雨の日の話②

「雨の世界に行くわよ」
文義の姉を名乗る女性が言い出した。
何を言っているのか、全く理解できない文義。
雨が土砂降りの中、公園で傘をさしているのは二人だけ。
「意味わかんないっすよ・・・」
「いいから。とりあえず、目を閉じて」
「目を閉じてって・・・まあわかりました」
反抗することもめんどくさくて、従った。
すると、何かが反転するような感じがした。
渦巻の中に巻き込まれていくような、そんな感覚があった。
「もう目を開けてもいいわよ」
言われて、目を開ける。
「ん・・・何も変わってないじゃないですか」
「だから最初に言ったじゃない。紙一重の世界だって」
「紙一重ってどういうことですか」
「ようするに、基本的には"正史"の世界と一緒なの。ただ、ところどころで微妙に違うところがあるのよ」
「いまだに良く分からないです。それでどうするんですか」
「まずは、あの喫茶店に行ってみましょう。きっと変化に気が付くと思うわ」
そういうと、女性は文義の手を引いて歩き始めた。
文義としては元来た道を戻っていくだけであるが、女性は心なしか元気な気がする。
「そういえば、体調はどうなったの」
「あれ。そういえば、全然体調悪くないっすわ」
文義は体調が驚くくらい良くなっていた。
「やっぱりね。あなたは元々こちらの人間だから」
「だからそれが意味わからないんですって」
「喫茶店に行った後に分かるわよ」
何を溜めているのか、文義はイライラしてきていた。

喫茶店について中に入ると、確かに少し変化があった。
まず、店員が見たことがない人がいた。
そしてメニューが違う。店内のレイアウトも微妙に違う。
「どう?何か違うことに気が付いた?」
「色々と違いますね。でもだからってすぐには信じないですよ」
「まあ、いいわ。コーヒーを飲んでいたらすぐにわかる」
そう言って女性はコーヒーを二つ頼んで朝に座っていた同じ席に座った。
文義もそれに続いて、全く同じ席に座った。
「もう少しすれば、分かると思うわよ」
「何が分かるって言うんですか。もういい加減にしてほしいんですけどね」
そう言っていると、店内に男性が入ってきた。
その男性はどこかで見た事があるような雰囲気だった。
というよりも、毎日見ている顔だった。
文義と全く同じ顔だった。
「は?誰あれ。え、あいやえ?」
「あれがこちらの世界のあなた。ただ、本来は彼が"正史”の人間であなたは"偽史"の人間。何かの拍子で入れ替わったのね」
「いや入れ替わったって」
「ドッペルゲンガーって聞いたことあるでしょ。あれって言うのは、"偽史"の世界から"正史"に移動した人のことなのよ」
「だから、ドッペルゲンガーに出会うのは決まって雨の日って決まっているの。そして、ドッペルゲンガーと出会ったら死ぬっていうのは入れ替わってしまうってことを指しているの」
女性の説明を聞いて、何となく理解したこともあったが余計に分からないことが増えた。
「じゃあ、今持っている記憶はどうなっているんですか。間違いなく子供のころの記憶があるのですが」
「それは、世界の抑制力が働いているの。不備をある程度整えるために微妙に記憶をそちらの世界に寄せる。ただ、世界の抑止力も完璧じゃないから違和感が出る。それが、雨の日にあなたが体調を崩す理由」
説得力がある説明だった。ただし、文義もこれを簡単に信じるわけにはいかない。
「理由は分かりましたけど、じゃああなたはどうしたいんですか。まさか連れ戻しに来たって言うんですか」
「そうよ。私は"偽史"と"正史"をただすためにいるの。それは弟であるあなたを見つけるためにこの仕事に就いた」
「わかりました。盛大な妄想ですね!!フィクションの読みすぎじゃないですか」
文義は一瞬信じたような雰囲気を出して、すぐに反抗した。
こんな茶々話に付き合っている暇はない。
そうこうしているうちに、コーヒーを購入した男性がこちらに近づいてきた。
「あ、あ、あ・・・・」
男性は文義を見て明らかにうろたえている。
それは、やっと見つけたとも取れるしどこか安心したような顔でもあった。
「茉莉さん。やっと僕を見つけてくれたんですね」
「そうよ。ある程度分かっていたけど、中々捕まらなくて」
「これで、僕は"正史"に戻れるんですね」
「彼が認めて、受け入れればね」
そんな会話が文義を無視して行われている。
文義はこれを認めるわけにはいかず、会話に入り込んだ
「いやいや何言ってるんすか、ただ似てるだけでしょ」
「そうですね。僕もそう思いました。でもあなたは僕で僕はあなたなんです」
「そんなこと、信じられると思いますか」
「いまだに信じていないんですね。もうあきらめてください」
「諦めるも何も理解できてないんですよ!!!」
きつめに文義が言った。
「茉莉さん。このままじゃ戻れない・・・んですよね」
「いえ、ここまで来たので強硬突破しましょう。次に行きましょう」
そうやって文義の手を引いて二人は外に出た。

「ついたわ」
茉莉と呼ばれる女性が言った。
「なにここ・・・」
「見ての通り、あなたたちの家よ」
「そうですね。僕らの家です」
文義は戸惑いが止まらなかった。
家の中に入ると、間違いなく今日出てきた家だった。
しかし、ところどころ違いがある。だが不思議と落ち着く。
「落ち着きましたね。さて、あなたの名前は?」
「文義」
「私も史義と言います。ただ、字が一つ違う」
「そりゃ他人だから」
「違う。他人なんじゃなくて、世界がちがうから抑止力によって一文字変わったんだ」
「そうだとして、だからどうした」
「世界に違和感を覚えませんでしたか。ズレている感覚」
「それは雨の日になると絶対にあった」
「ズレている感覚をなくしたくないですか」
「なくしたい」
「では、目をつぶってください。それですべてが終わります」
明らかに誘導されているのに、文義はあらがえず目をつぶってしまった。
この世界に来た時と同じように回る感覚。
そして、ズレていたものが整っていく感覚がある。
間違いなく、自分は雨の世界の人間なんだ。
そう理解した瞬間目の前が真っ暗になり、意識を失った。

目を開けると、史義と名乗った男性はいなかった。
変わりに茉莉と呼ばれた女性だけがいた。
「どう気分は」
「悪くないですね。というか全部思い出したよ姉さん」
「そう・・・それは良かったわ」
全部思い出した。ただ、正史にいた時の記憶もそのまま残っているのでごちゃごちゃしているけれども、確かに茉莉は姉だった。
そして、"正史"が雨の日に向こうの世界に行き自分と同じ姿の人間が引かれそうになるのを助けた。ただし、助けきれず二人そろって引かれてしまった。その時に入れ替わりが起こった。そして抑止力によって記憶や人格が微妙に引き継がれた。
浴資料は周りにも影響をしたため、多少言葉使い等が変わっていても誰も違和感を持たなかった。
「そういうことだったんだね。姉さん。史義さんには迷惑をかけてしまった」
「彼もそもそも命を助けてもらったから無下には出来ない。でも、やっぱり自分の世界に帰りたいって必死だったのよ」
「そっか・・・彼は無事に戻れたのかな」
「戻れているはずよ。そして彼の場合はこちらにいたときの記憶はない」
「記憶ないのか。じゃあ普通に日常に戻るだけってことか」
「そうよ。しばらくは彼も違和感があるだろけど、修正されていく」
「僕が向こうの世界にいた証が無くなるようでちょっと寂しい」
「仕方ないことなのよ。私たちはこうして生きているけれども、表裏で言えば裏の世界だから。ただ、私たちがいないと彼らも生きていけない。難しいバランスで世界は成り立っているの」
「それはこっちの世界で最初に勉強した。思い出したよ」
「そうね。教えたのは私だしね。とりあえず、今日は休みなさい」
そういうと茉莉は出て行った。
文義はゆっくりとベッドに身体を沈めた。

目が覚めて外にでると雨が降っていた。
ただ、今までにあったズレはなくなっていた。
きっちりと何かがハマっている感覚がある。
「ああ、戻ってきたんだな」
ぼそりと呟く。
「戻ってきたけど、一つだけ向こうの世界でやりたかったな」
文義は喫茶店の店員に一目ぼれしていたのだ。
告白するしないでずっと迷っているうちに帰ってきてしまった。
このことは茉莉も知らない。
「喫茶店行ってみるか」
文義は喫茶店に向かった。
喫茶店に入ると一目ぼれした彼女がいた。
「あ、文義さん帰ってこれたんですね!」
「え、なんで知ってるの?」
「私が喫茶店立ってた日を思い出してくださいよ」
「そういえば・・・雨の日だけだ!」
「私もこちらの人間です。ずっと文義さんもそうだと思っていたんですよ」
彼女ははにかみながら言った。
そしてそのまま続けた。
「ちゃんと正しい世界に戻れたら言いたかったんです」
「なにをですか」
文義が問いかける。

「おかえりなさい。私はずっと文義さんのことが好きで待ってました」

それはこちらの世界に戻ってきたばかりで、少し戸惑いが残っている文義にとっては恵のような温かさだった。
そして両想いということも照れ臭くなった。

「僕もあなたのことが好きです。これからこちらの世界で生きていくうえでずっと一緒にいてください」

雨の日は嫌いだ。
朝早く目が覚めるし、髪の毛をセットするのに時間がかかるし、体調も悪いし。でも、そんな雨の日も悪くないんじゃないかと思った。

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