見出し画像

【モーニングの客】

若い頃、あるファミレスで仕事をしていたことがある。オーダーを取ったり料理を運んだりするホール担当の仕事で、その頃は、朝の8時から夕方までのシフトで勤務していた。

ところで、常連客というのはどこの飲食店にもいるもので、そのファミレスにも、当然何人かの常連客がいた。

その中のひとりに、モーニングを食べに来る40過ぎくらいの男性客がいた。

この男性客は、〈Aセット〉〈Bセット〉〈Cセット〉の3種類あるモーニングセットの中から、決まって、目玉焼き2個・ソーセージ・ハッシュドポテト・トースト・コーヒーがセットになった〈Bセット〉をオーダーする客であった。

彼が座る席は決まっていて、空いていれば、必ずカウンター席のレジ側の端の席に座った。そしてホール係の女性を捕まえてはウダウダと話をするのが常であった。テーブル席には絶対に座らない。

その客は、なんでも、大手自動車メーカーの製造ラインで働いていて、夜勤明けにこのファミレスにやってくるのだった。服装はいつも作業着のままである。

忙しい最中さなか、話に付き合わされるホール係の女性も堪ったもんではないのだが、そこは接客業だ。ニコニコしながら相槌を打つ彼女なのであった。

すると、調子に乗ったその客は、聞きたくもない仕事の話をし始めるのである。

「あのさぁ、車を組み立てるのは大変なんだよ。短い時間で完璧に組まないと全体に迷惑が掛かってしまうんだからな。最悪、ラインを止めるようなことにでもなったら大事おおごとなんだぞ❗️」

「そうなんですか❗️大変ですねぇ~」

彼女にとっては、たった今デシャップに上がった料理を他のお客さんに運ばなければならないところを、この男にとっ捕まって動けないことのほうが余程大変なのに、それでも愛想を繕う彼女なのであった。

ところが、その男は更に続けるのだ。

「あんたらぁええよなぁ~・・ニコニコして料理を運んで、優雅にお客と話をしとけばそれでええんだから・・」

そんな遣り取りが耳に入っていた僕はカチン❗️ときた。

「お客さん、あなたの仕事はさぞや大変でしょう。我々には出来ない仕事だとは思いますが、だからと言って、我々の仕事を優雅にコーヒーやら料理を出しとけばいいんだろ❓️なんていう認識は誤っています。忙しい中、あなたの了見の狭い蘊蓄を聞かされる彼女の身にもなってみて下さい。どんな仕事だって楽な仕事はありません。自分の仕事だけが大変なんだといい切って、ファミレスの接客業を鼻で笑うようなことは止めて頂きたい。じゃあ、あなた、ファミレスの接客業をやってみて下さい。ウェイターとして一人前の仕事が出来て、ウザい客の自慢にもならない話を笑顔で耐えられるのなら、あなたの話を聞いてもあげましょう。あなたのような人を自惚れた世間知らずって言うんですよ」

・・・と、言ってやりたいところを、グッ❗️とこらえた僕なのであった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?