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最後のカルテット

この間まで生い茂っていた木々もいつの間にか色付き、せっかちな木はもう隙間ができている。落ちるのが早くなった夕日のまぶしさと吹き付ける風の冷たさに目を細める。

何度もみんなで歩いたこの河川敷はいろんな季節の思い出がある。年中響く掛け声と金属音、高揚感で揺らされている提灯。傘をさす人もいれば寒さで襟を立てる人もいた。

ここに居られるのももう何度もない。そう思うと寂しさがあると同時に少し先の人生を考えたくなった。

どこにいるのだろう、何しているのだろう、また君たちと一緒にいて笑っていられたらいいな。

いつか大したことのない口約束がきっかけで組むことになったカルテット。こんなに長く付き合うことになるなんて思っていなかった。


この春から私たちは別々の大学に進むことになっている。もうすぐ卒業だからお互いに悔いなく過ごすために今まで隠してきた秘密を告白し合うことになった。さっきいつも集まっていたあの教室で告白の順番を決めた。

最初は私になった。私は一か月半前から決まっていたことを話そうと思っている。

きっとすごい泣かれるだろう。すごい怒られるだろう、「どうして早く言ってくれなかったのか」って。

『その泣き顔が見たくなかったから』なんて言えるはずもなく、笑ってごまかすしかなさそうだ。


場所はいつもおしゃべりしていた河川敷の高架線の下。

河川敷沿いの毎年立派な百合の花を咲かせている家には山茶花が咲いているし、八匹の犬がいつも顔を出している家からは今日は五匹しか顔を出していない。前から気になっていた箸が売りの変わったカトラリー店は今日はお休みのようだ。


昔、この河川敷でよく絵をかいていた。毎年季節外れと知っていながら七月になると決まって桜を描いた。理由なんかとっくに忘れていたが、今思い出した。

いつだったか、「失恋した時に心を掃除したいなら絵を描くといいよ」と誰かに言われて埃臭い押し入れの奥から引っ張り出したパレットの上にたまたまピンクの絵の具がこびりついていたんだった。

それ以来、絵がうまいとよく言われるようになった。


そんなことを考えながら思い出に浸っていると前を歩く三人に声をかけられた。

いつかまたこの町に帰ってきたときに「ただいま」「おかえり」と言ってハグし合えるかな?


そう思いながらいつの間にか着いていた高架線に向かって一歩踏み出した。


<完>

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