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わずかな光


少し遠くから教会の鐘が響いてくる昼下がりの屋上。僕はその無縁に思える音から逃げるように物陰に座り込んで、またひとりで時間を意味もなく潰していた。僕にとってあの音は寂しさの象徴だった。


ーーー

放課後の教室。夕陽が窓枠に入ってからはしばらく経ち、もうすぐ窓の下枠と地平線に消えようとしていた。

夕日が作った机たちの影は皆一様にずーっと長く伸びている。そんな影を見ながら僕自身も影のひとつになっていた。

いつもと変わらずまたひとりぼっちでやがて影が消えていくまでただじっと伸びる自分の影とにらめっこを続けていた。


ガララッ……


「まだ帰ってなかったの?」

「…………」

「ねぇ?おぉーい」

「……なに?」

「うん。無視は良くないよ、無視は」

「…………」

「……ねぇってば」

「何したって僕の自由でしょ」

「そうだけどさ……いっつもひとりで、楽しい?」

「ひとりじゃ悪い?」

「ううん、そうは言ってないけど。私とは喋ってくれないの?」

うざったそうに君を見上げてみたけど君は気にも留めないような顔で僕に微笑みかけた。

「はぁ……少しなら」

「やった!あのね……」


一体いつからこうだったのか。誰かに聞こうにも僕には友達がいないし、僕に話しかけてくるのは彼女だけだった。

友達が多いやつができた人間だ、みたいな感じで言われるのが嫌だった。友達なんてのは所詮他人でその誰かを信頼する自分に酔っているだけだと思っていた。

それでも彼女は心が閉ざされていて無表情な僕に話しかけてきた。毎日毎日……よくもまあ懲りないな、と思う心のどこかでやがて無視できなくなっていく僕もいた。

君をそんなに無視できない僕は君が好きだったのかもしれない。やがて夕暮れの教室で伸びる影はふたつになった。


ーーー

カーン…カーン…カーン……


扉の向こうから教会の鐘が聞こえてくる。あの頃に聞いた音とは違って聞こえるようになった。ひとりで聞くのと誰かの隣とでは聞こえ方が変わるのだろうか。


ひとりぼっちの寂しさとの付き合い方なんて簡単だった。耳を塞いでしまえばよかったんだから。僕は何度もそうやって過ごしてきた。

それでもどんなに手に力を込めたって塞ぎきれない心の隙間っていうのは誰にだってあるらしい。

その隙間を埋められるのは人がくれるやさしさだけで、僕ひとりの力じゃどうにもならないみたいで。

そんな隙間がある事も知らずに僕はひとりで真っ暗な世界に引き篭って必死に塞ごうとしていたんだ。


その隙間の向こうに君が現れた。初めてだった、そこに隙間が見えたのは。

太陽のように君の微笑みがその隙間から漏れて輝いていた。それでも閉ざされた僕の心は固く錆び付いていて頑なだった。

だから僕は願った。「もう一度声をかけて欲しい」「あと少しだけ光が欲しい」


厳かな扉が音を立てて開いた。ゆっくりと開く扉からあの時のように光が差し込んできた。

「これからもよろしくね」

今まで見た中で1番綺麗な笑顔で君は微笑んだ。


よろしく、というのは僕の方だ。君は真っ暗な世界に引き篭っている僕の心を照らしてくれた


わずかな光なんだから。


〈完〉



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