せっけんを巡る冒険③
「あ!陽さん、影さん!」
美伽の声に彩香は一瞬反応できなかった。
楽しい時間を過ごしつつも待たされじらされたようなそんな気持ちだった。
「おー美伽ちゃん今日はお店手伝ってるのか。えらいなあ」
「あはは!今日は、じゃなくていつも、ですよ!」
「おおそうかそうか!」
「あ、陽さんと影さんにお客さんですよ」
「ん?俺らに客?」
美伽が彩香の方を向いた。
彩香はどうするか少し逡巡し、取り繕っても仕方ないと思いそのままを伝えようと思った。
「初めまして。私は来栖彩香と言います。実はここに良く来る友人から少し聞いたお話がありまして」
「ああ、まあ待ってくれや。俺らも立ちっぱなしだとしんどいからさ。なあ影さん」
「そうだな、できれば座らせてほしいな」
「あ!すみません気が付かなくって」
陽と影の二人は彩香の隣の席に腰かけた。
「美伽ちゃん、コーヒー二つもらえるかい?」
「はい!あ、影さんはミルク多めですよね?」
「お、美伽ちゃん覚えてくれてるね。ありがとう」
「じゃあちょいとお待ちくださーい!」
美伽はコーヒーの準備に取り掛かる際、彩香の方をちらりと見て満面の笑みを投げつけてきた。
「・・・美伽、なんかちょっと勘違いしてそう」
「ん、お嬢ちゃんどうかしたかい?」
陽はすぐに彩香の変化に気が付いたようだった。
「いえ!特になんでもないんです!」
「そうか。まあコーヒーが出てくるまで少し話聞いておこうか」
「ありがとうございます。実は私、固形石鹸が好きなんですけど・・・」
彩香が言うと話を主導していた陽ではなく、影が物凄い勢いで食いついてきた。
「なんだって!!お嬢ちゃん、固形石鹸がすきなのかい!!」
「おい、影。少し落ち着け」
「でも陽さん!まさかこんなめんこい子が固形石鹸を好きなんて言ってくれるなんて思わないだろ!」
「そりゃあ俺だって嬉しいさ、でもまずは話聞かないとなんも進まないだろ。だから落ち着けって」
「・・・・それもそうか」
陽の冷静な言葉に影はしっかり落ち着きを取り戻したようだった。
「お嬢ちゃん、話を止めてしまってすまないね。それで、固形石鹸がどうしたんだい」
「はい、えっとですね。ストレートに言ってしまうと友人が先日ここで陽さんと影さんが世界石鹸なるものの話をしていたと聞きまして」
「!!」
「私も自称ですが、固形石鹸マニアなんですが世界石鹸なんて聞いたことがないんです。今使ってるのはココア石鹸で、花や石鹸も使ったことがあります」
「そうか。今のところの二大石鹸だな」
「はい。でも世界石鹸なんて実家でも聞いたことなくって。それで石鹸好きとしてどうしても気になってしまってお二人から話を聞けないかなと思って」
彩香がざっくりと経緯を話し終えたタイミングで、美伽がコーヒーを持ってきた。
「コーヒーお持ちしましたよ~」
「おお、美伽ちゃんありがとうな」
「それで、石鹸がどうのこうのって聞こえましたけど?」
「なんだい、美伽ちゃんも興味あるのかい?」
「うーん、あーちゃんが興味あるみたいだから気になるって感じです」
「あーちゃんってのはこのお嬢ちゃんかい?」
「そうです!」
美伽もどうやら会話に加わりたかったようだった。
陽が少し悩んでいると、コーヒーを一口飲んで思考の整理ができたのか影が話し出した。
「陽さん。こんな機会めったにないし、若い二人にも力を借りてみるのもいいんじゃないですか。特に危険が伴うようなことはさすがに無いと思いますし」
「ん、まあそうだなあ。二人とも、一応この話は内密にお願いできるかい」
「もちろんです」
「んじゃどっから話そうかなあ」
陽は少し遠い目をしながら話始めた。
「まず、世界石鹸について話そうか。1890年頃に日本発のブランド石鹸として花や石鹸が誕生したんだ。当時はまだ石鹸は高級品でな、庶民がすぐに手に入れられるようなものでもなかったんだ。まあ、それは徐々に生活が豊かになるにつれて価格も下がっていくから詳しいところは横に置くとして。その後石鹸はいくつか大きいブランドが出来上がったんだ。ココア石鹸もだし、今は数が減ってるけどみかん石鹸やあわ石鹸、氷石鹸なんてもんもあったな」
「そんなに石鹸って種類があったんですね」
「今もお嬢ちゃんが気が付いてないだけで沢山あるぞ。まあそうやっていくつかの石鹸ブランドってやつが伸びている時に突如現れたのが世界石鹸だ。こいつがまあ凄かった。使っていてもなかなか小さくならないし、水分を吸ってグジュグジュになることも少ない。泡は優しく包み込むようで、どんなタオルでも相性は良かった。当時はほとんど手ぬぐいだったけど、手ぬぐいでも抜群の泡立ちだったんだ」
「・・・益々興味が出ますね」
「だろう。そんな世界石鹸は当時一番デカい石鹸のブランドだったんだけど、時代の流れかボデーソープやシャンプーなんてものが出始めて石鹸の存在ってのはどんどん薄くなっている。世界石鹸もそれの影響を受けたのか市場から忽然と姿を消したんだ」
「なんの前振りもなくですか」
「そうだ。ある日銭湯でいつも通り世界石鹸を買おうとしたらもう売ってませんなんて言われてな。詳しく聞こうにも、誰も何にも知らなかったんだ。本当に彗星のように現れてあっという間に消えた。ファンは多かったと思うんだけどな。そんな世界石鹸がここ2年くらい、市場には出てないけどまた製造をし始めたって噂が流れたんだ」
「え!?」
「ここからは影の方が詳しいな。影、頼んだ」
「はいはい。陽さんが言ったみたいにね、急に情報が流れたんだ。ただね、本当に世界石鹸を使っている人なんて見たこともないんだ。今や石鹸を使う場と言えば学校か銭湯くらい。そのどっちも試しに調べに行ったけど、使ってたのはココア石鹸だったんだ」
ここで影は一息入れるようにコーヒーを飲んだ。
「ところがね。2か月くらい前かなあ。すでに廃業して無くなっちゃった銭湯の女将さんが教えてくれたんだ。詳しいことは何もわからないけど、世界石鹸は荒波市で製造されているらしいよってね。でもどこの会社が製造を引き継いだのかはわからないし、どこの工場なのかも一切不明。女将さんもお客さんからの噂話程度だからねって前置きしてたくらい情報が薄かったんだ」
「不確定ながら、もしかしたら身近にあるかもしれないってこと?」
「うん、そうだね。それで確信は持てなかったんだけど、1か月前にもっと大きい出会いがあった。世界石鹸を作っていた会社で働いていた人に会ったんだ。まあ俺や陽さんと同じくらいの年齢だから現役ってわけじゃないけど。その人が辞める時に世界石鹸復活プロジェクトが極秘で動いていたこと、場所は理由はわからないけど荒波市が選ばれたことを教えてくれたんだ」
「え!!!」
「驚くよね。それでね、俺もいろんな飲み屋で話聞いてみたらさ大台市には世界石鹸の話って1ミリも出てこないんだ。でも荒波市で聞くとぽつぽつそんな話があるらしいって。今荒波市も開発が進んでるだろ。どの開発のどこかに紛れてるんじゃないかって話。そしてその世界石鹸は市場には一切出てこなくて、多分ごく一部の人間が合言葉か何かわからないけどそういう物で購入ができるシステムなんだと思う。しかも他人の目にはつかないって条件付きのはず。荒波市の銭湯や学校全部調査したけど世界石鹸使ってる人はいなかったからね」
影は説明を終えると再びコーヒーを飲んだ。
「っとまあ具体的で詳細な話は何もないんだけど、俺らが聞いたのはここまで。陽さんも俺も世界石鹸のファンだから願わくばもう一度使いたいねっていっつも話してるんだ」
話を聞き終えた彩香は脳をフル稼働させた。
『荒波市は開発が進み始めたとは言え、工場ってなると限られてくるはず。そもそも市場に出さないのであれば工場なんて必要ないんじゃないかしら。例えば職人が個人で集まって・・・』
「お嬢ちゃん、どうした?」
陽に話しかけられて、彩香は我に返った。
「いえ!!とっても興味深い話、ありがとうございます。益々私も世界石鹸を使ってみたくなってきました。もっとお話しを聞きたいところなんですが、実は今日この後買い物に行かないといけなくて」
彩香はちらっと時計を見ると19時を回っていた。このままだと有梨香の無言地獄が発生してしまう。
「おお、そうかそれはすまないね。私も影も普段は15時~17時頃にここにいるからまた明日にでもおいで。荒波市の細かいところはもう我々じゃわからないからぜひ若い人の話も聞きたいし」
「わかりました!!今日はすみません、ありがとうございます。美伽ちゃん今度こそお勘定で!」
「はーい!みーちゃんにもよろしく言っておいてくださいね」
「もっちろん!」
彩香は会計を済ませて喫茶を後にした。
『・・・やっぱり個人が作っている気がする。明日、お二人にこの意見ぶつけてみよう。それと帰ったら有梨香にも聞いてみよう。荒波市の事だったら有梨香の方がツテ多いだろうし』
頭の中で思考を整理して、彩香は駅へ走った。
続く
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