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ホントの時間


たくさんの紙袋を持って少し疲れた表情を浮かべた人たちが吹き抜けから射し込む光で橙色に染められているショッピングモール。

テスト明けの初日の今日は大好きな漫画の発売日だった。この日のために頑張ってきてついに新刊を手に入れた今の私は喜びで顔がとろけて、傍から見ればなかなか気持ち悪いと思う。

いや、そんなことはどうでもいい。今すぐ帰宅してこれを読むのが私の人生の1番の楽しみなんだ。

出口に向かう人ごみを縫うようにスタスタと歩く。


外に出て茜色の空を見上げた。空を染める夕陽に目を細めた時、後ろから声をかけられた。

「あれ、もしかして……」

振り返るとそこには同じクラスの彼がいた。

「あー、やっぱり!偶然だね」

「う、うん。びっくりした」

ふと、彼の手元を見ると私が買ったものと同じ漫画を提げていた。

「あ、それ」

「ん?あぁ、これ?今日発売でね……」

「ほら、私も!」

私は鞄から自分が買ったものを出して見せた。

「好きなの?これ」

「うん!」


漫画の話が盛り上がり、やがて漫画からアニメの話に移っていった。

「じゃあまだ観てないんだ」

「うん。いつかDVDを買おうかなとは思ってるんだけどね」

「いいよ、僕の貸してあげる」

「いいの!?」

「うん。僕はもう何度か観てるから」

「やった!」

「何回観ても泣けるよ、あのアニメは」

「歌がいいんだよね」

「うん。古いアニメなのに未だにランキング上位だもん」

「サビに入るところが好きだなぁ……」

不意に私が口ずさむと彼も一緒に歌ってくれた。ふたりで最後まで歌い切ると目を見合わせて笑った。


パンッと音を立ててショーウィンドウの照明が落ちた。そこで初めて街中の灯りが点いていることを知った。ふたり揃って顔を上げるとそこにはさっきとは違う青紫に染まった空が広がっていた。そこにはさっきまで隠れていた星が点々と散っていた。


「もう帰らなきゃだね」

私の言葉に彼は腕時計を見た。

「ほんとだ。1時間経ってるよ」

そんな風には思えなかった、まさか1時間経ってるなんて。



『続きはまた、いつかね』


いつもならそう言って別れていたと思う。でもその台詞は出てこなかった。

ふたりは見つめ合って動けなかった。次の台詞が出てこなかった。長い時間が流れたような気がするけど、多分1秒くらいしか経っていないだろう。先に口を開いたの彼だった。


「ねぇ、明日も会えない?」


ーー

「ただいま」

私は家に帰ってきてソファのクッションに顔を埋めた。


私は明日が待ちきれなかった。窓からまだ暗い空を見上げては明日はまだか、と思った。

デートの前日は急く彼への思いとは裏腹にゆっくりと時計の針は動く。現国の時間だってそうだ。昼休みを心待ちにして腹を鳴らす私を嘲笑うかのようにゆっくり針を進める。

そういえば、さっき彼が「明日も会えない?」って言うまでの1秒も長かったな。なのにアニメの話をした1時間は一瞬だった。それこそ1秒間と錯覚するくらいに。

時計の針はきっと嘘つきで意地悪なんだな

誰かに教えて貰いたいな


ホントの時間


〈完〉

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