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犯人はこの中にいる

吹雪が窓を叩く山奥のペンションの一室。私はあることを楽しみにしながらタバコを咥えた。

タバコに火をつけようとした時、部屋の扉を誰かが叩いた。


来た。と私は思った。

「夜分遅くにすみません、山下です。明智さんが皆様に集まって頂きたいとの事なので食堂に来ていただけますでしょうか」

山下さんとはこの辺りの駐在さんだ。私のくだらない計画にこんな年寄りを巻き込んでしまったことは申し訳なく思っている。

明智とは自称・探偵の男だ。まさか本当に明智なんて苗字の男が探偵をやっているなんて思ってもみなかったが、雰囲気は最高だ。


食堂に集められた私を含めた7人の男女。その前にはこの数日間でひと回り小さくなったのではと思うくらい小さい山下さんと、どこで買ったのか後で聞きたいインバネスコートを羽織った明智が立っていた。

「こんな時間に呼び出すなんて。まさか明智さん、犯人がわかったのかしら?」

恐らく金持ちと結婚して急にお金持ちになったもんだからお金の使い方が下手くそでとりあえずブランド品で身を固めました、みたいなご婦人がキンキンする声で言った。

「落ち着いてください、藤原さん。今回集まってもらったのは他でもない、この『雪山ペンション神隠し殺人事件』の謎が解けたからです」

ネーミングセンスはどうにかした方がいいな。

「誰なんですか!犯人は!」

「まぁ、落ちつきましょうよ。これから明智さんが話してくださいますから」

山下さん、このヒステリックおばさんには無理だろ。

「わかったわ。話してちょうだい」

……聞いた。

「それではお話致します。まずこの事件は……」

視聴者なんか居ないのにドラマの探偵みたいにつらつらと話し始めた。代わりに私がまとめると遡ること5日前。このペンションには9人の人間がいた。

管理人の高田さん、先程のご婦人・藤原さん、旅行で来ていた掛本夫婦、大学生の中村くん、このペンションの常連だという山中さんとその友人の本庄さん、そして私と明智。この9人が偶然居合わせたのだ。

これは本当の偶然で誰の陰謀もなかった。あんなことが起きるまでは……


その日の夜、管理人の高田さんが全員の部屋を駆け回っていた。もちろん私のところにもだ。そして彼はこういった。

「中村様をお見かけになりませんでしたか?」

そう。中村くんが忽然と姿を消したのだ。

誰も知らないと判明した時点で近くの駐在所から山下さんが吹雪の中やってきた。今日と同じように食堂で一堂に会した。

そして明智が「私は探偵です」などと名乗り出して「これは事件です」などと言い出したもんだからこんな田舎で事件なんか経験したこと無かったのだろう、山下さんがテンション上がっちゃって「本署に連絡します。高田さん、電話をお借りします」とか何とか言って電話に飛びついたもののお決まりの通り、吹雪で電話線が切れていた。

あとはよくある通り、しばらく吹雪が続くため救助は来ない。山奥過ぎて電波もない。つまり明智が謎を解くまで我々は手も足も出ないという状況だ。


実は私は知っていた。この事件の真相を。


この日は日が落ちた頃から急に吹き荒れたのだが、お昼頃はかなりの晴天だった。

そのため、掛本夫婦と山中さんと本庄さん、そして明智は近くのスキー場に出かけていた。藤原さんはこの辺りに友人がいるらしく、その人のところに行っていたらしい。つまり、お昼頃のペンションには私と中村くんと高田さんだけがいたのだ。

1階のロビーに無料のコーヒーがあったのでそれを取りに2階の部屋から降りてきた時、中村くんがロビーの机で何か真剣に書いてるのを見かけた。

あまりに真剣だったため、声をかけれなかったのだが中村くんはそれを机の上においてペンションの外に出ていった。

私は見てはいけないと思いながらそれをちらっと見ると『遺書』と書いてあった。

まさか自殺するのではないかと思い、慌てて高田さんの部屋に行った。しかし、部屋にはいなかったので探し回るよりまずは中村くんを止めようと思い慌ててペンションを飛び出した。


しかし遅かったのだ。少し下りたところの木で中村くんは首を吊っていた。

私は彼をそっと降ろしてそこに横たわらせた。その時今日の夜、吹雪になると言っていたのをふと思い出したのだ。中村くんには悪いと思ったのだが、なんせ1度好奇心が浮かび上がるとじっとしていられない質だった。

彼をペンションの裏手の倉庫に運び、先程咄嗟にポケットにねじ込んだ遺書を部屋の鍵付きの引き出しにしまった。


それからは予想どおりに事は進んだ。その夜、中村くんの不在が発覚して全員が明智と山下さんによる取調べを受けたのだ。もちろん私はこのことを黙っていた。


その2日後、つまり今から3日前の夕方。食材を取りに裏手に回った高田さんが遺体を見つけてしまった。

これには私も想定外だったが、改めて受けた取調べでも何も言わなかった。


そして、今夜である。私は「犯人はあなただ!」と指されてみたかったのである。そして「ふっふっふっ。よくわかったな」的なことがやりたいのだ。

おっと、ついにその時が来たようだ。


「……というわけなんです。つまり犯人はこの中にいる!」

全員が息を飲んだ。

「犯人はあなたです!」

明智はインバネスコートのケープの部分をバサッと音を立てて指を突き出した。

「ふっふっ、そうで……えっ?」

「え!私?」

指さされたのは藤原さんだった。

「え、いや……」

「なんで私なのよ!」

私の否定はご婦人の金切り声にかき消された。

「証拠は!証拠を出しなさいよ!」

「まずあなたはあの日、おひとりで出かけていました。あなたはご友人のお宅に行っていたと仰っていましたがその保証はどこにもありません」

「ちゃんと行っていたわよ!なら、その人に電話でもして聞いてみなさいよ!」

「それが出来ないから困ってるんじゃないですか。それに殺してから行ったってアリバイに出来ますからね」

死亡推定時刻とかはわからないのか?こいつは。

「それで行ったらスキーに行ったあなたたちだってそうじゃない!」

「いえ、私たちはスキー場には一緒に行きましたし、あっちで何度か顔を合わしています」

気づけ。あんたの推理は穴だらけだ。

「それに藤原さんは中村さんと口論していましたね。それはここにいる皆さんが目撃しています」

「あれは彼からでしょ!あなた達を代表して私が文句を言っただけだわ」

たしかに。あの時の彼は異常なほどイラついていた。誰が言い返していても不思議じゃなかった。ほかの人たちもそう思ったのか、それぞれが頷いていた。


明智は次の一手を打たなかった。食堂には窓が風に叩かれる音だけが響いた。

「……では、ほんとにあなたじゃないんですか?」

「だから違うって言ってんでしょ!」

そうだ、違う。犯人は私だ。

「では一体誰が……」

山下さん。私なんだ。

明智は不安そうに周りを見渡す。その明智の表情に小さなざわめきが起こる。私は明智を見つめた。


…………目が合ったぞ。今だ。言え。犯人はあなただ、と。さぁ、言うんだ。




「はぁ、もういいです。明日には吹雪も止んで警察が来ます。あとは警察に任せましょう」

「ぅおおぉい!なんで諦めるんだよ!」

つい私は叫んでしまった。全員の視線が集まる。

「何をそんなに怒ってるんです?」

もういい。こうなったらやけくそだ。

「私は知ってるんだ。この事件の真相を」


私は全てを話した。明智の口が少しづつ開いて終わる頃には顎が外れんばかりに開いていた。

「どうしてそれを言わなかったんですか!」

「だから言っただろ!『犯人はあなただ!』って言われてみたかったんだと!」

すると明智はフっと息を吐いてこちらを睨んでから口を開いた。

「私だって言いたかったんだ!『犯人はあなただ!』って!それでかっこよく決めてみたかったんだ!」

「じゃあなぜ間違えたんだ!」

すると明智は衝撃の言葉を口にした。



「探偵じゃないからだよ!」


そう。明智も私と同じくこの事件を機にくだらないことを思いついた人間だったのだ。苗字が『明智』で、いかにもなインバネスコートを羽織っていたが為だけに誰も疑わないだろうと思ったらしい。



翌日、地元の警察がやってきて取調べを受けた。警察はこのポンコツ偽探偵とは違ってすぐに自殺だと断定してくれた。

状況証拠や中村くんの自宅にも同じような遺書があったことから私は殺人の罪には問われなかった。

が、勝手に遺体を動かしたことが良くなかったようで執行猶予付きの前科者となった。


こんな感じでくだらなく幕を閉じた『雪山ペンション神隠し殺人事件』だったが、私は警察での取り調べで何度も聞かれたことがある。


「なぜあの日はずっとペンションにいたのですか?」


私があの日、天気がいいのに部屋にいた理由。

それはまた別のお話で。


あぁ、最後にひとつ。明智からインバネスコートが売っているお店を教えて貰って買いに行ったんですが、1度着たきりクローゼットの中です。私には似合いませんね。

最後に余計な話を失礼しました。ではまた、ご縁があればどこかでお会いしましょう。さようなら。


〈完〉

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