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戯曲「荒野にて: 文明が滅んでも滅ばなくても、退屈はあるし、やることはない」公開

こんばんは。
「サフランライス3」という短編持ち寄り演劇公演に参加できなくなってしまいましたので、上演候補作のひとつ「荒野にて: 文明が滅んでも滅ばなくても、退屈はあるし、やることはない」の戯曲を公開してみます。

文明が滅んでしまった後、世界には荒野が広がっています。我々はそんな荒野しかない世界で文明の残骸を引きずりつつ、何をするでもなく退屈を紛らし死を待つしかない……という想像を巡らせた挙句に、景色以外全部忘れてできるだけ温かい心だけをもって書いた作品です。pdfを開くほどではないわ、という方もいらっしゃるかと思いますので、文末に戯曲本文も繋げて置いています。読みやすい方からお読みください。

これを上演したいよという物好きな方はそうそういないと思いますが、もしいらっしゃいましたらご一報ください。上演の様子を動画などで見せてくだされば、上演料等はいりません。お問い合わせは 1973.majortom.mars@gmail.com までよろしくお願いします。

今回の戯曲の公開だけでは虚しさとせつなさはおさまりませんので、もう少し作品を生めないか粘ってみます。最新情報はtwitter( @garakutreHouse )が最速だと思うので、よかったらたまにチェックしてみてください。

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「荒野にて: 文明が滅んでも滅ばなくても、退屈はあるし、やることはない」


【荒野にて】

 荒野。なぜ荒野かというと、文明が滅んだからである。いや、これは何の説明にもなっていない。文明が滅んだら荒野になる、というのは実は不自然である。確かに、現在、つまり文明が滅ぶ前、これを読んでいる諸君にとっての現在、生活空間で目につく植生の多くは人間に管理されることで健やかな成長を約束されている。しかし、本来植物は人がいようがいなかろうが、好き勝手に生えて生きやすいように生きていくはずである。
 文明が滅んだ後は荒野というのは「人の行いや施しがこの世界を維持し発展させている」という人間の自信と願いが反映された表現なのかもしれない。……なんてことを、荒野に取り残されて相当な時間が経った後も考え続けられる人が、どれだけいるのだろうか。

 ダンボール箱を引っ張る榎木。しかし、箱は動かない。

 上村、その横を通りかかる。箱を引く男の方を気にしている様子だが、過ぎ去る。

 しばらくして、上村は引き返してくる。
 やはり箱を引く男の方を気にしている。が、また過ぎ去る。

 再び引き返してくる上村。
 榎木とも目が合う。微妙な空気。上村はじりじりと過ぎ去りゆく。
 過ぎ去るスピードは徐々に落ち、やがて足が止まる。

上村  なんですか?
榎木  ……はい?
上村  なんですか?
榎木  いや、何も
上村  え?
榎木  え?
上村  動かないんじゃないんですか、それ?
榎木  これ?はそうですけど
上村  え、じゃあ……
榎木  は?

 上村は箱の方へ寄る。

上村  え、どうしたらいいんですか?
榎木  何が?
上村  これ
榎木  いや、別に何も
上村  動かないんですよね
榎木  まあ、はい
上村  あ、砂に埋まってる感じだ
榎木  はい
上村  ……え?
榎木  なんですか?
上村  じゃあ、僕引っ張るんで、そっち持ち上げてもらっていいですか?
榎木  あ、いや、いいですよ、自分でやるんで
上村  無視していったら、後から気になってしょうがないですからね。手伝いますよ、いいですね?
榎木  ああ、まあ……
上村  夜になったら大変ですからね。なんたって、荒野の夜は、寒い。じゃあいきますね
榎木  え?
上村  だから、僕引っ張るんで、持ち上げてください。せーので
榎木  ああ、はい
上村  じゃあいきますね、せーの

 箱を持ち上げようとする榎木。上村は引っ張っていない。

上村  ダメですよ
榎木  何が?
上村  いや、僕が泥棒だったらこのまま引いて持ってちゃいますからね。僕が持ち上げて、あなたが引くようにしないと
榎木  はあ
上村  だいたいこんな大きな箱で、何運んでるんですか?
榎木  友達の荷物なんですけど
上村  じゃあなおさら用心しないと。あなたの不注意でお友達のもの失くしちゃったら大事でしょう
榎木  すいません
上村  いえ、じゃあどうしましょうか
榎木  あ、じゃあ僕が引っ張るんで、持ち上げてもらってもいいですか?
上村  人からの預かりものなんでしょう?そんな、見ず知らずの人にむやみに触らせるのはよくないんじゃないですか?
榎木  いや、あの、じゃあ自分でやるんで
上村  動かせないんですよね、ひとりじゃ?手伝いますよ?
榎木  いやあの
上村  なんですか?
榎木  あの、ほんとに大丈夫なんで
上村  大丈夫って、この辺は夜になると結構危険なんですよ。村まではまだだいぶあるし、日も傾いてきている。ここでもたもたしてるのは命取りですよ?
榎木  じゃあどうしたらいいですかね?
上村  いやいや、あなたの荷物でしょう?どうしたいんですか?自分で考えないと。だいたいこんなあからさまに荷物運んでますよ、みたいな箱ひいて歩いて、ちゃんと強盗対策とかはしてるんですか?
榎木  いや……
上村  人からの預かりものなんだから、もっと責任もって…
榎木  あの、あげます。あげますもう……あげます!

 榎木はおびえて、逃げるように去る。
 上村はそれを見届けると、箱を開ける。

 箱の中から人が飛び出す。頭には銀色の角のようなアンテナのような何か。

道頭  あ、開けてしまいましたね、パンドラの匣を!
上村 は?
道頭  わたしは悪魔。パンドラの匣を開けてしまった人に、あ、開けてしまいましたね、と言いにくる人
上村  ああ
道頭  ていうかさっきまでずっと暗いところにいたから、まぶしい
上村  ああ
道頭  え、まぶしくない?
上村  ぼくは大丈夫です
道頭  そっか、暗いとこいなかったもんね
上村  まあ
道頭  ちょっとあれ持ってません?サングラス
上村  持ってないですね
道頭  ああ……ちょっとサングラス探してこよ

 箱から出て、去ろうとする道頭。
 去り際に振り返り、重めのトーンで一つ言い残していく。

道頭  あなたは今から数々の災難に見舞われることになる。箱の底には一抹の希望。それは真の希望か、はたまた絶望の別の姿か……。じゃあ

 道頭、去る。
 上村が箱を覗くと、中にはサングラスが入っている。

上村  ……。いや、入ってる

 上村、サングラスをかける。

 暗転。

【焚き火にて】

 焚き火を囲む榎木と立川。
 榎木はうずくまっている。

立川  ふーん。じゃあそれで荷物全部残してきちゃったんだ
榎木  ……うん
立川  まあ、命まで奪うような危ないやつじゃなくてよかったんじゃない?
榎木  ……
立川  危なくないだけに警察も動きづらいんだろうけど。ま、あげるって言っちゃったわけだしね
榎木  ……
立川  ごめんって、元気だしな
榎木  ……
立川  焚き火って、あったかいよね
榎木  ……
立川  あったかいといえば、昔サンタの村にサウナを取り付ける仕事をしてたことがあるんだけどさ
榎木  なにその仕事
立川  あ、元気でた?
榎木  出てない
立川  ……サンタ、あのほんとの方の。夜によい子にプレゼント配ってまわる
榎木  親でしょ
立川  いや、いるんだってほんとに。いないのはいい子の方だよ。真のいい子がいないから、真のサンタがいないみたいな感じになるんだろうね
榎木  へえ
立川  で、サンタみんな同じ村に住んでるんだけど、サウナが好きなの。そのサンタの村にサウナ取り付けに行ったんだけど
榎木  何その仕事
立川  いやまあ、取り付け自体は別になんてことないただの力仕事だったんだけどさ。できた瞬間にサンタがぞろぞろ入ってくんの、全裸で
榎木  へえ
立川  俺たちまだサウナの入り口にいるからさ、こう、目が合うのサンタと
榎木  全裸のサンタと?
立川  うん
榎木  和やかそうだね
立川  和やかなもんか。あいつら挨拶しないどころか、入り口らへんにいる俺たちのこと邪魔そうに睨んでぞろぞろ入ってくんだぞ
榎木  サンタだろ?
立川  俺もサンタっていい人たちとばかり思ってたけど。あれって夜プレゼント運送するだけだからさ、人と関わんなくてもできるのよ。案外そういう奴も多いみたいよ
榎木  へえ。で?
立川  え?
榎木  なんか、俺を元気付けようとしてその話したんじゃないの?
立川  ああ、うん、そうだよ。なった?
榎木  いや無理でしょ。関係ないもん
立川  そっか
榎木  うん
立川  ……
榎木  あのさ
立川  ん?
榎木  ごめんな。大事な荷物、とられて
立川  置いてきたんだろ
榎木  ごめん
立川  大丈夫
榎木  ……
立川  あれダミーだから
榎木  え?
立川  大事なものだぞ、自分で運ぶわ
榎木  ……あ、俺囮?
立川  ……おーん
榎木  囮なの?
立川  ああ、んー
榎木  いや怒んないから言って
立川  んあー……
榎木  いや、ほんとに

 立川は曖昧な返事しか返さない。歯切れの悪い問答が荒野に虚しく響き続ける。

 暗転。

【射撃場にて】

 道頭、指に輪ゴムを引っ掛けて的に向けて撃つ。

 立川がやってくる。

立川  おつかれ

 道頭は的に目線を向けたまま答える。

道頭  おつかれさま
立川  どんな感じ?
道頭  この輪ゴム、少し上に逸れるね
立川  ああやっぱりそうだよね
道頭  まあ輪ゴムはだいたい上に逸れるか
立川  いや、そんなことはないんじゃない?
道頭  ああ、そう?文明が滅ぶとさ
立川  え?
道頭  文明が滅ぶと人は何の話するのかな、とか小さい頃考えたことあったでしょ
立川  ないかな
道頭  結局変わんないんだよね。暑ければ暑い話するし、お腹が空いたらごはんの話。なんにも変わらない
立川  まるで、夏の日差しの中の蝉のようだよね
道頭  どういうこと?
立川  いや、えっと……夏になったらジーって鳴く……いやわかんないわ、忘れて
道頭  うん
立川  いや、今って文明滅んだって言えるのかな?
道頭  そりゃあ、言えるんじゃない?
立川  なんで?
道頭  だって……ほら、いろんな技術とか滅んで国とかも崩壊したわけだし、物騒な事件も多いし
立川  まあそうだけど、物騒な事件なんかは昔からあるし。国や技術なんかもさ、それを支えてたシステムが通用しなくなったってだけで、今の世界から生まれる新しい思想やシステムは常に誕生する可能性があるわけじゃん。
道頭  ああ
立川  だいたい、文明が滅びるためにはその前段階として文明があったことが必要なわけだけど、じゃあ文明の定義って何だろう。人が滅んでない状態で文明って滅ぶのかな
道頭  めんどくさ
立川  文明が滅ぶと、人はこんな話をするんじゃないかな
道頭  なにそれ
立川  まるで、夏の日差しの中の蝉のようだ
道頭  ……どういう意味?
立川  「うるさい」
道頭  浅いわ

 間。特にする会話がないのである。

道頭  無人島に何か一つだけ持っていくなら、みたいな
立川  それほんとにクソトークテーマだよ
道頭  うんわかってる。その時にさ、退屈しないように本とか言う人いるけど、わざわざ無人島に行こうとしてるのになんで退屈を危惧してるわけ?
立川  ……漂着するんじゃない?自分の意思じゃなくて
道頭  じゃあ「持っていく」っておかしくない?
立川  それは……ああ
道頭  退屈しないようにっていうけどさ、無人島の退屈しのぎって、読書で合ってるの?外から持ち込んだものでしか退屈をなくせないんじゃその先には絶望しかなくない?こう、無人島と一体になって何かを創造する過程ではじめて退屈が癒えるんじゃないの?
立川  わかんない
道頭  いかに外部の生活を再現するかよりも、いかに無人島の内部で生きていくか、無人島と一体化するかっていう方が話題として厚みがあると思うのよね
立川  ああ、まあ、そうなんじゃない?
道頭  だからさ、無人島に何か一つだけ持っていくならって話題、相当クソじゃない?
立川  最初に言ったけどねそれ
道頭  うん
立川  ……
道頭  ……
立川  あ、その話はしないんだ
道頭  え?
立川  いかに無人島と一体化するかっていう
道頭  いやつまんないでしょ
立川  ああそう?
道頭  あれ、そういえばお友達は?
立川  なんか拗ねてたから置いてきた
道頭  囮役みたいにされて怒ったんじゃないの?
立川  うん
道頭  それはフォローすべきなのでは?
立川  いや、確かに俺が悪いけどね。でもさ、悪いやつに慰められたところで立ち直るの無理じゃない?
道頭  ああ……まあ
立川  悪いやつが慰めるのは、傲慢で身勝手だよ
道頭  ああ……すごい今悪魔に響いたわ
立川  ああそうか悪魔か。ヒト感がすごいから忘れてた
道頭  なんか、存在を肯定された感じ

 サングラスをかけて段ボール箱を引く男が現れる。

道頭  あ、あいつ
立川  知り合い?

 道頭、輪ゴムを男に向けて撃つが、上にそれて当たらない。

上村  うわ、あぶな

 道頭、サングラスをかけた上村の方へ。

道頭  ちょっと、それわたしのサングラス
上村  あ、悪魔
道頭  返して
上村  ああ、はい

 上村、サングラスを外して道頭に渡す。眩しそうである。

上村  あの、そういえば数々の災難っていうのは
道頭  いや知らない
上村  え、だって
道頭  あれ、言う決まりだから。もう何年もマニュアル変わってないからさ。もうこれだけ荒んでたら災いもクソもないでしょ
上村  まあまあ
立川  どなた?
道頭  ああ、なんか盗賊?
上村  いやいや
立川  あ、俺の箱
上村  いやいや
立川  気弱な好青年からとったでしょうそれ
上村  ああ……はいはいそうです。いやとってはないですけどね
立川  彼、ああ見えて正義感の強い男なんですけど
道頭  なかなか憎めないやつでね
上村  ああ、へえ
道頭  あ、あんまり興味ない?
上村  ああ、まあ……はい。あ、でも興味ない話でも結構聞けますよ僕
立川  ああいや、別に話すほどではないかな
道頭  話すほどのことじゃなくても結構話せる方じゃない?
立川  それはまあ
道頭  あら、相性いいんじゃない?
上村  不毛じゃないですか?
道頭  まあ、荒野だからね

 暗転。

【荒野にて】

 榎木が上村、道頭、立川の方に銃を向けて立っている。

榎木  友達だと思っていたのに。お前らの魂胆はすべてお見通しなんだからな!
道頭  いや、どうしたどうした
榎木  スタニスラフスキー・システムを悪用して人類を滅ぼそうってったって、そうはいかないぞ!
上村  まじで何を言ってるんですか?
道頭  スタニスラフスキー・システムは演技理論よ
榎木  うるさいうるさい。そのために大量の何かを運んでいたんだろう。すべて聞いたんだからな!
上村  だれに、何を!
榎木  うるさい、全人類を滅ぼすっていうんなら、俺はお前たちに引き金を引く!
道頭  いやいや、言ってないし
上村  まじで。え、なに?どういうこと?
立川  君たち、彼を刺激しちゃダメだ
道頭  刺激も何も……わからん、何も
上村  急に来て。このテンションで。まじで急
立川  まあ俺に任せて。できるだけ涼しい顔で見つめるんだ

 涼しい顔を榎木に向ける3人。
 榎木は3人に対してまくしたてるが、涼しい顔が少しも変化しないために不安が増す。

榎木  知ってるんだからな。全部聞いたんだからな。俺を囮にして危険な計画を進めているんだろ。知ってるんだからな!……本当だぞ、知ってるんだぞ!……知って、え、何?人類を滅ぼそうと、え?違うの?え、何その顔、え、何何、え?

 立川、榎木の方へ歩み寄る。立川は優しいトーンで榎木に語りかける。

立川  俺たちは、そんなことしないよ
榎木  う、うそだ。来るな、近寄るな
立川  大丈夫。大丈夫だから
榎木  来るな!

 榎木、銃を立川に突きつける。
 立川、銃口を掴み、榎木の手から銃をひねり取る。

立川  榎木君、銃はね、遠距離用の武器なんだよ
榎木  くそ!
立川  大丈夫、何もしないから。危険なことは何も企んでいない。俺たちは、ここで、まじでのんびりしてるだけなんだ。何もすることないから、まじで
榎木  ……え、まじで?
立川  うん、まじなんだ。だって、やることがひとつもないんだもの。何も
榎木  ……う、嘘だ、スタニスラフスキー・システムを悪用して人類を滅ぼすんだろう!聞いたんだからな!……いや、ほんとに……聞いたんだよ?……え、いや
立川  誰に聞いたのか知らないけど、榎木君。スタニスラフスキー・システムはソ連の演出家スタニスラフスキーが考案し、リアリズム演劇に大きな影響を与えた演技理論だよ
榎木  え、何理論?何を言ってるかわからない
立川  榎木君、こっちもだよ。君が何を言っているのか、わからない
榎木  ……本当に?
立川  本当に
榎木  じゃ、じゃあいったい何を運んでいたんだ、俺を囮にして
立川  これだよ

 立川、手のひらにオルゴールを乗せる。
 ネジを巻くと、誕生日を祝う曲が流れる。

榎木  ……
立川  お誕生日、おめでとう
榎木  おれ、今日誕生日?
立川  カレンダーとかないからわかんないけど
榎木  だよね
上村  いい、友情だね
道頭  そうかなあ
上村  友情は正義に勝ってこそだよ

 暗転せずに、空気が落ち着くまで演技を続けた後、全員でひとつ頷きカーテンコール。
 頷きは「ああ、もういいかな」の頷きである。荒野はあっさりとなくなる。



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もし気が向きましたら感想などもお待ちしています。丁寧に読みます。


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