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完璧主義の治し方

その男は学生の頃、全てのテストが満点だった。

部活でやっていた剣道では負けたことは無かった。引退試合では日本一になった。

女性からはモテまくった。周りからは「お前に告白されてOKしない女はいない」とまで言われた。

社会に出て与えられた仕事は全て完璧にこなしてきた。


この男は周りから優秀だと言われ続けてきた。

ただ、この男をよく知る周りの人間は皆口を揃えた。

「あいつはただ行き過ぎた完璧主義者だ」と。


満点を取れるまで勉強しなければ吐き気がしたし、剣道は日本一になれる確信を得るまで試合に出なかった。

仕事は何十回もミスがないかを確認し、今まで1度も女性と付き合わなかったのは自分の思い通りになる女性などいなかったからだ。

自分が完璧でなければ気が済まなかった。


そんな自分が異常だと気づいたのはずいぶん後になってからだった。

エスカレートした完璧主義によって自分が殺されそうになったのだ。

優秀だともてはやされ、次々と難しい仕事が舞い込んだ。

周りに助けを求めて、協力すればなんてことない仕事だった。試行錯誤しながら成功させればいいのだ。

なのにこの男は全て1人で抱え込み、1発成功しか見えていなかった。


その結果、心を病んで入院することになった。

そこで医者に言われたのだ。

「君のような完璧主義はもう病気だ」と。

「ただ普通の完璧主義者なら期日は守れないのに君はちゃんと守っている。そうなってくると君はもう異常な完璧主義だ」とも言われた。

自分が他の完璧主義者と比べてより完璧な完璧主義者だと言われたことは満更でも無かった。

しかし完璧主義が病気だと言われたことは「お前には欠点がある」と言われたようで傷ついた。


その男はすぐに退院した。

そして旅に出ることにした。完璧な人間になる為に欠点であるこの完璧主義を治すために。


道中、色んな人に出会った。

その度にこんなことを尋ねた。

「私は完璧主義を治したい。なにか方法を知らないか」

会う人は皆優しかった。それぞれがそれぞれに答えを出してくれた。答えがない人は一緒に考えようとしてくれた。

しかし、その男の2言目はいつも同じだった。

「その方法で完璧主義が治る確率は100%か?」

そう言われると皆首を横に振る。当然だ。普通の風邪だって100%治る保証はないのに、ましてや精神病が100%治る方法なんてあるわけが無い。

そう言われると男は去っていた。また新たな治療法を求めて。


「旅を始めて4395日が経った……」

男はバス停に座って今日の日記を書いていた。すると隣にずいぶんと小さい老婆が座った。

「…………お兄さんは旅の人かい」

「ええ、まあ、そんなところです」

「そうかい」

男はマニュアルに則ったように口を開いた。

「お婆さんは完璧主義の治し方を知っていますか」

すると老婆はゆっくりと口を開いた。

「……ああ。私は知ってるよ」

「その方法は100%治りますか?」

「あぁ……」

老婆はゆっくりと男の方を見た。

「お兄さんは走るのは速いかい?」

「えぇ、運動会の徒競走では負けたことはありません」

「チーターより速いかい?」

「……それは無理でしょう。人間と動物では勝てっこありません」

「お兄さんは空を飛べるかい?」

「飛べないに決まってるでしょう、人間なんですから」

「鳥は飛べるがね」

「でも、鳥とかけっこをすれば私が勝ちます」

「では、泳ぐのはどうかね?」

「……魚の方が速いと?」

「あぁ」

男はこの老婆が一体何を言いたいのか全くわからなかった。

「…………人間はね、動物に勝てることと勝てないことがあるんだ」

「当然でしょう」

「地球に生きている限りは何かに負ける」

「だから何なんですか?」

「だからお兄さんは完璧じゃないんだ、と言いたいんだ」

男は自分が完璧じゃないと言われて、要領のつかめない話をされて気が狂いそうなった。それでも老婆は男と目を合わせたまま話し続けた。

「お兄さんの周りの人は不完全な人ばかりだろう。失敗したり、出来ないことがあったり。それにお兄さんは苛立ったりするんじゃないのかな?」

男は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「でも世界中を見渡せばそんな人間ばかりだ。お兄さんみたいになんでもできる人間なんかほんのひと握りなんだよ。何故だと思う?」

「……ほかのやつらは完璧を求めないんです。とことんやればいいものを手前で無理だと諦めるんです。だからじゃないですか?」

老婆は薄気味悪い笑みを浮かべた。

「違うね。人間とはもともと不完全なんだ。死ぬまで未完成なんだ。完璧な人間というのは欠陥品なんだよ」

「どういうことですか?」

男は苛立ちを含んだ声で尋ねた。

「わからないかね。欠点を持たないお兄さんは完璧な人間じゃないんだ」

「では欠点を持つ人間が完璧な人間だと」

「そう」

男は考えた。考えれば考えるほどわからなくなった。


数十分。会話もなく男は考え続けた。

そして男はひとつ気づいた。

「…………私は医者に『君の完璧主義は病気だ』と言われました。ここに来るまでに何人かの人に『あなたのような人が社会で生きることは出来ない。社会不適合者だ』とも言われました。つまり私の完璧主義は『欠点』なんじゃないですか?」

「……そうだとお兄さんが思えばそうだし、違うと思えば違う。欠点なんてものは自分で見つけれるし、他人に言われて気づくこともある。でもね、お兄さん……」

バス停にバスが近づいてきたので老婆は立ち上がった。

「お兄さんがそれは『欠点』だと思うならお兄さんが完璧な人間に近づくためにはその完璧主義、治しちゃぁいかんよ」

老婆は最後にそう言ってバスに乗りこんだ。

『お兄さんは乗られますか』

運転手が聞いてきたから男は首を振った。

バスは扉を閉めて発車した。


男はその後3本のバスを見送った。ついには夜が明けた。

男はまだ答えが見つかっていなかった。

ただ男は日記に一言。

「老婆に出会った。まだ答えは出そうにない。ただ、ひとつ。この日記をつけるのをやめようと思う」

と綴り、それをバス停のベンチに置いたまま朝霧の中へ消えていった。


この男の覚悟を知る者は誰もいないが今でもどこかで完全無欠と謳われる男の活躍が風の噂で届いてくる。


〈完〉

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