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過去と未来をモノづくりでつなぐ。めざすのは人と自然の大きな輪「堤淺吉漆店」

京都市では、世界の平均気温を1.5℃までに抑えて、「将来の世代が夢を描ける豊かな京都」を実現するため、2050年までに二酸化炭素を出さない社会・経済活動への転換を目指しています。そのためには、市民の皆様一人ひとりの生活が、二酸化炭素を出さない、脱炭素なライフスタイルに変わっていくことがとても大事です。でも、脱炭素なライフスタイルって言われてもよくわからないし、めんどくさそう……と思われる方も多いのではないでしょうか。
連載「こんな取組が始まっています。あなたも参加しませんか?」では、参加することで日々の生活がちょっと脱炭素に近づいていくような、身近な取組をご紹介します。

仏光寺のほど近く、昔ながらの商店が立ち並ぶ間之町通りの一角に「堤淺吉漆店」があります。工房には漆の入った樽がずらりと並んでおり、漆を攪拌(かくはん)する機械のリズミカルな音が響いています。

明治42年に創業し、100年以上にわたり漆の精製と販売を行ってきた「堤淺吉漆店」。今回は四代目の堤卓也(つつみ たくや)さんに、漆工芸と環境の繋がりについてお話を伺いました。

次世代に、天然素材の漆をつないでいくために

堤氏

ーー堤さんは、「堤淺吉漆店」の四代目ですね。初めから家業を継ぐつもりだったのでしょうか。

そのつもりはなく北海道で働いていたんですが、17年前に呼び戻されました。その頃は、製造に手間がかかり人手も足りなかったので仕事は忙しかったんです。でも、明らかに取引量が減りはじめ、漆の業界は縮小傾向にあるんだと気づきました。

というのも、1本の漆の木からとれる樹液はわずかで貴重なうえ、樹液を採取する「漆かき職人」は高齢化して人手不足。そのため原価が上がり、不景気で値上げもできず利益は下がる一方でした。

国産の漆の生産は全体のたった5%しかなく、中国産漆がもし輸入できなくなったら……と心配は尽きません。漆の製品を目にする機会も少なく、日常的に使われていないものが生き残っていけるのだろうかと考えたりもします。

ーー縮小する業界にも関わらず、なぜ漆屋を続けることを決めたのですか。

自分の代だけ続けばいいかもと思ったり、何か変えたいと考え直したり。しばらくは悶々としていました。

でも、僕自身は毎日漆と向き合ううちに、使い込むほどに美しくなる漆に魅了されていきました。子どもが生まれたこともあり「次世代に漆を残したい」と強く思うようになりました。

そこで、とにかく今できることをやろうと様々な取り組みをスタートさせました。

小さな一歩から、仲間が集まり、大きな活動へ

循環可能な素材としての漆の魅力と漆とアライア(木製サーフボード)で表現

ーーその思いから、どのようなことに取り組まれたのでしょうか。

まず、2016年に「うるしのいっぽ」という冊子とWebメディアをつくりました。

漆の魅力を業界の外に伝えるのが目的です。環境問題の解決に直接影響を与えられるわけではないのですが、読む人の漆に対する価値観が変わればと思っています。

何より、ここから始まり、その後もアクションを続けるという意味を込めて、この活動を「vol.0」としました。僕たちにとって、原点となった活動です。

ーー「うるしのいっぽ」を皮切りに、どんな活動をはじめられたのでしょうか。

次に、「vol.1」としてサーフボードに漆を塗る活動を始めました。漆には抗菌性や撥水性といった特性があることをどうすれば伝えられるかと考えていたとき、自分が好きでやってきたサーフィンと漆がうまく重なりました。

その後、古代ハワイアンが乗っていた木製サーフボードを甦らせた、オーストラリアのトム・ウェグナーさんと知り合い、ともにサーフボードに漆を塗る「ウルシ・アライア・プロジェクト」を実行に移しました。国境を越えて漆の価値を共有し、「きれいな海を残そう」というメッセージを伝えるアイコンにもなりました。

ーーさらに次へと続いていくのでしょうか。

工藝の森で漆の植栽

2019年には京北で「一般社団法人パースペクティブ」を立ち上げ、「植えることから始まるモノづくり」ができる場所を目指して、漆と桐の植林をはじめました。

京北にトム・ウェグナーさんを招いてサーフボードをつくるワークショップを行いました。山で海のものをつくる。まち(都市)ができることによって分断された山と海を再び繋げるという意味も込めています。将来、自分のサーフボードが地元産の桐の木で作れたら最高じゃないですか。僕たちは、そんな未来を想像しながら木を植えています。

産業として存続するために「小さくても強い輪」をつくる

ーー取組をつづける中で、気づいたことはありますか。

今の大量消費、大量生産社会の中で、傷ついているのは地球環境と僕らの心だということです。地方で生産し、都市で消費するビジネス中心の社会で、心は豊かになっておらず、工芸も力を失っています。それをもう一度、世の中に戻すためには、「小さくても強い輪」が必要だと感じています。

ーー「小さくても強い輪」とは、具体的にどういうことでしょうか。

木地師も製材屋も林業家も塗師屋も、みんなが自然からいただいたものを大事にモノづくりをし、繋がってよくなっていくという考え方です。

僕は、自然素材を使った人の手によるモノつくりが工芸かなと思っています。そこには素材が育つまでの時間や使える量といった、人と自然のバランスがあります。作れる量は限られるけど、その輪を壊さない限り循環可能な営みです。輪をいきなり現代社会のモノつくりと同じ量で行うことは難しいですが、それが昔から営まれてきた地域で行うことは可能だと思います。各地域の特徴で発展してきた工芸を、現代の形で地域ごとにもう一度小さくても強い輪っかを作っていくこと。その輪がつながって大きな輪ができた時、工芸にも地球にも良い環境も残せるんじゃないでしょうか。

15年育てたウルシの木から少しずつその樹液をいただきます

ーー人とのつながりをとても大事にされているのですね。

それが一番大事なんです。そもそも京都の工芸は、ほとんどを分業で行い、人との繋がりを基盤にしています。創業時から100年にわたり、曽祖父から繋ないできた「縦」の軸と、サーフボードの制作を通じて出会ったアーティストや、植樹する人たちなど業界の枠を超えた繋がりからできた「横」の軸。その掛け合わせで、漆の工芸が生み出されています。その繋がりを、次世代へとつないでいきたいですね

2050年は、「自分のものは自分でつくる」ライフスタイルに。

ーー2050年に脱炭素を達成するため、理想的なライフスタイルとは、どんなものだとお考えですか。

生活で使うものは自分たちでつくり、直して長く使うことのできる生活ですね。1年間ほどニュージーランドで暮らしていたことがありますが、理想的な生活でした。

週末には、家の前に使わなくなった物を並べて、ガレージマーケットをして。みんな古い車を直して大切に乗っているので、僕がエンジントラブルで困っていたときも、止まって助けてくれるような人ばかりでした。何でも自分で直して使うことが当たり前の生活は豊かでしたね。

ーー理想のライフスタイルを実現するために、どんなことができるでしょうか。

それぞれが「モノづくりに関わること」でしょうか。例えば、野菜づくりをやってみると、農家さんのようにおいしくできないので、「難しさ」がわかります。そしたら、大事に食べようと考えるし、価値観も変わっていく。

手軽な取組として、天然漆と純金粉で本格金継ぎが体験できる「金継ぎコフレ」や、自宅で制作体験ができる「ふきうるしキット」など、漆に関わる敷居を低くするために生まれた取組に参加していただくのも一つだと思います。

僕らは、手を動かしながら、自分が何と繋がっているのか「関係性を知る」きっかけを提供していきたい。僕たちの活動が誰かのきっかけになり、結果として環境がよりよくなればいいなと思います。

関連リンク
・堤淺吉漆店
 
https://www.kourin-urushi.com/

・うるしのいっぽ
 
https://www.urushinoippo.com/

・BEYOND TRADITION PROJECT
 
https://www.rethink-urushi.com/surf

・一般社団法人パースペクティブ
 
https://www.forest-of-craft.jp/


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