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忙しさの回避術②

というわけで私は現状の分析から始めた。なんの事か分からない方は前回の記事を参考にしていただいても構わないのだが、見て頂いたところでガッキーや石原さとみが結婚してしまった事実も、そして明日の会議で発表しなければならない前学期の成果報告と新学期の進度計画を何一つしていない事実も覆らない事は先に述べておく必要があるだろう。

ところで分析作業は思いのほかスムーズにいった。これもひとえに私が一流の教師である事に起因する。他にも以前「日本語教師は忙しい」というシリーズ記事を4本書いていた事が大きかった。なにせ過去記事を読むだけで忙しさの原因が手に取るように分かったのだから。興味のある方はぜひ読んで頂きたい。皆様の時間を無駄にする事はお約束できる。因みに私は「日本語教師は忙しい④」だけ読んで①から③は読まない事にした。なんとなく内容が想像できる上に被害者の方(私)の心情を察するとあまりにも忍びなくなるからだ。

さて分析を終えたところ以下の結論に至った。

①税金はきちんと納める
②昼ご飯はらーめん花月嵐にする
③今の学校を辞める

①に関しては放っておいても敵から取り立てに來るし②は①を放置しておけばそれぐらいの財力があるので良いのだが、問題は③だった。辞めるのは非常に簡単な上、なんだったら今の学校からも感謝されるであろう。人に感謝されるのはやぶさかではないのだが、次の勤務校を確保しない以上は①と②が達成できなくなってしまうのだ。

そんな折、ジャッキー阿部を名乗る不審者から以下のような怪文書が届いた。

なんか面白そうな募集が出てるよ

恐る恐るリンクされた先に飛んでみると、意外な事に某国立機関からの大変面白そうな求人案内だったのだが、ひとつ気になるのが応募の締切期限が迫っている事に反比例し、送付資料が膨大だった事だ。流石に国立の機関だけあってしっかりしている。それに引き換え現在の勤務校ときたら、民間求人サイトの【応募する】をクリックしただけで翌日、人事主任がウッキウキの声で「応募ありがとうございます。来週面接しますから来られますか~( ´ω` )」と電話をかけてくる始末だ。そんな事を突然言われても此方にだって心の準備がある。なにせ前日の晩、酔っぱらって寝落ち寸前の時に間違ってクリックしちゃってたようで、どこに面接に伺って良いのかも分からなかったのだ。結局家に帰り件の求人サイトの履歴をチェックする羽目になり、意味も分からず新幹線で学校へ向かい、着いたら何処かの学科が卒業公演やってるとかで猛烈な客引きに遭い、学長、前学長(←?)など7名の前で模擬授業をさせられ、質疑応答の際に先ほど受けた悪質なキャッチセールスの話をし、タクシーで新幹線の駅に着いたのでモスバーガーでご飯を注文している所に電話が鳴り「採用決定したので来学期から来てくださいねー」と言われ今に至るのだ。

それはさておき、私は応募の際に必要になる膨大な資料を以下の3つに分類することにした。

①自分で準備しなきゃいけないもの
②自分で準備しなくていいもの
③間に合わないので無視するもの

この場合、もちろん②から始めるのが定石だ。なにせ自分は連絡一本入れるだけで他は何もしなくて良いのだから。そのうちの一つに「推薦書2通」というのがあったので、取り合えずこの話を持ち掛けてきた不審者と、そして以前の記事でもご紹介した妖怪、ではなく台湾日本語教育界の重鎮にお願いする事にした。

※参考記事

LINEで推薦書の依頼をすると快く引き受けてくださった上、『そこの機関、数年前にも一度募集出してて、ある人間に頼まれて推薦書かいたけど全然通らなかったのよね。なんか出来レースって話もあるしね』という有難いお言葉まで頂いた。何はともあれ、やるべきことを全てやった私は充実感に満たされ、心置きなくYoutubeで焼肉動画を堪能する事ができたのだが、ここで計算外の事が発生した。というのもお二方とも迅速に推薦書を仕上げてくださったのだった。これにより「推薦書が間に合わなかったから応募できなかった」という大義名分が使えなくなり、①の「自分で準備するもの」の対応に追われ焼肉動画どころではなくなったからだ。

しかし応募資料を準備している際に別の問題が発生した。というのも、その中に健康診断書というものがあったからだ。幸い毎年学校で健康診断は受けているものの、毎年全ての項目に「異常なし」と書かれ、何ら変わり映えのしない無聊なものだったので捨てちゃっていたのだ。もちろん病院へ行って受けなおせば良いのだが、問題は締切期限が6日後に迫っている事に加え、その期限日は台湾の祝日であり月曜日であった。土日は健康診断を受け付けてない事を考慮すると実質3日で準備する必要に迫られたのだ。さりとてここで応募を放棄すると不審者はどうでも良いとして、もうお一方の重鎮に「せっかく推薦書書いたのに」と笑顔で叱責される危険性も否めなかったので、取り合えずどうにかする必要があった。幸いその日は一日授業がなかった事に加え、オンライン授業に移行していたので学生も学校にはいなかったので邪魔される心配もなかった。なぜオンライン授業にも関わらず教職員は全員出勤しなければならないのかという疑問は一旦忘れ、私は午後からの半休申請を済ませ、健康診断をしてくれそうな大きい病院をGoogleマップで調べたのだった。

しかし上手くいかないのが人生である。そもそも上手くいっていれば今頃アラブの石油王の息子として生まれ、一夫多妻制を心から享受していたはずなのに、現実は金も妻も石油も信用もない上に健康診断書もないのである。顔だけは彼らに近いのにも関わらずだ。そう言えば昔、韓国人の女の子に「韓国のスターに似てる」と言われたのでウォンビンやチャン・グンソクかと思いきや、彼女のスマホに映し出されたのは見慣れぬ男だった。他の韓国人に聞いてみると、そのスター(名前を失念)は本国で「アラブ王子」と呼ばれているとの事だった。

そんな事はさておき話の続きをしよう。午後から受診する病院を選んでいたところ、何故か私のクラスの学生がオフィスに入ってきたのだった。それもとびっきり喧しい奴が。取り敢えず早く帰ってもらわない事には病院の予約も出来ないので、お茶を濁してお引き取り願おうと以下の質問を投げかけた。

『就職先どうなった?』

彼女は飛びっきり喧しい上に面倒くさい学生なのだが、大変才能に溢れており、学業も優秀である上に人たらしに於いては天下一品なのだ。何せ身の回りの物の殆どを数多くの男たちに貢がせているような傑物なのである。当学科では毎学期、各分野の第一線でご活躍中の人物を招いて講演会をするのだが、マーケティングやマネジメントなどを講演してもらうより、彼女に「貢がせ方講座」を開かせた方が学生達にとって遥かに有意義なのではと常々思っていたものだ。ともかく、そんな彼女が①卒業後は進学せず就職する ②すでに就職先は引く手あまたである という2点を知っていたので適当にお茶を濁す目的で上記の質問を投げかけたのが大誤算だった。もちろん詳しくはプライバシーの関係で言えないのだが、(本人曰くところの)様々な理由から実家を離れるのが難しく、結果として既に頂いている内定先(それも数件)には就職できないとの事だったのだ。

『所詮わたしの人生なんてそんなもの。もう人生に希望は持たない』と嘆く彼女を希望通りの道に歩ませた上、早くお引き取り頂き午後の健康診断の予約を入れる事が担任としての私の責務だったので、あの手この手で説得を試みたのだが、普段どれだけ機嫌が良くとも私の話だけは聞き入れない人間が失望した上に自暴自棄になっているのである。どう考えても聞き入れるはずがないだ。そうこうしている間に午前も終わろうとしていたので、私はもう一つの責務である病院への予約を試みる事にした。流石に学生の目の前で自分の就職活動のための電話を入れるわけにもいかないので、一旦席を立ち場所を変えて連絡することにしたのだ。

そもそも病院という所は恐ろしいところだ。先ず看護師さんが怖い。それは私の妹が看護師を長くしている事からも証明されている。私は恐る恐る大病院の健康診断センターに電話を入れたのだが、ここで予想外の事が起きた。なんと電話に出た(恐らく)看護師さんの声が非常に可愛かった事に加え、大変親切だったのだ。その100分の1でもウチの妹にあったのなら、こうも病院に対する悪印象はなかったであろう。何せつい先日も日本から『コンバースの〇〇モデルが台湾で売られているので二足買って送って来い』という指示を一方的に下し、Googleマップを片手にした実の兄に3軒ほどの店を回らせた上、かわりにフォルクスワーゲン・ビートルの花挿し(台湾では買えない上に日本のサイトで台湾のクレジットカードが使えなかった。しかも値段はコンバースの半額以下、つまり私に使わせた金額の4分の1以下だった)をお願いしたところ、『それは人生に不要だ』と一方的に却下してくるような奴なのである。

ともかく私はその電話に出てくれた奇跡的に声が可愛く親切な看護師さんに健康診断を予約したい旨を伝えると、『どういった用途なのか』と聞かれたので正直に『〇〇(機関名)に応募するんです』と答えた。すると帰って来たのは以下の2種類の健康診断だった。

①血液検査を行うもの
②上記に加えレントゲン検査を行うもの

曰く①だと診断書発行まで1週間、②だと2週間かかるとの事だったのだが、こちとら6日後が提出期限であるのに加え、土日祝日を考慮すると3日後には診断書を受け取る必要がある。その旨を伝えると『しかし公的機関への応募ですと最低でも①が必要になります。でないと応募の段階で弾かれてしまう可能性が…』と心からの関心を寄せて頂いたのだ。なんと素敵な白衣の天使であろうか。私は男らしく『取り合えず一番テキトーなので大丈夫です』と伝え、心配する彼女をよそに暫し全然別の話題で歓談した。かくして身長・体重・視力・脈拍といった、その場で結果の出る最も簡単で早くて安い、まるで吉野家のような健康診断の予約を入れ、席に戻ってみると何やら見覚えのある顔の人物が怪訝そうな表情を浮かべ呟いた。

『あんたなんで妙にウキウキしてるの?』

そうだった。先ほどまで人生相談を受けていたのだった。天使のあまりの素敵さに一瞬その事を忘れていたのだったが、私はプロの教師としてそのような事実は微塵にも見せることなく返答した。

『予約入れた先の看護師さんの声がめっちゃ可愛くてさ。ところで何処まで話してたっけ?』

すると

『はあ?(怒)ってかアンタ前も『〇〇の店員さんが可愛くて…』とか言ってなかった?何なのその惚れやすさ!なんかさっきまで真剣に思い悩んで泣いてたのがバカバカしくなってきた。私帰るわ!』

と一方的にまくし立てて帰っていった。図らずしも「穏便且つ迅速にお引き取り願う」という、もう一つの目標を達成した私は、その日の午後、病院で簡易検査を受け、他にも不備のありまくる書類には目をつぶり、取り合えず用意できたものだけを添付して某機関にメールした。

それから数日経ったある日、件の学生から

『当初希望していた内定先に就職が決まった。来月から仕事始めなので来週からは引っ越しの準備を始める』

とのLINEをもらった。そしてその翌日、某機関から【第一次審査合格】とのメールが届いた。




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