君は僕と会わないほうがよかったのかな
ドンッ
「あ、すみません」
日の落ちかけた街に吹き抜ける冷たい風から身を守るようにして下を向いていたら人とぶつかった。
ぶつかった人に睨まれたような気がしたが、気にせずにまた俯いて歩き出す。
どうしてだろう。どうして思い通りにならないんだろうか。どうして運命には突然そっぽを向くような残酷さがあるんだろうか。
いや、きっと僕がどこかで間違えたんだろう。
君と初めて会ったのはいつだったかな。最初の出会いを思い出せないくらい長い付き合いになる。まるで生まれた時からそばにいたように感じるくらいに。
別れを切り出す勇気が僕にあるなんて思わなかった。君を傷つけたくはなかった。それでも初めて君と交した約束を守りきれなかった僕が不甲斐なかったのだ。
君はとてもやさしかった。君も僕はやさしいと言ってくれた。
お互いを大切に思いやって傷つけないようにそっと触れて。それが正解でやさしさだと思っていた。
でもそれが良くなかったんだろうな。少しずつできた距離はもう君に届かないくらいになっていた。
それに気づいた時に思いっきり飛び込めばよかったんだ。「大好きだ」って叫べばよかった。素直に抱きしめて傍に行けばよかった。
頭ではわかってたんだ。わかってはいたんだけど怖かった。君を傷つけるんじゃないか。君に期待をさせておいてまた離れてしまうんじゃないか。
何度も踏み出そうとしては足踏みを繰り返した。そんな自分が情けなかった。
僕が悪いのはわかっている。君には僕と会ったことでずいぶん遠回りさせてしまった。君を悲しませて、幸せにできなかった。
何度も考えた。君は僕と会わないほうがよかったんじゃないか、って。そうすれば僕よりももっと大人な誰かと恋をして今頃は幸せになってたんじゃないか、って。
でも君と会うとそんなことは言い出せずに何事もないかのようにただ笑うしかできなかった。
最後くらいは直接会いたかった。会って話したかった。最後の会話が電話なんてそんな寂しいことはしたくなかった。
でも、できなかった。いつも話していた公園までは行けた。でも、そこまでだった。
君に届いた「サヨナラ」は僕の声に似た機械音だった。君はそんな冷たい言葉に対して「ありがとう」と言ってくれた。
情けない。情けない、なさけない、ナサケナイ、情けない。
なんで君はこんな僕を好きになってくれたの?好きでいてくれたの?
僕は最後に聞いた。
わからないよ?でも、ただ好きだったんだ。変だよね。
君はそう言って電話の向こうで笑った。その声を聞いて直接会わなかったことを後悔した。
もしかしたら君は涙を流していたかもしれない。でも、僕はその涙を拭いてあげれない。
いや、もし顔を合わせていたとしても拭ってあげれないだろう。僕がそういう関係にしてしまったんだから。
公園からふらふらと歩いている内にもうあたりは暗くなっていた。いつも君と来ていたあのカフェの窓際の特等席には知らないカップルが座っていた。
足元まで届くカフェの明かりに恋人たちの楽しそうな笑い声まで聞こえそうな錯覚を覚える。
やるせない思いを抱えたまま、その角を曲がって家へと続く一本道を歩く。
君のいない部屋はやけに広く、静かに感じた。電気もつけずこの静寂を誤魔化すようにラジオをつけた。
『……なるほど、大切な曲なんですね。それでは、そんな思い出と一緒にお聞きください……』
ラジオから流れてくるあの曲があの日を思い出させる。君が好きだと言っていたあの曲だ。
「いい曲だね」
そう言って笑う君の笑顔が浮かんで歌詞がいつもより刺さった。
苦しさに耐えきれずにラジオを消して、テレビをつけた。画面に映し出されたニュースは未曾有の大災害の被災状況を伝えていた。
そこに見覚えのある橋が映った。どうやら濁流に流されて崩れたらしい。
あぁ、思い出した。君が一緒に行きたいと言っていた場所だ。結局、行けなかったな。……行きたかったな。
あの橋が落ちたら君のことを思い出すことはもう無くなるのかな。いや、そんなことはないだろう。きっといつでも君を思い出して後悔して苦しくなるんだろう。
だって今も好きなんだから。
僕がそうならきっと君だってそうなんだろう。
やっぱり……
君は僕と会わないほうがよかったのかな
〈完〉
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