグを外してコイル部分を乾かしたり、燃料を送る量を調整したりしてやっと掛かるのだった。

「プルン・・プルン・・プルルン・・・」

「プルン・プルン・パリンッ❗️」

「プルン・パリン・・バリバリバリバリバリビ~~~~~~~~~ン」

「やった~っ❗️掛かった~っ❗️」

最初に掛かったのは友達の〈ENYA―09〉だった。

プロペラに指を弾かれないように注意してニードルバルブを回して燃料の量を調整する。

やがて僕の〈OS―PET 099〉も快調に回り始めた。

僕のO.S.エンジンはシリンダーが黒くてカッコいい。やっぱりO.S.にしてよかったと思っているのだが、それでも友達のENYAエンジンの、銀色に輝くシリンダーが気になって仕方がないのであった。隣の芝生は、いつでも青く見えるのだ。

ところで、模型のエンジンの音なのだが、これが甲高くて非常に大きい。15.000回転くらいの高回転で回すと、もう会話なんて聞き取れない。例えば草刈り機のエンジン音などの比ではないのだ。

だから、排気音を押さえる専用の〈マフラー〉が別売品で売っている。しかし、お金が出来れば〈燃料〉を買うことが最優先されたので、〈マフラー〉を取り付ける余裕などは無かった。

あまりのエンジン音に、やって来たオジサンに大声で注意されたこともあったが、その声もエンジン音にかき消されてしまって、2人の耳には殆んど届いてはこない。

こうして2人のエンジン遊びが始まった。

・・・・・・・

それから半年後に、2人は〈Uコン機〉を買って飛ばすことが出来たのだが、高価な〈ラジコン機〉を購入することはついぞ叶わなかった。

結局、憧れの〈ラジコン機〉を手に入れたのは、20歳を過ぎてからであった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?