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夢(?)に救われた話し…シンゴロ様後日談

学生時代、私は東京の小田急線経堂駅から3分程の距離に位置する木造アパートで暮していた。部屋は四畳半一間でトイレは共同、おまけに汲み取り式という、現在の学生諸君には絶え難い代物であろうが、好立地が気に入り、学生生活2年目にこのアパートへ引越したのだ。
引越し後、未だ三ヶ月にも満たないある晩、新宿で開かれたゼミのコンパに参加し、アパートに帰りついたのは深夜の二時を過ぎていた。気の置けない仲間との宴会ゆえつい痛飲し、そんな時間にどうやって帰り着いたのかすら覚えてはいない。とにかく泥酔状態で、帰り着くなりそのまま倒れ込むように眠りに落ちた。
そんな酔い方をしたあくる日は、決まって酷い二日酔に悩まされるのが常だった。食事を取るなどもっての他、水分の補給すらままならず、ある時など、せっかくそんな時の為に用意していた二日酔の薬を飲んだのに、そのまま戻してしまったという笑えないことすらあった。決して自慢できる話しではないが、その翌朝も必ずそうなる筈だったと、今でもハッキリ断言できる。
ところがその晩、隣家から出火した火が私が住んでいたアパートにも燃え移り、半焼してしまったのだ。後で知ったことだが、消防車が放水を開始したのが三時半頃だったそうだから、そんな酩酊状態で僅か一時間半程の睡眠時間しかなかったことになる。単に睡眠時間が不十分だったと言っている訳ではない。恥を忍んで白状したように、当時の私の状況ではそんな時間に起きて避難するなど至難の業で、そのまま意識が醒めず焼け死んでいたとしても決しておかしくはなかったのである。
実はこの話しには不可思議な背景がある。信じ難いかも知れないが、実は私は夢(?)に救われたのだ。その晩、泥酔して眠りこけていた私の耳元に、何やら耳慣れぬ響きが聞こえてきた。人の話し声ではない。さりとて、鳥獣の鳴き声とも異なり、ましてや単なる騒音などでは決して有り得ない。それは実に奇妙な、正に響きとしか表現のしようが無い類のものだった。そのうち、何やら影のようなものが意識の中に現れてきた。最初はそれが何なのか全くわからなかったのだが、徐々にあるものの姿が連想されてきた。金縛りを経験したことのある人なら、その時の感覚を思い浮かべていただければ近いかも知れない。何故かその時、私にはそれが狐のように感じられたのだ。狐が私の体の上をせわしなく行き来しながら、耳元で例の奇妙な響きを立てていたのである。その姿は確かに狐と感じられたのだが、その声は全く異なり、やはり私には響きとしか表現できないものだった。
次第に私の意識は醒めてきた。そしてゆっくりと目を開けると、何と窓の外が炎で真っ赤に染まっていたのである。同時に消防車のサイレンや、避難した人々の叫び声、等々、けたたましい人為的な騒音が、一挙に私の耳に飛び込んできた。驚いて飛び起きたものの、いつもなら酷い二日酔の不快感に襲われ、再び倒れ込む筈だった。が、どうしたことか意識もしっかりしており、体調もすこぶる良好だった。そして無意識とも言える状態で、とっさに動き易いジャージに着替え、財布やキャッシュカード等、最低限の貴重品だけを持って、機敏に外へ飛び出していたのである。
突然飛び出してきた私に、既に避難していた人々は驚きの様相だった。何でも出火後、何人もの人が大声でアパート内を駆けまわり、住民を避難させていたそうなのだ。それ程の騒動にも拘らず、私の部屋からは何の物音もしなかったことから、てっきり留守だと思われていたこと、さらには私が飛び出したタイミングが、正に火がまわる直前だったことが、その一因らしかった。
幸運はまだ他にもあった。私が飛び出した直後に消防車による放水が始まり、水浸しにはなったものの、私の部屋は焼失をほぼ免れたのである。後にアパート自体はもちろん取り壊され、備品の大半が水浸しにはなったものの、ちょっとした修繕で引き続き使用できたのである。決して裕福ではなかった当時の私にとって、これは大きな幸運だったことは言うまでもない。
さて、腑に落ちないことが三点ある。一つは、酩酊状態で眠りこけていた私を夢(?)を通して起こしてくれたものはいったい何だったのだろう? 仮にも火事騒動で、たくさんの人や消防車の喧騒があったのだから、泥酔状態だった私が夢うつつにそれを勘違いしただけと言われればそれまでではある。しかし、どうしても私にはそうは思えないのだ。おかしな表現かも知れないが、あの夢(?)の中で、私の意識は実にハッキリしていたのである。
二つ目は、あれだけ泥酔し、しかも僅か一時間半程の睡眠しか取れておらず、普段ならほぼ間違いなく酷い悪性の二日酔に悩まされていた筈なのに、そんな気配が微塵もなかったことである。寧ろ気分は爽快とも言える状況で、体も実に機敏に動いてくれた。「火事場の糞力」という言葉もあるように、確かに非常時には人は信じられない力を発揮できるものなのかも知れない。しかし常識的には、少なくとも当時の私の状況では、そんなことは決して有り得なかった筈である。
三つ目は、私の部屋が焼失をほぼ免れたことである。これこそ単なる偶然の賜物なのかも知れない。あるいは火元の家屋とアパートの立地構造から、論理的に説明する事も可能かも知れない。しかし私は当時、そうした物理的な理由意外の、何らかの超越的な力(?)の介入を確かに感じた事実を否定できない。
実は私には、おぼろげではあるがその正体が観想できていた。もちろん明確な根拠がある訳ではないが、心の中に自然と涌き出るように、何故か当時漠然とそう感じたのである。それは私の故郷で信仰されている、「シンゴロ様」と呼ばれる稲荷神だったに違いないと…。

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