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「真夜中のテレフォン」

こんばんは、がらくた宝物殿です。演劇をやったり考え事をしたりしています。

先日パソコンのフォルダを整理していたら、未上演の本が出てきました。2020年1月公演の候補として作ったものだったと思います。今回はこういう感じの作品じゃないな、と思って見送った記憶がうっすらあります(一部を上演作品にも入れましたが)。演劇だとうっとうしいけれど、読み物としてはこういうのもあるか、ということで読み物として公開してみることにします。

タイトルは「真夜中のテレフォン」です。無言電話のお話です。ちょっとキモいのも書いてみるかと思って書いたくせにキモいという理由で演ってもらえなかったものです。かわいそうですね。


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真夜中のテレフォン

【1】

 1、受話器を耳に当てている。

  ……

 電話をきる。

  無言電話です、いつもの。えー、電話の切れ目が縁の切れ目と言いますが……わたしが初めて電話を切ったのは確か5歳の頃でした当時両親は共働きで、私はいつも留守番をしていました。家に一人の時は電話に出ないようにってよく言われてたんですけど、当時雑誌の応募者全員サービスかなんかに応募してて、その当選の連絡だと思ったのか知りませんがその日は電話に出てしまったんですよね。応募者全員サービスで当選の連絡ってなんだよって今ならわかるんですけど。仕組みを知らないと詐欺にも引っかかるって、そういう話です。皆さんも帰ったら親御さんに、どういう仕組みでGoogleで検索できるのかとか、教えてやってくださいね

 電話のベルが鳴る。
 受話器を持ち上げる。当然電話のベルは止む。

 (舌足らずの幼い喋り方で)もしもし。わたしあんず、5歳。好きな食べ物はたくあん。でもママはあんまりたくあんばっかり食べてたらお顔が黄色くなるよって言うの。だけど人の肌の色を敢えて分類するなら私の肌はもともと黄色だし、黄色いい色じゃない?っていうかピンクも茶色も黒も白もいい色じゃない?みんな違ってみんないいって、病院の待合室の金子みすゞでわたし学んだの。……え、嘘?嘘……嘘だよ……だって金子みすゞが……そんないいこと言う人が自殺するわけない!

 乱暴に受話器を置く。

 あんな素敵な詩を書く金子みすゞが服毒自殺で人生を終えていたなんて、5歳のわたしには大変なショックでした。当時のわたしの前には、文字通り無限の可能性を秘めた未来があって、そんな未来にいる大人たちが、どの瞬間を切り取っても幸せとはかぎらない状況に身を置いているとは到底信じられませんでしたから。そんなわたしも26歳になって、この世の虚しさに思いを馳せたりするんですけど。26歳……そう、ちょうど金子みすゞが亡くなった歳です。自殺したって知ってしばらくは、彼女の言葉なんて嘘だって言って一文字も読まなかったんですけど、やっぱり素敵な言葉っていうのは何か引力のようなものを持っているようで、今でも金子みすゞの詩 は大好きです。わたしと小鳥と鈴と。わたしが両手を広げても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥はわたしのように、

 電話のベルが鳴る。
 気にしながらも、詩を読み続ける。

  地べたを速くは走れない。わたしが体をゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴はわたしの…

 乱暴に受話器をあげる。ベルは止む。

 なんですか今朗読の最中なんですけど!……

 電話をきる。

  無言電話……一体どういうつもりでかけてくるんでしょうか。何度も何度も、すっごいストレス、もうかけないでほしい

 再び鳴る電話。

 もう、また

 受話器を取りかけた手を一旦止める

  わたし、もう二度と無言電話がかかってこない、すごい方法思いついちゃいました

 受話器を持ち上げ、テーブルの上に置く。
 受話器をしばし見つめている。満足したように生活に戻っていく。

【2】

 2、受話器を耳に当てている。

  ……

 受話器を置く。

  無言電話です、いつもの。無言電話っていうのは、クリエイターにとっては恰好の材料となります。たとえばザ・ブルーハーツ。夜中の三時にかかってくる無言電話を「無言電話のブルース」という歌にしています。受話器の向こうにいる得体の知れない人物のことをあれこれ考える、そこに潜んでいるのは悲しみなのか、憎しみなのか、あるいは寂しさなのか……思いを巡らせた挙句に言い放つのです。「ただの悪ふざけなんだろう」と。素晴らしい!別の例を挙げましょうか。斉藤和義の楽曲、「ポストにマヨネーズ」こちらの電話は真夜中4時。眠い目をこすり受話器を取るといつもの無言電話です。一方的に突きつけられる無言の槍に対して、何か発言することによる反撃を妄想します。パンツの色を聞いてやろうか、モーニングコールでも頼むか、女ならやらし声でも聞かせろよ……そんな妄想に、本当に言ってやりたいことを紛らすのです。「ポストにマヨネーズ、流し込んだのお前だろう」「あんたの人生、楽しそうだな」……素晴らしい!

 上がったテンションに合わせて勢いよく受話器を持ち上げる。

  僕もミュージシャンの端くれ、無言電話をバネに想像力を膨らませ、クールでイカした曲を書いてやりたいのです。しかし、その肝心の無言電話が、僕にはかかってこないのです!そうこうしている間に歳を取り、ミュージシャンとしての花は未だ開かぬまま、無言電話の圧力がかからないという圧力は僕の作詞作曲の才能をおさえつけ続けています。僕の日常には、想像を掻き立てる事件が、少なすぎるのです。そして僕は……ミュージシャンになる夢を、あきらめることにしました。だけど……僕は、いつか自分で作りたかった歌を、実際に耳で、心で、聴きたい。僕のこの手で生み出されていないとしても、いつか生まれるはずだったその歌を、大きな音で鳴らしたい。だから僕は……こうして

 ダイヤルを回し、しばらく受話器を耳に当てる。
 しばらくして、受話器を戻す。

 こうして、無言電話をかけています。これからを担うクリエイターのために。どこの誰とも知らぬ君、僕の歌を、この世に轟かせてくれ、頼んだ!……そうだよ、知らねえよ、どこのだれだか!だけど、これは僕にかかってくるはずの無言電話だったんだ、僕がかけなくてどうする!僕は、仕事をしている時間と無言電話をかけている時間以外のすべての時間、テレビ、ラジオ、雑誌、あらゆる音楽メディアにかじりついてその時を待った。……しかし、一向にその曲が現れねえ!どうなってるんだ!おい、君、君まさかクリエイターじゃねえっていうんじゃねえだろうなあ。クリエイターじゃなかったってさあ、こんだけかけてんだ、想像力のひとつやふたつ、膨大に膨れあがるはずだろう!なんでだよ!おい、おい!

 再びダイヤルを回す。

 すぐに切ってんじゃねえよバカ!

 再びダイヤルを回す。
 長い、間。

  ……。……。……その電話は、切れなかった。……不安になるほどの無言が、僕の耳に響く。電話の無言というのは……無音ではないんです。受話器の向こうに、確かに誰かがいる、そんな空気がひしひしと伝わってくる。誰なんだあんたは?なんでずっと喋らない!おい、何か言ったらどうなんだ……何か言ってくれよ……

  無言電話……そうだ、これは無言電話……僕にかかってきた初めての無言電話

 君、いやあんた、そのまま、そのまま黙っといてくれ。受話器は置くなよ

 何かメモを取り始める2。時々メロディらしきものを口ずさむ。
 メモに夢中で受話器が手から滑り落ちる。

 電話代は嵩んだ。驚くほどに嵩んだ。電話をかけたのは僕で、その電話は切れなくて、僕はその電話を切ることができない。そして、電話代は嵩んだんだ。しかし同時に、僕の想像力も嵩んだ。今、僕にはとんでもない音楽が降ってくる!降ってくる!とんでもない音楽が!

メモしてはメモした紙を撒き散らす。撒き散らしては受話器を耳に当て、また投げ捨ててモを取り、取ったメモを撒き散らす。

 とんでもない音楽が……降って……降って……

 紙の中に、請求書が混じっていた。
 請求書を確認した後、うなだれる2。

 僕の電話代は、限界に達した……

 ぶら下がった受話器を取り、電話を切ろうとするが直前で手が止まる。
 長い、間。
 受話器を置かずに、再び耳元に持っていく。

  ……なあ君、僕の電話代は、もう限界だ。君はずっと無言だな。まあいいや、聞いてくれ。……受話器置いてるか、まあいいや。なあ、聞いてくれ!

 響く大声。1の部屋にも受話器を通して声が伝わる。
 2の長い話の途中で、1は受話器を恐る恐る耳に当てる。
 喋っているうちに1の声のトーンは落ち着いてくる。

  僕はこの電話が切れたら、もう君に電話をかけることはない。誓う。君が無言を貫いて、僕は無言電話の恐ろしさを嫌という程感じたよ。これはクリエイターの恰好の材料になるかもしれないけど、いい文化とは言えないね。君、クリエイターじゃないんだろ、すまないことをした。本当に申し訳ない。っていうかなんだよ「クリエイター」って。だっせえ呼び名。英語、というかその元になる言語作った人は音感があんまりよくなかったんですかね。聞いてくださいよ、僕ね、そんなだっせえ響きのクリエイターなんていうのを、自信満々に、ずっと名乗ってたんですよ、音に敏感なはずのミュージシャン志してるのに。ほんと、笑っちゃうでしょ。だっせえし才能ねえんすよ。でもね、君の電話のおかげですっげえ膨らみましたよ、想像、思索、思弁?ありがとう!どっかの作家が言ったらしいですね。人は一生のうちに一作は傑作を生み出すかもしれないって。僕、それが見えそうだなあって気がしてて、今。でもダメなんだあ、電話代がさ、払えないんですよ。いい曲書けそうなんだ……でもしょうがないや。ごめんね、長々と話して。もしまだ受話器を耳に当ててくれてるなら、最後に一つだけ願いを言うから聞いていてくれ。あ、もちろん、君にこれに従う義務はひとつもない。ひとっつも言う通りにする必要はない。……僕は今から、この電話を切る。しかし、もう少しで曲が書けそうなんだ。僕はこの曲を完成させたい。もし、もしも君の気が向いたなら、気が向いたらでいいんだが、僕が電話を切った後、君の電話についてあるリダイヤルボタンを押してくれ……ついてるよね?まあいいや、どうせかかってこねえか。じゃあ……ありがとう。君も、電話代もったいないから、さっさと電話切りなね。

 電話を切る2。

 間。

 ダイヤルを回す1。
 鳴るダイヤル。
 受話器を取る2。

  ……。
  ……。
  ありがとう……曲、できるかもしれないわ

 音楽が流れる。


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