国立劇場建替え・築地再開発の融合 (2)

半蔵門 vs. 築地:それぞれの特徴を考える

前回のNoteで書いた通り、現在、東京では二つの広大な公有地でそれぞれ再開発企画が進んでいる。

国が所有する半蔵門の地にある、老朽化した国立劇場の建替と、東京都が所有する築地市場跡地に建てられる、インバウンド向けの施設の建設。最終形についてはどちらのプロジェクトもまだ検討中のようだが、ここで国と都が協力し、個々の立地を効果的に使うため、国立劇場を築地に移転することを提案しています。ここで、二つの場所の特徴をそれぞれ考えよう。

まず半蔵門という場所。国は、現在の国立劇場を今年10月公演を最後に解体し、新たに3つの劇場(大・中・小)を始め高級ホテルやレストランも含む複合タワーを作ることを考えているようだ。それは800億円もの予算が費やされ、かつ、7-8年間の建設期間が予定される、壮大なプロジェクトである。

しかし今でさえ観劇者を十分に惹き付けているとは思えない赤字運営の施設だけに、ビルを新しくしたところで、果たして人に来てもらえるのだろうか。確かに表側は外堀通りを挟んで皇居に面し、江戸時代からのお城の趣きが感じられる地である。だが最寄りの半蔵門駅は小さく、劇場の隣は最高裁判所で、観光地ではなく、大きなオフィス街でも住宅街でもない。芝居が終わった後で飲んだり食べたりできるところは少なく、観劇後には新宿行きと渋谷行きの特別バスが用意されていることもあり、半蔵門周辺にほぼノータッチで帰途につく人も多い。

そんな場所に、消費者はわざわざ買い物や食事目当てに来るのだろうか。永田町駅も遠くはないが、そうなると赤坂の方が距離的に近く、赤坂には既存の高級ホテルや老舗のレストラン、居酒屋やファストフードまで、娯楽や観光スポットが幅広くあり、一般人が好んで半蔵門に行くとは思えない。

芝居を観に来る観劇者と、ホテルの宿泊者だけを頼りにする建物となっては、いずれその存在を元から問われるようになるのではないか。昨年11月に国が一般競争入札で事業者を選定するための「国立劇場再整備等事業」を行った際、全応募者が辞退するという驚く結果になった。それはつまり、応募者側からも、企画全体に疑問が残る、という判断をされた結果だと言えるだろう。(追記:今年8月8日に2回目の入札にも全応募者が辞退し、不落札に終わったことが報告された。)

国の土地といっても東京都にあることは変わらない。その周辺が必要なのは、時々人が芝居や買い物をしに来る施設より、住宅のような、人が常にいるような施設ではないだろうか。何千人もが住む大きな住宅タワーができたら、スーパーや薬局、レストラン等、生活に必要なビジネスも自然にできるはずだし、そういったアメニティができることで、また更に民間企業は住宅を作りやすくなる。つまり人が増えるので、街が活気付き、国の投資は相乗効果が大きく出るだろう。高層の事業用タワーも同様に、何千人もがコンスタントに平日にやって来るので、レストランや居酒屋などその人たちを狙うビジネスが自然に生まれてくる。

つまり半蔵門にとって、国立劇場は独立した施設でしかなく、周りの開発に貢献しないのに対し、住宅やオフィスビルは街全体に大きなプラスを産むことになる。

築地の場合は対照的。銀座に隣接する築地は、既にビジネス街と観光地になっていて、魚市場がなくなった今でも、外国人を含む多くの観光客で溢れている。活用都有地面積19.6 万㎡以上の莫大な築地市場跡地は、特にインバウンド需要を目指しているようだ。「食のテーマパーク」から、東京ドームの移設まで、様々な案はあるようだが、それらは、原宿の竹下通りや浅草の浅草寺のような、“築地にしかない”ユニークな体験を、提供しにくいのではないか。東京ドーム(現建築面積4.6万m²)のようなスタジアムは十分に敷地に収まるが、日本に来ている外国人がわざわざ野球やサッカーを見に行くとは思えないし、目指しているような客層とも違う。しかも観客が来るのはイベントがある時だけで、そのイベントの内容は、都がコントロールできない部分が大きい。例えばドームの所有者である読売などは、自分の都合しか考えない(上場企業として考えるべきではない)ので、都にとってはリスクがかなりある。

そこに国立劇場を移転すれば、日本にしかない体験を与えることができる。銀座界隈は華やかな地域で、各種ライブ・エンターテイメント等の娯楽との親和性も高く、今に比べる集客もしやすいと考えられる。この地域には、既に松竹系の歌舞伎座と演舞場、東宝系の日生劇場と宝塚劇場、劇団四季のUmi(汐留)などが並んでおり、帝国劇場と演舞場も再開発が企画されている。国立劇場がその一群に入れば、築地を東京版ブロードウェイとして、世界に売り出すチャンスになるだろう。

特にニッポンに触れたい外国人にとって、伝統芸能は、本来、非常に魅力的なコンテンツである。日本を代表する、歌舞伎をはじめとする伝統芸能は、外国人の誰もが聞いたことがあるものの、日本に来ても観劇のハードルが高い。歌舞伎座の4-5時間の公演でなく、ミュージカルのように観やすい2時間ぐらいのものを見せれば、築地のその場でしか得られない体験を与える場になる。

またこの地の利であれば、劇場と同じビルにホテルや小売店、娯楽施設なども呼びやすいはずだ。新しい地下鉄駅もその土地の真下に予定されている。インバウンド需要なら、いわば“日本館”とも言える、日本をテーマにした施設も考えられる。江戸文化を代表する歌舞伎と文楽の劇場をベースに、寿司を始め全国の和食、(外国人が殆ど飲む機会がない)高級日本茶の喫茶店、日本製のグッズなど、一日でニッポン全体が体感できるような、“出会いの場”を創造することが可能だ。

劇場と並んで考えられるのは伝統芸能博物館。国立劇場は、衣装や小道具、浮世絵、能面、写真、歴史的な映像等々、貴重な資料数多く所有しており、それらが常に見られる状態にする伝統芸能ミュージアムを作れば、観劇をしない人も伝統芸能を体験できるスペースになる。現在、国立劇場の裏にある小さな資料館では、静かに限定展を行っているが、魅力的な常設館を作り、いつでも体験できる施設なら、より集客できるだろう。体験型の、見学者自身が衣装を来てみたり、隈取を塗ったり、(日本の得意なVRを使って)有名な俳優のアバターと共演したり、文楽の人形を手にしたり、三味線を弾いたり、太鼓を打ったり、能面をつけたりする等、子供から大人まで、日本人から外国人まで楽しめる施設であれば、なおいいだろう。それによって日本の誇るべき伝統芸能が、外国人のみならず、日本人にも身近なものになり、親しみを持ち、劇場に行きたいと考える人も増えるに違いない。それ自体も観光スポットになるし、築地や銀座全体の地域の盛況に貢献するはずだ。

半蔵門と築地の担当者の方々は、共に民間に条件を出しながら、基本的に受け身の態度を取っている。民間の提案を受け、出された企画の中から選定する立場を取っているようだ。しかし民間企業は自分の利益から入るのに対して、国民、都民の代表である政府は、もっと広い立場を考慮する、大きなビジョンを掲げなくてはいけない。例えばニッポン館を作るなら、それを入札の条件にすべきだろう。一度ビルを建ててしまえば、これから22世紀に渡って、次の次の世代まで建替えることはできない。土地の再開発は半蔵門と築地、それぞれの地域の特徴を考えて進めてほしい。

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