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大人と子供の教育による貧困課題解決

ビハール州ブッダガヤでの1カ月の滞在にて

平日昼間は大人の収入向上のため、ビジネススキルトレーニングの準備
夜と週末は子供の教育支援のため、教育プロジェクトの質・量向上へ

基本的にこの二つをしている


■ビジネススキルトスクール

昨日初説明会を実施したビジネススキルトレーニングは早速数名の申込みが来ており、本気で挑戦したい人、努力したい人がその場で申込書を記入しているのを見て、またその目を見て熱くなるものがある。
決して無料ではないものに決して裕福ではない人が決意して申込む。
とことん向き合って共にこれからのために努めていく。

収入向上→購買行動×雇用→経済成長→医・食・住・教の質向上へと繋げていく

ブッダガヤでとある女性の話を聞いた。とりあえず縫う技術を支援団体から習った。布も無料でもらった。友人から借金をして店を開いた。とても繁盛している店の横なら成功できると確信した。2か月で潰れた。

縫う技術+資金=成功

成功のための要素はこれだけという感覚。
借金だけが残った。

“いいものを創れば売れる“

そこには

“お金を払ってそれを必要とする、欲する人がいる場合に“

という感覚がすっぽりと抜けている。

抜けているなら補う。
■教育プロジェクト

冬と雨季に勉強する場所を確保すること、開始して2か月足らずで既に差がついているためにクラス別けをすることの2点を優先して進めている教育プロジェクト
食糧支援をしなければ命を落としていたかもしれないこの30名前後の生徒とともに“これから”を育んでいく
とにかくミニマムコストで最低限、“努力できる環境”を創るために必要なことをする
コストをかけない最大の理由はこの村以外への拡大を見越しているから
コピーしやすいパッケージでないと放置される人を放置した状態のままにし、外部環境の変化で命を落とす人間、努力できなくなる人間が固定化、悪化していくから

建物には日本円で17,000円程度、先生は1人当たり6,000円程度、ペンとノートは1生徒あたり60円程度。冬用の毛布は2人で1つで1枚あたり600円程度。

もちろん欲は大量にある。目の前の生徒に“もっといいものを“と勝手に思うことはよくある。感じることの基準はいつだって自分の体験からくる。
近くにある学校は1人あたり年間2万円弱という学費。本人と家族と話し、優秀な子供をそこへ送り、学んだことを村へ持ち帰るという選択肢もある。その2万円弱で他の村でプロジェクトを始めることができる。この葛藤は一生残るだろう。とはいえ幸い既に多くの団体・個人が教育プロジェクトを実施している。開発経済の研究者がNPO結び手には2名も参画してサポートしてくださる。学びながら現場を観ながら、正義の押し付けも含めた暴力も含め、暴力を避けながら活動する。明日以降また書くが、インドルピーでの支援の受皿が見つかり、より支援したくてもできない人の課題解決もできるようになる。

指標としては最低限Class10(ここを出ていないとそもそも仕事へのアプライ資格がないことが多い)を終えること。


外部刺激が必要だと感じるこの土地で活動する意義と、絶え間なく押し寄せる負荷・小さな壁たちに向き合いつつ真っ直ぐなバカとして尽力します。


オミクロン次第ですが、年末日本に滞在する予定です。

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