SS:失敗と前向き

『また、失敗したなあ』
下を向いて、夜道を歩いていると電灯の明かりが足元を照らしていた。
電灯の真下で、私は顔を上げた。
その時に初めて、今日が満月で夜空が綺麗だったことに気が付いた。
「今日は昼間の天気が良かったから、夜空も綺麗なんだ」
ポツリと独り言が出てきた。
私は今日、失敗をしてしまった。
だから、という訳ではないけれどもいつも以上に下を向いて帰っていた。

私は元々上手く人間関係を築くのが苦手。
単純に人と一緒にいるときに何を話したらいいのかが分からなくなってしまい、黙り込んでしまうことが多い。
そうすると、大体の人から「何を考えているのか分からない」と言われてしまい仲が深くなることがない。
私からすれば、私以外の人間の方がよっぽど何を考えているのかが分からないのだけれども、それは口に出してはいけないことだったみたいだ。
今日、仕事が終わった後に最近仲良くなった人とお酒を飲んでいた。
「ねえねえ。最近仲良くなれたけどさ、もっと色々腹割って話そうよ!」
向こうもお酒を飲んでいるからか、少しばかりテンションが高いようだった。この人とは私が唯一何もかもを話していて引かないで一緒にいてくれる友達から紹介された。
「きっとね、仲良くなれると思うんだ。私以外にも友達がいた方が良いよ」
そんな偽善的なことを言われてしまって、戸惑った。
でも、私の根っこのところを知っている友達からの助言だから従ってみたら表面上は仲良くなれた。
ただ、あくまでもこれは表面上だけ仲良くなったのであって私の腹のうちは何一つ見せていなかった。
どうやら、それが見抜かれていたらしい。
「え~。そんなこと言っても・・・。私、思ったこと話してるよ」
私はニコニコと表情を崩さないで言った。
「嘘ばっかり~!ほら、今日はお酒も飲んでるからさ!」
「私は何聞いても、基本的に引かないから安心してよ!」
何度も聞いてきたセリフを向こうが言ってきた。
この言葉に油断して、少しばかり本音を話していつも失敗してきた。
だからこそ、私は何も言わないつもりだった。
「本当に引かない?絶対に?」
お酒をいつもより飲んでいたこともあって、話してしまった。
全くもって、何も学ばない私。
こうやって友達を失ってきたのに、また一人友達を失ってしまう。

結局、腹のうちを少しだけしたら明らかに顔が引きつっていた。
別れ際に、もう連絡来ないだろうなって思った。
「なんだかごめんね。変な雰囲気になっちゃった」
私が申し訳ない気持ちからそれを話した。
「いいよいいよ。軽い気持ちで話した私が良くなかった」
明かに引き気味だった。もうだめだなって思ってすぐに解散した。
そんな帰り道に綺麗な夜空と満月を見た。
いつもと同じだったらすごく綺麗に見えて心も浮かれたと思う。
しかし、今の私にとってはどちらも惨めな気持ちを強めるだけだった。
何となくすぐには帰りたくなくって、普段とは違う道を歩いていたら煙突が見えた。
「なんだろう・・・こんなところに煙突があったなんて」
駅と家の往復で、休みの日は家でダラダラしているからこんなものがあるなんて知らなかった。
ぐるっと回り込んでみると、そこは銭湯だった。
「銭湯の煙突だったんだ。そういえば最近銭湯に入ってないな」
独り言をぽつぽつ発していたら、足が向いて暖簾をくぐっていた。
「こんばんわー」
中に入ったとたんに、横から声が聞こえる。
どうやら、昔ながらの銭湯のようで番台があった。
「こんばんわ。今って入浴料はいくらですか」
私が訪ねると、満面の笑みで教えてくれた。
「470円だよ。タオルとか持ってるかい?」
「あ・・・。持ってないです」
落ち込んだ気持ちでふらっと入り込んでしまったので何も持っていない。
「特別にタオルと石鹸あげるよ。これ使いな」
入浴料しか支払っていないのに、そんなことを言ってくれた。
「いえ、買います」
「いいんだよ。なんか、あんた凄い暗い顔してるから。なんかあったんでしょ」
どうやら顔に何もかもが出ていたみたいだ。
「すみません・・・・。お言葉に甘えさせていただきます」
「はいよ。一番右側のお湯がぬるくて入りやすいからね」
そんなことまで教えてくれた。子供のことに来た銭湯もこんな感じだったな。

貰ってしまったタオルと石鹸で身体を洗って、ゆっくりと湯船に浸かる。
「あ~。気持ちいいなぁ」
思わず独り言が漏れてしまった。最近、独り言が増えた気がする。
湯船に浸かっていると、先ほどの失敗が頭の中によぎる。
「なんで私はこんなに人と仲良くなれないんだろう」
私1人の貸し切りだったこともあって、泣いてしまった。
それも思いっきり泣いてしまった。すごい恥ずかしかった。
けれども、泣いたあとはどうでもよくなっていた。
「そういえば、最近はゆっくりお風呂に入ってなかったし、泣いたりもしなかったな」
銭湯で身体だけじゃなくって心まで洗われたみたいだった。
エヴァンゲリオンのミサトさんがなんか言ってたことを思い出してちょっとニヤニヤしてしまった。
「タオルと石鹸、ありがとうございました」
番台でそういうと、満面の笑みでさらに優しさに触れた
「そこの牛乳飲んでいいよ。せっかくだから」
「え、良いんですか・・・。何から何までありがとうございます」
今回は遠慮せずに頂いた。
お風呂上りに飲む牛乳が凄く体に沁みた。
「ごちそうさまでした。お湯も気持ち良かったです」
「はいはい。いい顔になったね。ゆっくり寝なね」
「おやすみなさい!」

銭湯からの帰り道では満月も夜空もさっきよりも綺麗に見えた。
不思議と、前向きな気分になった。
私は独りぼっちだけど、そこで無理をして誰かと一緒にいる必要もないって思えた。いつか私にも一緒にいられる人が出てくるかもしれない。
それまでは、今まで通りに過ごしていきたい。
銭湯のおかげでちょっと前向きになれた。
明日も頑張ろう。

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