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【有料】異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第43話 結ばれる信頼、絶望の中の勝機

(こ、殺されたのかっ、ウィッカちゃん!?)

細長の炎が咀嚼するかの如く烈しくうねると、すぐさま彼女は吐き出された。
枯れた木の葉のようにゆっくり落下した妖精を受け止め、青年は変わり果てた姿に青ざめる。
シミひとつない白肌は火傷で醜く爛れ、皮膚は死人を想起させる緑へ変色している。
幸い小刻みに震えた仕草から息をし、まだ生きているようだが、瀕死の重傷なのは一目で明らかだ。
しかしおかしい、火傷跡でこうなるか?

「こ、これが火の魔法の影響の負傷か……!?」
「クククッ、気がついたか? 業火の毒蛇の猛毒がじきに全身を巡る。図体の小さいぶん致死に至るのも、さして時間はかからん。よかったな、悪魔の指揮官。さして親しくもない妖精が犠牲になって……」

独り言に反応された青年は顔を向けると、レラジェは口角を吊り上げた。
戦闘の混乱で意図を読むだけの深い思考はできない。
だが人を玩び、人の負の感情を刺激するのが至上の愉悦の、悪魔の微笑の理由など一つしかない。

「……何が可笑しいんだよ、何がよかったんだよ。お前もこうしてやろうか、レラジェェェッ!!!」

仲間になったばかりで関係が深いとはいえないのは、悪魔の述べた通りだ。
けれどもこの短期間で酒に酔ったり、軽口で皆を陽気にさせるあどけなさを。
反対に自らの無能力に疑問を持ち悩む、人と相違ない等身大の妖精の彼女を。
それぞれ知ってしまった。
多少なりともウィッカを理解した以上、他人とは呼べないだろう。
それに彼女の死を喜べるほど、歪んだ人格ではないつもりだ。
苦悶に歪む顔を浮かべたウィッカを嘲笑う悪魔に、青年の口からは腹の底に溜め込まれた悪意が、そのまま表出したような台詞が。
心模様を憤怒に塗り潰された叫びが。
周囲の喧騒を掻き消すような悪罵に、彼自身が一番驚いていた。
人と悪魔は似て非なる存在と言い聞かせてきたが、ようやく受け入れた。
人も悪魔も似たものだと。
悪意という共通項の糸で太く深く結びつき、それはけっして切れることはない。
ユウの憎悪に満ち満ちた咆哮を耳にして

「実に心地よい響きだ。戦場で平静を保つ貴様の姿は場違いそのもの。決定的に欠如している。失いたくないという覇気が。奪われたくないという懸命さが。座して死することの無意味さを、闘争の中で悟れ」

負けじと持論を展開していく。
剥き出しの敵意と純粋無垢な殺戮の欲求のみが、ユウとレラジェの心を支配した。
その時だけは互いが互いの思考や理念を、手に取るようにわかった。
青年は掌の妖精を仲間に預けると、悪魔を見据えた。

「余裕綽々のお前にも、その覇気と懸命さを思い出させてやる」
「弱者が粋がっても滑稽なだけだがな」

一笑に付す悪魔の言い分は最もだ。
僕の言葉に説得力を持たせたいなら、頸に刃を突きつける以外ない。

「貴方の怒る姿に、少しは冷静になれたわ。何をすればいいかしら」
「君は氷の魔法と壺で、二人の護衛に徹してほしい。矢が飛んできたら都度迎撃してくれ。大事な役目だ、リーダーの君に頼んだよ」
「わかったわ」

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