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ヴォートゥミラ大陸異聞録 夜蛭の信徒 ツクモ・ゴロウの世直しの物語

やいやい、そこのお前さん。
俺っちが誰だか知りたいか。
右に苦しむ民あれば、富を牛耳る者から盗んで分け与え、左に泣く子あれば道化になり励ます。
夜中に稼いだ金は、朝になりゃすっからかんの一文無し。
そんな生粋の常世っ子!
俺っちは天下の義賊、夜蛭(やひる)の信徒、九十九五郎(ツクモ・ゴロウ)でございやす。
歌舞伎の見得を切るかのようなポーズを取る俺っちを 月明かりだけが眺めていた。
粋な俺っちの仕事の時間は、皆が寝静まった夜だ。

「夜蛭さま、泊めてもらえるといいですねぇ?」

俺っちは足に絡みつく蔦のようなものに向かって囁く。
ん、さっきから云う夜蛭とは何かだって?
ああ、悪いな、説明がまだだった。
日蛭(ひひる)さまと夜蛭(やひる)さまは、常世国記紀にはこう記述されている。
―――手足の類なく葉や地を這うもの。
または泥より出ずるものと定義される。
日蛭さまは昼間に緑葉を口にし、夜蛭さまは夜間に植物の茎を食(は)み、害を為す。
こう書くと夜蛭さまは、ただの悪に思われるだろう。
だが過ぎたる日の光は不作をもたらす。
無尽蔵に繁茂した植物や野菜もまた、声なき殺戮を生む。
だからこそ生命を間引く存在の夜蛭さまが重要。
日蛭さま、夜蛭さまの双方あっての豊穣なんでぃ。
そしてやがて太陽と月の遣いは、死した人々の魂を神の御元に運び、新たな生を与える存在へと生まれ変わるのだ。
面白いのが常世国では、夜蛭さまが夜盗の神として崇められていること。

(ま、神にも縋りてぇよな。独りで盗みすんのは怖いしよぅ)

大雑把な説明になるが、これが常世の神話なんでぃ!
大陸ではゔぉーとぅみら三神、てのが信奉されてると耳にした。
だが俺っちは、これからも夜蛭さまを信じていくつもりだ。

「ごめんくだせぇ、開けておくんなまし」

名も知らぬ寂れた村で、俺っちは石積みの家屋を尋ね、出迎えた家人に問うた。
一夜の宿と簡素な食事。
それと野菜の茎をわけていただけないだろうか、と。
断られ続け最後に辿り着いた家へ向かうと、やつれた青年は骨が浮き出るほどに痩せ細っていた。
ボロの布は所々千切れ、防寒という本来の役割をこなせていないように見える。
流石に彼から施しを受けるのは良心が咎めて

「す、すまねぇな。他を当たるとすっからよぅ」

と切り出すと

「いえ、どうぞ。大したもてなしもできませんが」

そういうと青年は棒で暖炉の灰の山から種火を掘り起こし、暖炉に薪を放り投げる。
屋内にも鍋や暖炉などの日用品以外は存在せず

「あんた、どうやって食いつないでんだ?」

失礼ながら、心の本音が率直に漏れてしまった。

「……この村は大なり小なり、こんな感じです。税金が高すぎるからです、我々が貧しいのは」
「……そうか。余裕がないのに親切なんて、誰もやらねぇよ。あんたらを責められねぇな」
「税が払えないならと全てを持っていかれて……譲り受けたもの1つ守れず、惨めに生きるくらいなら……俺は……もう消えてしまいたい……!」
 
大事な品が手元から離れ、よほど堪えているようだ。
訊ねると青年は貴族に、羽根を開き飛び立たんとするテントウムシの護符を奪われたという。
貴族にとっては大した値打ちがなくとも、青年にとっては並々ならぬ情念の込められた遺品。
青年の悲壮な決意を傾聴し、出されたのは堅い黒パンと野菜の具もないスープ。
貧しいながらも精一杯のもてなしを、俺っちはありがたく頂いた。
味気ない食事をする民と同じ村で、たまたま貴族に生まれた人間が豪勢な食事に舌鼓を打ち、何不自由なく暮らす。
理不尽を受け入れるのが大人だと。
人々は口を揃えていうが、そんなものはただの諦めだろう。
社会の改善を訴え、それでも駄目なら―――奪うしかない。

「俺っちも胡座をかいた権力者は嫌いさね。身に覚えがあるからよ。しょうがねぇな」
「え、もしや冒険者様……」
「おうよ、任せやがれ。あんたの大事なもん、すぐにぶんどってきてやらぁ! ついでにたらふく食えるようにしてやんよ」

誰彼構わず救うなんてのは、神々のやるこった。
だが義理人情の漢になれ。
師匠にゃ耳にタコができるほど言われたぜい。

「本当ですか、冒険者様。感謝してもしきれません! ありがとう、ありがとう……」

手を握り締めた男は願掛けでもするように、俺っちの腕を掴み振り回す。
だが喜色満面の微笑に、今更断ることなどできなかった。
この大恩に応えねば漢が廃る。

(絶対に成功させなきゃなんねぇ。な、夜蛭さま)

ズボンの上から膝下に巻きついた黒い管を撫で、俺っちは祈願するのだった。



翌日の夜中にて



「おうおう。お前さんたち、道案内してくれてるのか?」

村を高みから見下ろすかの如く、庶民から搾取し築き上げた、虚飾と欺瞞の屋敷がそびえ立つ。
屋敷へと向かう道中、蝶々がひらひらと舞い、俺っちを先導した。
魂というのは古今東西蝶に例えられ、ヴォートゥミラ大陸も例外ではないようだ。
魂に人のような嗅覚や聴覚が備わるのか定かでないが、何故か迷えるものは俺っちの元へとやってきてしまう。

「う〜ん、いけるかね。夜蛭さま」

蝶の輝きを頼りに額に手をかざし、警備を見るや否や弱々しく呟いた。
邸宅の正面の門には重鎧で身を固める兵が2名おり、周囲を睨み据える。
数人の兵士が塀をを巡回し、絶え間なく流れた。
門の外から内部に向かって話す素振りをしていて、真正面からの突入は悪手だと肝を冷やした。
騒ぎを起こせば、すぐ侵入者の警戒を呼び掛けるだろう。
ここまでの厳戒態勢を敷くとは。
俺っちの同業者が盗みを働いたか、或いは普段から防犯の意識が高いのか。
どちらにせよ運が悪い。
弱音を吐きそうになるも、約束を反故にしては示しがつかない。

「手荒な真似はやりたかねぇが、しょうがあるめぇな」

独り言を漏らすと呼応するように、青白い光はふわふわと浮かび、体の周りを飛び回った。
光は天を指す人差し指に止まり、やがて蝶へと姿を変える。

「屋敷に恨みでもあんのかい? ま、邪魔しねぇってんなら、なんでもいいぜぃ。派手な復讐劇、任せたぜぃ」

もちろん返事はなく、ゆっくりと羽根をはばたかせるだけだ。
まずは巡回する警備兵から先に解決しよう。 
屋敷を取り囲む木々に隠れつつ目星をつけた兵士をつけまわすと、時折背後を振り返って首を傾げた。
察しがいい、獣並みだ。
もし勘づかれれば、潜入の機会はない。
短期決戦に持ち込み、さっさと終わらせるのが得策か。
正面を向き直す兵士の背へ1、2、3と数えた後、俺っちは地面を蹴り上げ空を舞う。
眼前に捉えた金属の塊が足を止め、背後を向こうとするも時すでに遅し。

「きっ、貴様は……!」
「なに、命までは奪いやしねぇよ。だが俺っちが約束を果たすのに―――ちょいと協力してくれやしねぇか?」

背後から口を抑え、俺っちは耳元で囁いた。
暴れる男は肘鉄を入れ、必死に抵抗を試みる。
援軍を呼ばれでもしたら、盗みもままならない。
俺っちは用意していた最終手段に打って出る。

「未練と輪廻の狭間で揺蕩(たゆた)うものよ。陰(おぬ)の御業を我が手に宿せ―――黒鳳(くろあげは)」

呪文を唱えると右の掌が青白く発光し、その光は兵士の口へと吸い込まれた。
魂を操る禁断の霊術。
大陸での呼称は〝にぐろまんしー〟と呼ばれるとのこと。

「……ぐ、くるし……」
「命に別状はねぇ。安心して魂に身を委ねりゃいい」

兵士は白目を剥くと体を震わせ、手をだらんと下げる。
どうやら術は成功したようだ。
男は生気のない顔で、ふらふらと門へと歩き出す。

「見回りごくろうさん」
「こちら異常なし。屋敷を彷徨(うろつ)く怪しい者は来なかったか?」

問われると

「……いや、不審な人物に遭遇した……俺の後についてきてくれ」
「なんだと! 頼む、案内してくれ」

放心したように開いた口から、ぎこちなく嘘が吐き出された。
門の男たちはこちらとは逆方向に、脱兎の如く駆けていく。
実在するはずのない盗人をでっちあげ、俺っちから遠ざけてくれるとは。
警備が手薄になれば、こちらのもの。

「よしよし、順調すぎるくらいだぜぃ」

こうして俺っちは混乱に乗じて、1階の空き部屋から潜入に成功した。
長年手入れされていないのか埃っぽく、俺っちは条件反射で咳き込む。

(ま、まずい、聞かれちゃいねぇよな。こんちくしょうめ)

部屋の角で身を屈め、息を殺した。
葉擦れの響きが鼓膜を震わせ、心の臓が跳ね上がる。
誰か来たのか?!
秒針がチクタクと奏でる音よりも、胸は忙しなく動き悲鳴を上げた。
口元を抑えると俺っちは、物にでもなったつもりで硬直した。
そうして1分にも感ぜられた数秒をやり過ごし、再び作業に取り掛かる。

「よーし。昨日、俺っちに親切にしてくれた粋な男の形見がある所まで、案内しておくんなぁ」

蝶へ懇願すると、光は上空へと浮かぶ。
……ギィギィ……ギィギィ……。
踏む度に軋む木の板に注意しつつ、俺っちは2階へと上がった。
ドアノブを回すも案内された部屋は鍵がかかっており、開かない。

「頼んだぜぃ」
  
夜蛭さまに野菜を分け与え、夜蛭さまをドアノブに引っ掛ける。
すると輪投げのように回転し、すぐさま扉が開く。
夜盗の神にかかれば、この程度は屁でもない。

「てやんでぇ」

貴族の部屋にはアンティークの家具が置かれ、ベッドには恰幅のよい男が寝息を立て、夢の世界に入っていた。
血色もよく、食うに困っているようには見受けられない。
おそらく家の主であろう。
チェストの取っ手を引っ張って中を確認するも、形見はおろか目ぼしいものすら見当たらず、俺っちは舌打ちした。
金目の物も盗まなければならないというのに。
どうすればいい?!
闇に息を潜めて思考を巡らす。

(がめついジジイの考えるこたぁ、たいして難しくもねぇ)

おそらく貴族は身内ですら信用していない。
希少な品々であればあるほど、自分の手に届く身近に隠すだろう。

「ってなると怪しいのは……」

リスクはあるものの、避けては通れない。
抜き足差し足忍び足でベッドサイドのチェストへ移動し、中を漁ろうと手を伸ばした刹那

「おい、警備兵! こいつを引っ捕らえぃ!」
「……!?」

勘づかれたと観念し、貴族を凝視した。
だが単なる寝言だったようだ。
驚かせやがって、こんちくしょう。
心の中で悪態をつきつつ、再び作業に取り掛かる。
勘が冴えており、チェストには形見の品と思しきものが保管されていた。
他にも貴金属が入っていて、それらも一緒に鞄に収めた。
換金すれば食うには困らないだろう。
一応これで恩は果たせたが。

「……金目の物を盗むだけじゃあ、罰としちゃあ甘すぎるわな。痛みがなけりゃ、また繰り返すからな」

惰眠を貪る貴族を一瞥し、唇を尖らせた。

「とっちめてやれ、お前さんたち」

そういうと蝶は一斉に貴族を襲い、次々に男の肉体へと同化していく。
1匹程度ならば数十分、意識が混濁する程度で済む。
しかしあれだけの蝶を飲み込むとなると、被害は未知数だ。
さて、どんな目に遭うのか。
静観していると苦悶の表情を浮かべ出し

「……う、ひ、ひもじい……食べもの、食べものを……」

と、うなされだした。
人々を貧困に陥れた貴族が、食糧飢饉に苦しむ亡霊に取り憑かれる。
因果応報とは、まさにこのこと。
大事になる前に屋敷からトンズラしなければ……そう考えた矢先、何かが足へしがみつく。

「……な、なんでぃ」
「水を……酒を……欠片でもいい……パンを……恵んでは……くれまいか」

光で照らすと貴族は、俺っちに物を乞う。
小太りな見かけこそ先ほどと変わりないものの、腹が減って仕方ないようだ。
むりやり振りほどき侵入経路へと戻ると、外が騒がしく窓から様子を伺った。
辺りに誰もいないのを確認した後、屋敷を背に歩いたその時

「おい、そこの冒険者。止まれ」

獣の唸り声を思わせる低い響きに呼び止められた。
―――警備の連中だ。

「屋敷に賊が侵入した。屋敷から何者かが逃走したとのことだ。心当たりはないか?」
「隠し立てすると、自分のためにはならないぞ」

(ク、あと一歩だってのに。夜蛭さま、助けてくんなせぇ!)

「何故さっきから黙っている、まさか貴様が犯人ではなかろうな?」
「その鞄の中を調べさせてもらおうか」

(ば、万事休すか……)

取り囲まれた俺っちは観念し、命令されるがまま開いて鞄をひっくり返す。
瓶詰めの液体に模様の刻まれた石ころといった、盗賊の各種解錠道具。
革製の水筒と少量の酒。
夜蛭さまの食糧の野菜のあまりもの。
不思議なことに盗んだはずのものは、一切でてこないではないか。

「……持ち物から察するに、ただの冒険者では。どうします?」
「証拠がなければ仕方あるまい、離してやれ」
「話のわかる警備兵で助かったぜぃ。お勤めごくろうさん。もういいだろぃ」

疑いを晴らした俺っちは兵の合間を縫い、青年の家へと再度訪れた。
きっと何処かに落としてしまったのだろう。
どう言い訳しても、形見を彼の元へ返してやれなかった。
一部始終を伝え、頭を床にこすりつけて平謝りし

「不思議なこともあるものですね。でもよかったです、あなたが無事で」

青年から赦しを得る。
だがしかし申し訳なさに満たされた心は、彼の優しさを素直には受け取れない。

「悪い、また屋敷に……」
「あ、危ないですよ。警備だって、より厳重に……」

俺っちの足にまとわりつく青年が静止すると、暗がりの中で鈍い光が目に止まった。
恐る恐る輝きを放つ物体へ手を伸ばすと、ぬめぬめとした気色の悪い感触がして、それは慌てて手から零れ落ちた。

「ああ、これは僕の! ありがとうございます、旅の方!」
「え、ああ。何がどうなってやがんだ?」

眩い頬笑に戸惑いつつも、俺っちは受け答えした。

「宝物が手元に返ってきたのは、あなたのお陰です。今夜だけと言わず、好きなだけ泊まってください」

喜色満面に火をくべる青年は、食材の調理を始める。
……何故こんなことが。
俺っちがふと夜蛭さまを見遣ると、口元が何やらテカっていた。
気になって触れると、糊を彷彿とさせる粘性の液体がくっつく。

「……夜蛭さま、もしかして俺っちを庇って……」
「どうかしましたか? 五郎さま」
「いいや、なんでもねぇや。さ、仕事終わりの飯にすっか!」

文明が進み、信仰すら失はれた時代。
もはや信徒と呼べる人間など数えるほどだろう。
しかし体験したからこそ、俺っちはいつまでも語り継ぐ。
―――夜蛭さまこそが夜盗の守り神―――だと。


夜蛭(やひる)の信徒 ツクモ=ゴロウ

職業·盗賊(シーフ)、黒魔術師(ニグロマンシー)
種族·人間
MBTI:ESFP
アライメント 混沌·善

辺境の島国、常世から来訪した中肉中背の男性。
自らを生粋の常世っ子と称し、宵越しの銭は持たぬが信条の、その場その場の瞬間を楽しむ享楽主義者。
一方で弱者を虐げるものを何よりも嫌い、必要とあれば盗みも厭わない義賊の側面を持つ。
彼の暮らしていた国には日蛭(ひひる)と夜蛭の2柱の神々がおり、彼は夜蛭の信徒でかの神の力を借り、正義をなすという。
意外にも教養があり、それが彼の出自の謎をより際立たせる。
一説には常世の妖怪王、山之本五郎右衛門の五郎は御霊(ごりょう)の言い換えだとされ、彼の妖しげな術も御霊を操る類の力だと、後世に語り継がれた。




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