中途半端な記憶力の良さは呪いしか生まない気がする

記憶力、もの覚えが良いという人とそうでない人がいると思う。中には円周率をとんでもない桁数まで覚えている超人的な記憶力の持ち主もいるだろう。円周率を覚える意味はなさそうだけど。

私は、別にそんな超人的な記憶力はないが、よく周りから記憶力が良い方だと言われる。高校のクラスメイトの名前は未だに出席番号順に言えるし、そういう覚えていても仕方ないようなことをよく覚えているのだ。ちなみに私の出席番号は15番だった(死ぬほど関係ない)

例えば、この脳みそを上手く使いこなすことができる人もいると思う。友人の好みや誕生日を忘れなかったり、だいぶ昔に会った人の名前をすぐに思い出せたりと、有効に使える場面は日常に山ほどあるだろう。

しかし、私の場合そうもいかない。やたらどうでもいい事はよく覚えているくせに、病院の予約を忘れたり、ついさっき確認した買う必要のあるものを忘れたりと、自分で自分の能力を使いこなせていないのだ。何回歯磨き粉を買い忘れるんだ。

つまり、私は自分で覚えようと思って色々なものを記憶している訳ではなく、無意識によく覚えているものがとても多いのだ。友達の誕生日は忘れるくせに好きな芸人のネタは一言一句全部覚えている無駄っぷりだ。

さて、このようにハンパな記憶力を持っていると、とある苦難に見舞われることがある。

それは、思い出したくも無い記憶が付きまとうことだ。

そんなの記憶力とか関係なくみんなにあるもんじゃない?とも思われるだろうが、思い出す頻度がハンパじゃないのだ。

例を挙げると、別れた恋人や自分と関係の切れた人間が好きだった食べ物、音楽、場所、アニメ、ゲーム、その他諸々を見聞きする度に、その人のことを思い出すのだ。無意識に覚えている記憶が濁流のように溢れ出すのだ。

他にも、人間の脳みその都合上、嫌なことほどよく記憶に残るようで、毎日生活を続けて嫌なことが起こる度に、嫌なことを思い出すものが雪玉式に増え続けていくのだ。てか雪玉だったらもうそろそろ人が轢かれるくらいの大きさになっていそう。

よく昔の嫌なことはもう忘れたと語る人がいる。昔のクラスメイトの名前なんて1人も覚えてないやつもいるし、とりあえず今しか見てない友達もいる。そんな中私は、勝手に溢れ出てくる昔の記憶に蓋をすることも出来ず、脳みその容量を圧迫され続けているのだ。

これはもはや呪いではないか、と自分で思う。後悔なんかしていないつもりでも、記憶は容赦なく溢れかえり、今の景色を見えなくしてくる。しかもそれは、今も尚増え続けているのだ。コバエかな??

この呪いを解く方法は、自分でもよくわかっている。それは、新たな楽しい記憶で上書きすることだ。

例えば、失恋したなら新しい恋人を作ればいい。友達と絶交したならまた新たな友達を作ればいい。

解決策はいつも単純明快で、1番難しいものだ。私はまだまだ、上書きできているものが少ないらしい。

いつの日か、私のこの呪いを全て解いてくれる人と出会うことが、私の今後の人生のちょっとした楽しみであり、果てしない夢なのだ。

もし出会わなかったなら……ここから先はあまり考えたくない。泣いちゃう。

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