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終末世界の英雄譚 第10話 涙の再会

デンメルンク王国の大通りを外れた路地に佇む、石が積まれた壁の店“魔女館”。
二階建ての魔法雑貨屋は、辺鄙な立地にも関わらず、意外なほど繁盛していた。
リズ目当ての常連と、純粋に魔法雑貨を購入しにきた一般庶民。
観光客は街中にぽつんと建つ道具屋の妖しげな雰囲気と、常連の長蛇の列に誘われて、一人また一人と入っていく。
店前にはリズの母親が趣味で置いた手の平サイズの木製人形、ブープくんが野ざらしだ。
着ているサスペンダーは定期的に洗っており綺麗だが、虚ろな瞳は恨めしげに客を見上げるかのようで、薄気味が悪い。
霊的な物への感受性が高いのか、ブープくんを見て泣き出す子供は多く、夜中に喋るなどの風評に近い噂まで流れる始末だ。

「……陰気くさい店だ。よく見ると窓がねぇが……」
「直射日光でダメになる、取り扱いが難しい薬品を仕入れてるからな。窓が少ないのは、そのせいだ」
「なるほど。品揃えはいいみたいだし、面白いものも見れそうね。今から楽しみだわ」

列に並んで小話をしつつ、待つこと数十分。
木製の扉が目と鼻の先に近づくと

「いらっしゃいませぇ」

中からは快活な声が聞こえてくる。
声の主は金色のツーサイドアップに、赤のエプロンドレス姿が特徴的な少女。
リズベット·アンドロシュ。
クロードと旅をしていた彼女は、街の男たちの間では、店の看板娘として親しまれていた。
告白された経験は数知れず。
誘いを断るのも面倒らしく、旅をしていた間は、クロードが度々恋人の代わりを務めた。
今は魔法の勉強や、仕事や楽しい時期なのか。
心に誓った相手がいるのか。
年頃の娘だというのに、男の影は微塵も感じられない。

(引く手あまただろうに、どうして……)

クロードとしては、適当な男とくっついてほしいのが本音だった。
身を固めて身籠れば、生まれてくる子供のためにも、戦おうとは考えなくなるだろう。
もう二度と、目の前で悲劇が起こってほしくない。
痛切な願いを込めて、クロードは彼女に視線を送る。

(リズ、すごい頑張ってるな。それに比べて俺は……)

懸命に働くリズの姿を眺めていると、彼の心の中に仄暗い感情が湧き上がる。
数多の血が流れる暗黒の時代で、身近な誰かを失っても、人々は懸命に生きている。
魔王との戦いに敗北した挙句、自分との戦いにも負けた。
最低最悪な男に、彼女と会う資格があるのか。
冒険者でなくとも、自分の道を突き進んで輝いている彼女に会うのを躊躇うあまり、クロードは扉の前で歩みを止めた。

「……」
「クロード、あの子が例の?」
「そうだよ、あの子がリズだ」
「さ、中に入りましょ」
「ああ。ブープくん、お邪魔するよ」

扉を開けて鈴がからからと鳴ると、客の視線が一斉に彼の方を向いた。
男たちは殺気立った様子で、クロードを睨みつけると

「ケッ、英雄様のご来店だぜ」
「あいつがリズちゃんの……」
「女連れとは、いいご身分だな」

口々に吐き捨てるように言った。

(なんだよ、こいつら。全員リズ目当てなのか?)

彼らに何をした訳でもないのに、罵倒されるのはいい気分はしない。
居心地の悪さを感じたクロードは、苦虫を嚙み潰したような面持ちで、リズの腰掛けるカウンターまで近づいていく。

「久しぶりだな、リズ。見た感じ、元気にやってるみたいでよかったよ」
「ク、クロ? どうしたの、急にここに来るなんて……横の人たちは?」
「また魔王を倒すことに決めたんだ。二人は協力してくれる仲間たち」

彼が発すると、信じられないとでもいった風に、リズベットは目をぱちくりさせた。
突然やってきたら無理もない。
落ち着きを取り戻すまで、彼女の返事をじっと待っていると

「パパ、ママ! クロが!」

脇目も振らずに、リズは両親を呼びに階段を駆け上る。
客は呆気に取られて、彼女を目で追っていた。
そそっかしいのも相変わらずのようだ。
不注意な彼女を見ていると、クロードの張り詰めていた気持ちが緩む。

「……なんだよ、いきなり騒がしいな。まさか昔馴染みのあの女を、組織に誘うなんて言わないよな」
「俺をバカにすんのは勝手だけどよ。俺の仲間にまでケチつけるなよ」
「あまり人を悪く言わないの、アイクくん。周りから敬遠されるわよ」
「……確かにそうですね。善処します」

ノーラに諭されてしおらしくなったアイクを見て、クロードはニヤニヤと口元を歪める。

「そうそう。霹雷(へきらい)の英雄と謡われたクロード様を、少しは敬ってもいいんだぞぅ」
「そういうのがうぜぇから、尊敬できねぇんだっつうの」
「ほら、喧嘩しないの。あなたも人をからかわない」
「へぇへぇ、わかったよ」

彼女が戻ってくる間、談笑していると

「リズったら。クロードくんが来て、はしゃいじゃって」
「積もる話もあるだろう。ここは私たちに任せて、外で話してきたらどうだい」
「パパ、ママ、そうするね」

リズと仲睦まじい夫婦の会話が耳に届くと、次の瞬間、とんがり帽子にローブ姿の全身黒ずくめなリズが現れた。

「ね、遊びにいこ!」
「ここじゃ落ち着かないし、そうすっか」

彼女の両親の好意に、素直に甘えさせてもらおう。
一行が店の外に出ると、クロードは再び冒険するに至った経緯を、簡潔にリズに説明した。

「この三年間、短かったような長かったような……でも本当によかった」

話し終えると、彼女が涙ながらに訴える。
彼女は時折クロードを案じて、シャーフ村を訪問していた。
自暴自棄で投げやりな態度を取って、知らず知らずのうちに傷つけていた。
彼女に話していれば、早くに解決していただろうか。
人生の選択を誤ったような気がして、クロードを後悔の念が襲う。

(……本当にいっぱいの人を、傷つけちまった。最悪な男だな)

「泣かせるつもりなんてなかった。迷惑かけて、泣くほど苦しませてごめんな」
「立ち直ってくれて嬉しくて、つい。立ち直ってくれたなら、それでいいの」
「それじゃ俺の気が済まないんだ。なんでもいいからさ、罪滅ぼしさせてくれよ」

もう彼女から逃げたりしない。
クロードが視線を外さずに告げると

「じゃ、じゃあ、毎年誕生日を祝って、大好きって言ってほしい」

俯きがちにリズが伝えた。

「そんなことでいいのか、お安いご用だ。これで涙、拭いてくれ」
「えへ、約束だからね」

ハンカチを手渡すと、顔をくしゃくしゃにして、彼女ははにかむ。
リズの笑顔に胸を刺すような痛みが、ほんの少しだけ薄らぐ。
元気なところを見せてあげるのが、彼女への最大の恩返しだ。
唇の両端を無理矢理つりあげて微笑むと、彼女もつられて笑いかけた。

「ノーラさん。本当にありがとうございます。私じゃ無理だったのに、クロを正してくれて。ほら、頭下げて感謝しないと!」
「おう。リズの言う通り、ノーラがいなかったら俺は腐ったままだったよ」

頭に手を乗せるリズベットに促されて、彼は頭を下げる。
改めて彼女に謝罪するのは気恥ずかしく、思わず声がうわずる。

「よっぽど彼のことが気掛かりだったみたいね。可愛らしい子じゃない。大切にしてあげないと神様に叱られるわよ」

ノーラは微笑みを満面に湛えると、仲の良さをからかう。

「ノ、ノーラさん。からかわないでくださいよ!」
「?」

頬を赤らめるリズを眺める彼女は、さらに相好を緩ませた。
朴念仁の彼は会話の意味が理解できず、首を傾げて彼女たちの話を聞いていた。

「おいおい、俺に分からない話すんなよ。ま、仲が良さそうで何よりだけどな」
「……あなた、鈍感って言われない?」
「別に言われないけど?」

クロードは疑問符を浮かべつつ返答すると、ノーラは頭を抱えて大きく溜め息をつく。

「人前で内緒話はやめてくれよ。魚の小骨が喉につかえた気分だぜ」
「なんでもないわ。あなたとリズベットさんの問題だもの。私が間に入っても、関係が悪化するだけだろうし」
「急にどうしたんだ、ノーラ。俺とリズの間に問題なんかないし、わけわからんぞ」

助け舟を求めるように、クロードはアイクを見遣る。

「じろじろ見てくんなよ。女心ってのは、俺にも理解できねーって」
「お前は女心以前に、人の心を学べよ。陰湿ヤロー」
「なんだと、はったおすぞ! 俺にだって好きな女の一人くらい……!」

言いかけた彼は途中まで言うと、いつもの調子に戻った。

「思わず変なこと、口走りそうになっちまった。こんな蛇目バカの相手、真面目にしてらんねーよ」
「マジでムカつくな、お前」

苛立つクロードが憎々しげにアイクを睨むも、リズは元気いっぱいに二人の喧嘩を遮った。

「ここに来たってことは、私も冒険に連れていくってことだよね。後方支援は任せてね!」
「危ないよ。リズには素敵な親御さんがいるんだ。それに人並みの幸せを送ってほしいんだよ」
「昔と比べたら、私もいろいろ成長したんだ。足手まといにはならないよ。それに私だって、ルッツさんたちの仇を討ちたいの。ダメかな?」
 
握り拳を振り上げて、リズは返事する。
それを聞いたクロードは彼女が昔、また共に冒険をしたいと、常々口にしていたことを想起した。
過去を払拭できるまでは呪いのように感じた一言が、今は頼もしく響いた。
これからの自分は一人ではないと、心の底からそう思えた。
この3年間、彼女も並々ならぬ思いを抱えていただろう。
中途半端に止めても、黙ってついてくるに違いない。

「そこまで言われたら、断れねぇな。また仲間として旅できて嬉しいよ」
「……俺はアイクだ」
「リズベットさん、これからよろしくね。気軽にノーラとでも呼んで」

ノーラが言うと、目を頻りに瞬く。

「さん呼びだなんて。呼び捨てで構いませんよ!」
「でもいきなり呼び捨ては、なんだか気が引けるのよ。間を取って、リズちゃんって呼ぼうかしら」
「はい、ノーラさん!」

人懐っこい笑顔で、リズは愛嬌を振りまいた。

「可愛い子ね。一緒にいたら冒険も華やぐわ」
「ノーラさんみたいな、長身のかっこいい女性って憧れちゃいます」
「まぁ、お世辞が上手いわね。どこかの誰かさんたちとは大違い」

軽蔑を込めた瞳で、クロードとアイクを一瞥して言い放つ。

「うう、返す言葉もないです」
「クソ真面目でつまんねぇから、ノーラは見習うなよな」
「失礼ね。あなたたちの分まで気が抜けないのよ」
「お~っ、こわっ」

ふざけつつ横目でリズを見ると、彼女は居心地悪そうに身じろぎする。

「どうした?」
「安心して。私は絶対に死なないし、仲間も守り抜いてみせるから」
「……」
「今までつらそうなクロを見てきたから、私がついていれば結果も変わったのかなって。そう考えちゃって」

どんな生き方をしても、あの時ああしていればと後悔はついて回ってくる。
大なり小なり重荷を背負って、人は生きていかねばならない。

「気に病むなよ。リズまで失ったら、俺は立ち直れなかったよ。だから、元気だしてくれよ」
「ほんとに?! ありがと、私もクロと同じ気持ち! クロだけでも無事で本当によかった!」

無邪気に飛び跳ねると、ダボダボの服の上からでもわかるほど、柔らかい乳房が揺れた。
彼女のよく通る声質も災いし、周囲の視線が彼女に注がれる。

(……大きくなったなぁ。どことはいわないけど)

失言しそうになるのを理性で押し殺して、クロードは彼女に顔が近づける。
髪が触れ合う距離まで寄ると、蔵書のような甘い匂いが鼻をくすぐった。

「リズ、あんまり跳ねるのはやめておけ。俺も周りの人も、目のやり場に困るから」
「ごめんね、私ったらはしたない」
「俺みたいな男とベタベタしてるの見られたら、未来の旦那さんに幻滅されちゃうぜ」
「旦那さんなら大丈夫。私ね、心に誓った人がいるんだ。パパもママも、その男の人のことが大好きなの」

何かを訴えかけるかのように、リズはクロードに頻りに瞬きしてくる。
そのアピールに何の意味があるのかわからず

「そんな素敵な人がいるなんて初耳だよ。甲斐性なしのダメ男に、リズは渡せねぇけどな!」

と、彼は素直に祝福した。

「好きな人と上手くいくといいな。殺伐とした時代でも、旦那さんや子供と幸せになっていいはずだからな」
「そうだよね! 好きな人と添い遂げられたら幸せだよね。ぐへ、ぐひひ……」
「気持ち悪い笑い方しやがる女だな。こいつの元仲間だから、それなりに強いんだろうが、仲間にして大丈夫なのか?」
「……あはは。リズちゃんには悪いけど、それについてはアイクくんに同意するわ」
「仲間が増えれば百人力じゃねぇか。俺たちが、何のために王国にやってきたと……」

注意した際、クロードはふと思い出す。
彼女に会いにきたのは謝罪のためだけではなく、王国の崩壊についての情報収集も兼ねていたことを。
現地の人間ならば、異変の察知には敏感だろう。
あの女の発言が事実無根なら、それは喜ばしいことだ。

「リズに例の件、聞いてみようぜ。けど、あいつと話したことは内密にな」
「確かに大事になると、面倒だものね」

二人は死神の女との一件で、リズベットに訊ねることにした。
いたずらに民衆の不安を煽れば、正常な判断が下せなくなりかねない。
それだけは避けたいクロードの意図を汲み取ったノーラは、静かに相槌を打つ。

「最近、王国で気になることはないかしら。どんな些細なことでもいいの」
「う~ん、心当たりがないですね。そういうことは冒険者の人が耳聡いけど、私は実際の現場を目にしてないので……」
「実際の現場って、誰かが事件の被害にあったの?」
「ええ、ゾフィーさんが憤っていたんです。迷宮に人攫いがいるって。彼女の知人も、何人か失踪してるみたいで」

迷宮では、戦闘時の混乱に乗じた人攫いは珍しくない。
それが死神の女の言っていた、デンメルングの崩壊と結びついているのか。
唸りながら考えるも、納得のいく答えは思い浮かばない。

「あー、信じてないって表情」
「リズは嘘つかないって知ってるよ。ただ、ちょっとな」
「それが冒険者のみを狙った犯行らしいから、ちょっと気になってるの。手練れの冒険者が何人も失踪してるみたいだから、組合も対処が難しいらしいんだ」
「えっ、冒険者だけを?」

冒険者のみに絞った人攫いというのは、クロードは初耳だった。
ただの人攫いならば、返り討ちにあう可能性が高い冒険者を狙う意味は、限りなく薄い。
となればリスクを負ってまで、冒険者たちに固執する理由があるのだろう。
間違いない。
これが死神の女の言った、王国崩壊に繋がっている。
クロードとノーラが顔を見合わせると、二人同時に頷いた。

「確かに妙だな。迷宮を調べる前にゾフィーちゃんに話を伺おうか。あの子なら異変について詳しいはずだし、グントラムのおっちゃんも協力してくれるかもしれない」
「うん、そうしよっ。ねぇ、手つないでもいい?」
「子供っぽいな、リズは。一緒だと退屈しないけどさ」

口では呆れつつも大仏のように口を綻ばせて、クロードはリズが差し出した手を握り返す。
彼女目当てに来店する、大勢の人々のため。
故郷で帰りを待つ両親のため。
彼女が末永く生きることを願った、かつての仲間のため。
彼女の命は、絶対に守り抜かねば。
心に誓うと、リズを掴む手の力は自然と強くなった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

  • 好きなキャラクター(複数可)とその理由

  • 好きだった展開やエピソード (例:主人公とヒロインの対決、主人公が村から旅立った際の周囲の反応など)

  • 好きなキャラ同士の関係性 (例:堕落していた主人公と、それを立ち直らせるきっかけになったメインヒロイン、特異な瞳を持つ者同士だが、主張は正反対な主人公と敵組織など)

  • 好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
ただしネットの画面越しに人間がいることを自覚し、発言した自分自身の品位を下げない、節度ある言葉遣いを心掛けてください。
作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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