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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第11話 死を視る少女、悪しき魂の禁足地

王国の城壁の草原を西へ進むと、ぽつんと佇む霊拝の地モルマスの巨大な石碑が目に入る。
天涯孤独の死者やモルマスへの埋葬を望んだ者の遺体が、この地に送られる。
中でも目を惹いたのは石碑を包み込んで覆うような、網目模様が特徴的なドーム状の建造物だった。
迷い人が見たら、蜘蛛の巣や丸屋根を連想するだろう。
直美が言うには、これは糸を模したものらしい。
男女の縁を運命の赤い糸と形容したり、文豪の作品に蜘蛛の糸が登場するなど、人生や運命を糸に例えるのは世界各地にありふれた考えだ。
ギリシャ神話では人の運命を司る三女神、クロト、ラケシス、アトロポスが存在している。
モルマスの建造物もヴォートゥミラの神々に影響され、作られたのだろうか。
ここにはどんな文化や風習、風俗があるのかと、石動は知的好奇心をくすぐられていた。

「呪われたりしないでしょうね。も、もちろん信じてないけど! オカルトなんて! 科学で証明できないものなんて、この世にはないから!」
「言ってしまえば、ただの墓地だ。特に怖いものはないはずだよ」
「ならいいけど……」
「道中、魔物に遭わなくてよかったですね。あそこに骸骨が……」

英子が指差す方向を見るや否や、直美は雄叫びを上げる。
骸骨がレンガの建物のあちこちに立て掛けられ、こちらを凝視しているではないか。
怖がりな直美でなくとも、小心者なら逃げ出したくなるような光景を、石動と英子は呆然と眺める。

「ヒイィィィッ!!! なんでこんな所にあるのよっ!」
「祭りや教会の装飾用かもしれない。世界にはそういう場所があるよね?」
「……ああ。セドレツ納骨堂なんて有名よね。脅かさないでよ。心臓が止まるかと……」

冷静に分析した石動が、自らの考えを言葉にすると、彼女は普段の落ち着きを取り戻した。
表情がコロコロ変わって、見ていて飽きない。
男児が好きな女の子にイタズラするような、加虐心をそそられた青年は、直美が安堵した刹那

「もちろん死者がひとりでに動いた可能性も。魔法のある世界だし……」

反応を見たいがために、わざと驚かす。

「ひゃああああぁ、バカァ! ここから離れましょ、今すぐに!」
「直美さん、しっかり! ユウさんもからかわないで!」
「ごめんごめん。でも何かしら意味があって、ここにあるはずだ。それだけは心に留めておいてほしい。文化まで否定するのはダメだよ」
「あ、あなたのせいでしょ! ま、まぁ、文化や歴史を否定するつもりはないわよ……怖いけど」

からかわれた直美は文句を言いながらも、彼の言葉を受け入れる。
日本のようにしめやかに故人を見送る国もあれば、メキシコのようにカラベラ(骸骨)を着飾り、祭りを楽しむなど、死生観は様々。
ただし残された者が死者を送り届け、故人と区切りをつける文化は、いつどこの時代でもあるのだ。
偉人でも悪人でもない、名もなき無数の人々が積み上げた歴史と文化に敬意を払いつつ、僕らはモルマスへと入る。

「ククク、落ち着く場所だぜ。恨み、妬み、憎しみ。人間共の邪悪な波動を感じる」
「非業の死を迎えた魂の狂想曲が心地よいな。この世から完全に消滅させて、俺が楽にしてやろうか」

悪魔二人は物騒な発言をしながら、辺りを見渡す。
どうやら悪魔にとっては、居心地のいい場所のようだ。
今の所、悪事を働こうとする気配はなかった。
なら別に好きにさせておけばいい。
視線を直美に戻すと、彼女は道端の噴水のあたりを凝視していた。
彼女をじっと見ていると、直美の表情はみるみる内に顔が曇り出す。
そして次の瞬間

「なんでこんな場所に。もしかしてあなた……なの……返事して!」

唐突に直美は虚空に向かって叫び出す―――まるで何かが見えているかのように。
何が起こったのだろう。
この場所が彼女に影響を及ぼしたのかもしれない。
土地勘とモルマスの知識がない青年は、側にいた知的な悪魔アモンに訊ねる。

「何か知っているかい?」
「モルマスではな、たまに幻視(み)てしまう奴がいるのさ。死者の魂をな」
「つまり直美さんは亡くなった誰かを……」
「だろうな」

アモンとの会話を交わしていると、直美はその何かを一心不乱に追いかけていく。
否、僕らには彼女が突然走り出したようにしか見えないのだが、彼女には死者の魂が―――今は亡き大事な人が視えているのだろう。

「逃げないで、謝らせて! 私は陽(はる)、あなたを……!」
「な、直美さん!」

見失わないように息を切らして追いかけた青年は、直美を呼び止めた。
振り返った彼女は唇を噛み締めて、今にも泣き出しそうになるのを堪えている。

「私、あの子にどうしても……!」
「ここは魂の安息地らしい。つまり、その子はもういないんだよ。直美さん」
「……わかってるわよ」

呼び捨てで女の子の名を叫んでいたのを見るに、年齢の近い親しい友人が夭逝したのだろうと石動は察した。
そんな彼女に、祐は辛い現実を突きつけた。
消え入りそうな小さな声に、いつもの自信はない。

「私が……殺したようなものだから! だから許されるはずなんてないけど! せめて、あの子に……」

感情の昂ぶった直美は、切れ切れに言葉を漏らす。
―――彼女が人を殺した?!
勿論比喩なのだろうが、今は彼女と冷静に話がしたい。

「ええと、あのその……とりあえず休憩します? なんだか疲れちゃって〜」
「英子さんの言う通り、少し休もうか」

石動が言葉に詰まると、英子がわざとらしく疲れたように振る舞う。
助け船を出した彼女に同調して、石動は屋台の近くにある椅子に座るよう促した。

「ええと……とりあえずお酒でもどうぞ。嫌なことを忘れさせてくれるかも」
「……」

何かを飲めば、気分が落ち着くかもしれない。
青年が酒の入った水筒を手渡すも、直美は黙り込んで言葉一つ口にしない。
気落ちする彼女を、どうすれば励ますことができるだろう。
とにかく悩みを聞かないと、相談に乗ることも不可能だ。

「僕の発言が正しければ、頷いてくれますか?」

石動が問いかけると首を縦に振る。
どうやら質問には応じてくれるようだ。
その後石動たちは、彼女の過去を知った。
直美とその子は、同じ高校に在学していた友達なこと。
気の強い彼女の数少ない理解者だったこと。
そして最後に自ら命を断ったこと。
同じ目的を持つ利害関係で協力する者同士で、僕らは互いに多くを語らない。
苦悩を相談して説教されて傷つくことも考えれば、打ち明ける相手は選ぶべきだ。
そもそも人に話して解決なんて悩みなら、ヴォートゥミラにはやってこないだろう。
安易に同調しても、彼女のためにはならない。
かといって、更に苦しめるのも気が引けた。

「直美さん、君は納得いくまで自分を追い詰めた方がいい」
「……」
「ユ、ユウさん、そんな突き放した言い方しなくても」

石動の言葉を英子が遮ろうとするも意に介さず、彼は喋り続ける。
英子の発言は一理ある。
人の生き死にが関わるなら、もっと丁重に気を遣うべき問題だろう。
あまり解決を急ぐと、逆効果になる。

「それがその子への償いだし、直美さんが自分の悩みと折り合いをつけるのに、絶対に必要になる作業だよ。僕はそう思う」
「……そうかもね、あなたが正しいのかもね。もっと考えてみる。あの娘への償い方を」

彼女との信頼関係は、今までのやりとりでそれなりに築けたはず。
しかし直美の心の問題に踏み込むのは初めてだ。
初めはどうなることかと思ったが、芯の強い彼女ならいずれ自分なりの答えを出すだろう。

「お嬢ちゃんの過去は知らねェが……人が人を殺すのは当たり前だせ? そんな深刻になんなや」

ハリーの神経を逆撫でするような発言に、直美は彼に軽蔑混じりの眼差しを向ける。
目の前の悪魔は殺しを何とも思っていない。
石動が殺されかけたあの日の夜、悪魔という存在が人とは相容れない生物だと彼女は理解した。

「しっかりしないとね。ユウは頼りないし、英子さんにはいいとこ見せたいし。悪魔のそいつらは信用ならないし」
「……直美さんにはお世話になりっぱなしだね」
「ええ。本当にあなたは駄目な人だからね」

直美は頬を両手で叩き、自らに喝を入れる。
冗談っぽく微笑む彼女の気丈さに、僕の方まで元気を貰えた気がした。

「店に悪いし、何かしら買っていきましょうか」
「そうしましょう!」
「ハリーとアモンは席を見張っててくれ。君たちは何を食べたい?」

訊ねると

「オレサマは腹の足しになりゃいい。あと寒いから温まる食い物をあるだけ買ってこいや」
「羊肉料理があれば、それにしてもらおう。なければ不要だ。人と違って、悪魔にとって食事は娯楽の1つに過ぎないからな」
「食べないでいいなら、ハリーは何でそんなに食い意地が張ってるんだ?」
「オレサマの勝手だろうが。さっさといけや」

注文を聞いた石動に罵倒を浴びせた。
旅に出てから時間がさほど経過していないため、ハリーとアモン以外の面々は、飲み物だけを注文する。
ウィスキーのような琥珀色の液体から発せられる、芳醇な匂いを嗅ぎ、青年は恍惚とした表情を浮かべる。

「……あなた、蜂蜜酒よく頼むわね」
「おじさんが甘い物好きだったらダメなの?」

言い返すと

「別にいいけど、ほどほどにしておきなさいよ。どんな食べ物でも、栄養が偏ると体に悪いからね」

諭すように優しく、彼女は石動に云う。

「……うん。でも水は貴重だし、お酒で水分補給するしかないから」
「私、まだ未成年なんですけど、お酒なんか飲んでいいんですかねぇ?」

酒をちびちび飲みながら、英子は二人を交互に見遣る。
命より世間の押しつけがましい道徳を優先する必要はないだろう。
生きること以上に規範を尊ぶなどバカげている。

「林檎酒(シードル)なら度数も低いから、心配ならそれにしたらどうかな」
「そうなんですか〜。ありがとうございます」
「……結構あったまるな。人間共の喰うメシも、なかなか悪くねェ」
「悪魔たるもの食事も楽しめよ、ハリー。刹那の快楽に溺れるのが俺たちだろう?」

こんがりと焼かれたイノブタの串焼き。
具材の原型がなくなるまで煮込まれたポタージュ。
一斤丸ごとのライ麦黒パン。
三角のチーズ。
テーブルの上に所狭しと並んだ庶民向けの料理に、青年は苦笑する。
見ているだけで胃がムカムカするほど大量の食べ物だが、香ばしい匂いは食欲を刺激してきて、石動は何度も唾を飲み込んだ。
感覚を共有しているからか、ハリーが食事をしている間、青年の体の芯はぽかぽかと温まる。
数十分後、綺麗に料理を平らげたハリーの酒樽のような腹を見て、一行が笑顔を取り戻すと心機一転、彼らはモルマスを調べ始める。

「ねぇ、あそこは?」
「監視が厳重だから、あまりジロジロ見ないようにね。警戒されるわよ」
「あぁ、そうだね」

見るなと言われると、気になってしまうのが人間らしい。
心理学でいう、カリギュラ効果というものだ。
視線の先には数人のシスターが、コンクリート製の建物の前で通行の制限をしていた。
許可の降りた者には、盃に入った無色透明の液体をかけられている。
無数に積み重なる人骨で作られた扉の先には、何があるのか。
眺めていると、一人のシスターが石動らの元に近づいてくる。

「何か御用ですか。見学の方は列に並んでお待ち下さいね」
「いえ、そういう訳では……」
「しっかり洗礼を受けていただきますよ。悪しき魂の持ち主は……連れていかれてしまいますから」
「どこへ?」

直美が真顔で訊ねると、修道女は無言で天を指差す。
あの世にいくとでもいうのか。
冗談ならば口許が緩みそうなものだが、能面のような無表情を崩さなかった。
石動の背筋に寒気が走る。

「……不気味ね」
「人さえいなけりゃ、コイツをブッ殺して無理矢理進むんだがなァ」
「……ハリー、地面に這いつくばれ」

危険思想の悪魔に命令すると、ハリーはその瞬間地面に突っ伏した。

「いきなり何をしやがる! 殺すぞ、テメー!」
「今の発言は看過できないからだ。お前なら実際やりかねないしな」

苛立ちを隠さない悪魔にも、毅然とした態度で応じる。
いきなりの大男の奇行に周囲は騒ぎ、一行に奇異の目を向ける。

(また悪目立ちしちゃったよ。こいつのせいで)

「ケッ、テメーやりやがったな。いつか仕返ししてやる!」
「うう、うるさい! 僕も苦しいんだからおあいこだ!」
「……何やってるのよ。いい笑い者じゃない」
「なかなか面白い見世物だったぜ。ハリー、ユウ」

突き刺すような視線が痛々しく、青年は口ごもる。

(……こ、こなきゃよかった。だから人混みは嫌いだ)

「何事ですか? 死者の安寧を妨げるようなら、モルマスから出ていってもらいましょう」
「あなた方はここでお待ちを。どうしても通るというなら、洗礼を受けていただきますので」

有無を言わさず修道女たちは石動、ハリー、アモンの三人を睨み据える。
悪魔であるハリーとアモン、悪魔の魂を持つ石動を正確に邪悪なる存在として認識したようだ。

「しょうがないよ。直美さんと英子ちゃんで楽しんでおいで。直美さんは怖がりだから、ちゃんと隣に寄り添ってあげてね。責任重大だよ」
「は、はい! が、頑張りましゅ」
「え、英子さん! 幽霊とかが出たら、わわわわわ、私がやっつけるからぁ!」

明らかに動揺している直美に、挙動不審になる英子。
墓地という場所が、彼女たちを精神的に恐怖させてしまうのだろう。
この二人を本当に、このまま進ませていいのか。
不安に駆られたが規則を守らねば、この場は穏便に済みそうになかった。
列に並ぶ彼女たちを見送ると、三人は誰からともなく雑談をし始める。

「僕らは通してはくれそうにないみたいだし、どうしようか」
「お高く止まった修道女様だ。腹も立たねェぜ。ただ待つのはゴメンだぜ。オレサマは」
「ユウ、ハリー、そうカッカするな……抜け道を探すのも楽しいものさ。俺たちは俺たちのやり方で侵入しようじゃないか……ククク……」

唇の両端を吊り上げ、何かを企むかの如く邪悪な微笑を浮かべる。

「何をやる気だ、アモン。誰かを傷つけるような案なら承知しないぞ」
「まぁ、殺しだけはしないと約束するよ」

石動はアモンの案を、不安と期待の入り混じった心持ちで傾聴するのだった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

  • 好きなキャラクター(複数可)とその理由

  • 好きだった展開やエピソード (例:仲の悪かった味方が戦闘の中で理解し合う、敵との和解など)

  • 好きなキャラ同士の関係性 (例:穏やかな青年と短気な悪魔の凸凹コンビ、頼りない主人公としっかりしたヒロインなど)

  • 好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
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作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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