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書評 書斎のポ・ト・フ

知的世界を大きな声で案内する

紹介している本を読みたくなるという本はあっても、「本について語っている文章自体が面白い」という意味での読める書評というのは数少ない。

さらに加えて、あれは良いこれはイカンと意見を言うが、教養があって尚且つ笑いがあって明るい意見というのはもっと少ない。そんな少ない意見を、3人全員が揃って出し合っている稀有な一冊が、この「書斎のポトフ」である。

開高健の全集にも書斎のポ・ト・フは収録されている。他の対談も含まれているから、間違いなく電子全集の方がお得のため、こちらも紹介しておく。

目標とすべき書評と鼎談

昨今こういう、本を紹介する対談本というのは少なくなった。鼎談となるとますます少ない。だからこそ今読むと新鮮な感じがする。

著者は全て故人である。30歳以下の人で、3人の名前を知っている人は何人いるだろう。開高健は全集やエッセイが再販されているから、知っている人はいるかもしれない。谷沢永一も、一時代を気づいた評論家として知っている人はいるかもしれない。しかし向井敏はほとんど知られていないのではないか。ましてやこの3人が、戦後間もない大阪で、「えんぴつ」という、芥川賞作家を出し、大学教授を出し、一流文芸評論家を出した、才能の星団と言うべき伝説の同人誌の中心人物だった事は、文学マニアの雑学にしか生きていないだろう。

しかし、この時代の読書家の知識、教養の度合いは、現代人の殆どは及ばない。現代人のうち何人が、フランス語と英語の原著を読んで感銘を受ける事ができるだろうか。谷沢永一のみは外国語が出来ないと自認しているが、代わりに何十万冊(比喩ではなく事実)の古今の日本の書物を読みつくし、書店に並んでいない、個人的に出した私家版の書籍でさえカバーして、批評するという事をしている。こんな3人、現代であったってそうはいない。

そんな、青春時代からの付き合いがある3人が30年ぶりに集まって、テーマごとに本を出し合い、コレはおもろいアレはあかん。文学、翻訳、時制に至るまで、3人の賢人が語り合ったのがこの一冊である。

変わったのは声の大きさだけ

気のおけない仲間というのはなかなか得られない。歳をとってからだと尚更難しい。フラッと入ったお店で、偶々隣に座った人が相性ピッタリというのは滅多にない。ましてや開高健と谷沢永一は鬱病を患っていたから、大人になってからそういう仲間はますます得られにくかっただろう。だから気のおけない仲間との会話は、とにかく気持ちを安くして、声も自然大きくなっていく。それは30年前と変わらない風景だったのだろう。変わったのは、知識の量と声の大きさだけだ。

向井「ぼくはまず耳医者へ行ってくる 」
開高「なんでや 」
向井「さては本人は気がついとらんな 。開高は別として 、われわれ二人は 「読んだ 、しゃべった 、耳が鳴った 」と言いたいところだもの (笑 ) 。なにしろ 、日本三大声の第一人者に耳もとで何十時間も叫ばれ続けたんだから 。鼓膜がどうにかなってしもうたらしい (笑 ) 。」
谷沢「『えんぴつ』でしゃべり暮していたころからみて、一番成長したのは開高の声量ではなかろうか(笑)」
開高「あの頃はまともに声を出すと腹にこたえたんでなぁ、抑制してたのや。今、やっと常態にかえった(笑)」

これだけで、3人がどれだけ親しい仲かわかると思う。最近は感じにくい、優しさというか、穏やかさというか、許される空気というか、そういうものが全編にわたって続く。自分がこの空気に近いものを感じるのは、「水曜どうでしょう」だ。あの空気を心地よく感じられる人ならば、間違いなくこの本は楽しめる。

つまり、この本は鼎談であり読書論であり文学論に基づいて書評をしているが、実態は気のおけない仲間とのお喋りなのだ。ラジオのフリートークを聞くくらいの気楽さで、日本有数の知識と知性の持ち主の文学論を笑いながら読めるのが、書斎のポ・ト・フなのである。

俎上に出た本は無数にあるし、映画や漫画までも話題に上る。まさに、様々な素材を一つにまとめて作り上げた「ポトフ」のような一冊である。大阪らしく薄味の出汁ながら、しっかり旨味があって、しかも具沢山のポトフだ。どんな本が紹介されているのかは、是非実際に読んでみてほしい。参考までに目次をのせる。一つでも気になるジャンルがあれば、手に取ってみてほしい。

八丁堀のホームズ:捕物帳耽読控

虹をつかむ男達:ロマン・ピカレスク頌(しょう:ほめたたえるの意味)

末はオセロかイヤゴーか:児童文学序説

荒野のパンテオン:現代マスコミ論

手袋の裏もまた手袋:文学の中の政治人間

山川木草鳥獣虫魚:ナチュラリスト文学考

野に遺賢 市に大隠:知られざる傑作



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